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人質と結婚式
しおりを挟む食堂には、全員が集合している。
それにしても、メリルお姉様と、カイル・ルドラシア殿下は、どうして端と端に座っているのだろうか。
「…………」
思わずカイル殿下を凝視してしまった。
なぜだろう。そういえば、どうしてあの日、フェンディス邸に現れたのだろう。
窓から見えた、黒い髪と瞳。絶世の美貌。
目の前にいるその人は、朝ごはんを食べる姿からすら気品を感じる。
えーと。そうだよね。
これだけ広い食卓なのだから、離れて座るのが普通なのかも?
そんな思考はたぶん読まれてしまった。
ベルン公爵は、椅子を当たり前のように引いて、そこに座るよう促したあと、当たり前のように隣に座る。
「あの二人がおかしいんだ。婚約者や夫婦は、もちろん隣に座るものだろう?」
「そ、そうですか……?」
「セリーヌ。とりあえず、俺も隣に失礼する」
エルディオ様まで、なぜか隣に座ってくる。
やはり、気品を感じる所作。王族は、根本的に私たちとは違うのだろうか。
んん? ベルン公爵も気品がある。 もちろん、メリルお姉様も。
つまり、今世は公爵家の生まれながら、心は根っから一般庶民なのは、私だけということかしら?
……そう思っていたら、お仲間が来てくれた。
これほど、アイリ様を待ち望んだことがあっただろうか。
しかし、扉を開けてお兄様と一緒に入って来たアイリ様は、いきなり盛大にため息をついた。
「何しているの」
カイル殿下のそばに、ずかずか近づくと、思いっきり力を入れて椅子を引くアイリ様は、意外に力持ちだ。
「二人一緒に座りなさい! まったく、昔からあなたたちを見ていると、ヤキモキする!」
「……ピンクの髪、今世はどうしてそんな色になった? イチゴでも食べすぎたのか?」
「むぐ。あんたね。なんでいつも私に絡んでくるのよ。メリル様にでも、絡んでいなさいよ」
なんだろう。この二人の関係は、まさに幼馴染というものだ。
でも、そこに甘酸っぱい恋の要素は感じられない。
感じられないのに、背後の人から発せられる冷気がすごい。お兄様、落ち着いて。
当時の鈍感系勇者と幼馴染のすれ違い、勘違いジレジレ両片思いをここに見た気がする。
そんな中、私さえ絡まなければ平常運転のベルン公爵が、爆弾発言をする。
「ああ、そろそろ観念した方がいい。姉上とルドラシア殿下の延期をしていた結婚式、明後日に決まったから」
室内を静寂が支配したのはいうまでもない。
「ああ、隣国の重鎮たちは、すでに招待が済んでいる。ご心配なく」
「……えっ、あの。どうやって?」
「ふふ。今現在、ルドラシア殿下の命は、俺が握っているからな」
「えっ、人質?!」
王子様の姿をした、冷酷な魔術師。
その手に落ちた、元魔王。
カオスだ。
「………………冗談だ。ただ、結婚式は決定事項だ。これ以上、延期するわけにはいかないからな。あらゆる意味で」
先日の、自信満々、同時進行できないとでも? 発言の水面下で、何をしていたのですか。
お兄様の方を見たら、露骨に視線を逸らされたから、こちらも加担していたらしい。
ベルン公爵の視線は、そんな問題発言をしていながらも、私から離れることがない。
「俺たちも、やり直そう。記憶がなかった時期の俺への嫉妬で、おかしくなってしまいそうだ。俺のこと、助けてくれるよね?」
「やり直す、とは?」
「結婚式」
話に聞いたところによると、前回はアイリ様とお兄様と一緒に結婚式をしたらしい。
今回は、メリルお姉様と?
「…………あの」
「ずるいっ! 私も結婚式もう一回したいわ!」
バァンッと、アイリ様がテーブルを叩く。お行儀悪いことこの上ない。
いや、結婚1回目の二人の結婚式に乱入って。
「もちろん、三組で華やかに行う。大陸で一番豪華な式典にしよう」
「えぇ……。どうやって、この短期間に」
「俺に不可能があるとでも?」
もちろん、ベルン公爵には、深い考えがあるに違いない。それは、シナリオのハッピーエンドに関連があるのだろう。
でも、ベルン公爵は、そんな大事な話をしているのに、私から視線を外さない。
「受け入れて、俺のセリーヌになって?」
「すでに、ベルン様のものです」
「はは、煽らないでくれないかな?」
煽るの意味は、よくわからないけれど、こんなに好きなのに?
その日の朝食も、なんだか胸がいっぱいで、よく食べられなかった。
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