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野獣公爵の姉上 3

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 それにしても、続編のシナリオを知らないけれど、ヒロイン三人が、こうやって和やかに話をしているなんて、そんな場面なかったに違いない。
 でも……。こんな風に、三人でお茶会をするなんて、想像するだけでも楽しい。

 それでも、こんな風に打ち解けて、ずっと楽しく過ごすことも、今はできない。
 机をたたいた手が、たぶん痛かったのだろう。そっと撫でているアイリ様を横目に見ながら、私も表情を改めて、メリルお姉様に質問をぶつけることにした。

「カイル・ルドラシア殿下との結婚は……」

「――――そうね。でも、カイル殿下は……」

 とたんに、表情を暗くしたメリルお姉様は、たっぷりの沈黙の後に、そうつぶやいた。

「……呪いに蝕まれていて、それが問題ということですか?」

 ユリア殿下も、そう言っていた。カイル・ルドラシア殿下は、呪われているのだと。
 私たちを蝕んでいた、呪いの根本。解くのは難しいのかもしれない。

「そうね。少なくとも、私が眠りについてしまったことが、前世のカイル殿下が魔王になってしまった最後の一押しになったのは事実だわ」

 ガッとその細腕のどこにそんな力があるのかと思えるほど強く、アイリ様がメリルお姉様の両肩をつかんだ。

「勇者と魔王が誕生したことすら、自分のせいだって言いたいの? そんなの、傲慢だわ」

「でも、私は……」

「それから、メリル様。私たちこそ、このままだと永遠に眠ったままになってしまいそうなの。メリル様とお会いしてから、また、魔法が動き始めたから」

 たしかに、私もそれは感じていた。たぶん、婚約したところから、始まるのだ。おそらく第二章。
 ショートスリーパーのアイリ様と違って、七時間半は眠りたい私は、眠り姫エンドのタイムリミットが近い。

「――――え?」

 メリル様が、ベルン公爵と同じ色の、美しい瞳を見開く。
 同じ色のせいか、そんな仕草をされるたびに、ベルン公爵に思いを馳せてしまう。

「永遠に冷めない眠りに侵された魔王の妃。彼女の悲劇が魔王誕生の始まりなのだとしたら、私たちが全員ハッピーエンドにならなければ、世界のバッドエンド……」

「あの、バッドエンドって?」

「――――世界の終わりってこと」

 シーンッと室内が静まり返ってしまった。
 困ったことに、そんな眠ってしまったくらいで世界の破滅を語るだなんて、大げさだなんて、誰一人口にしない。

 勇者であるお兄様は、アイリ様が眠ってしまったら確実に、魔王になりそうだ。
 カイル・ルドラシア殿下は前科がある。
 ベルン公爵ときたら、常日頃からそんな言動が散見しているうえに、実力まで折り紙付きだ。

「――――うう。あの人たちが、魔王になる未来が、否定できない。メリル様が、現在眠ってしまっていないのが救いだけれど、この後のシナリオで事件が起きそうな気がする……」

 アイリ様が、せっかく美しく整えられていたストロベリーブロンドに輝く髪を、ぐしゃぐしゃと指先で崩した。そのせいで、おくれ毛がサラリと落ちて、妙に色っぽい。

 おそらく、複雑に絡まってしまった複数のシナリオや人生のせいで、何が起こってもおかしくない状況なのだろう。知らずに喉が渇いてしまう。

「……結局のところ、ベルン公爵を野獣化させてしまった闇魔法は、カイル殿下のためだったってことよね?」

「そうね……。カイル殿下の呪いを解くために、できることを探していたわ。そして、呪いはより強い呪いで上書きできるということに、たどり着いたの」

 金色のまつ毛が、エメラルドの瞳を縁どっているのは、美しい。
 まつ毛の色で、同じ瞳の色でも、印象が違うのだな、と場違いな感想を抱く。
 部屋の中を支配した沈黙。それぞれの脳裏をよぎるのは、愛しい人の魔王様バージョンに違いない。
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