上 下
161 / 177

もう、傷つかないでほしいから。

しおりを挟む


「……お腹いっぱいだわ」

 そのひと言で、ふと我にかえる。

「どうして、セリーヌ様が悪役令嬢の配役なの。むしろ、逆ハーレムエンドヒロインだわ」

「え? そんなバカな」

 室内が静まり返る。そういえば、ユリア殿下の元に向かったアルト様は、今頃どうしているのだろうか。無茶をしていないといいけれど。

「ま、いいわ。着飾るわよ」

「え? この格好でよいのでは」

 改めて、自分の服装を確認する。ベルン公爵が用意してくれたドレスは、一級品だ。そう、たとえ王族の前に出るとしても、全く問題がない。
 それなのに、これ以上着飾るとは?

「えっと、この格好でよいのでは」

 念のため、もう一度繰り返してみる。
 それなのに、笑顔のままのアイリ様は、素敵な笑顔で首を「ノー」とばかりに横に振る。

「おすすめのドレスがあるの。それを着ましょう」

「そ、そうですか」

 こうなったら、断るのは難しそうだ。
 手を引いてくるアイリ様の後ろを黙ってついていく。
 今日も少ししか食べられなかった。

「そもそも、そのドレスなんなのよ」

 二人きりになったとたん、ぞんざいな口調のアイリ様。
 意外と、この時間が好きだと思うのは、すでにヒロインの魅力にノックアウトされてしまっているということなのだろうか。

「ベルン様の瞳の色を取り入れたネックレスに指輪。淡いブラウンのドレスは、髪の色を取り入れている……。どこまで、所有権を主張すれば気がすむの」

「え? 落ち着いた色でいいな、と思っていたのですが」

「――――そうね。セリーヌは、そんな人よね」

 アイリ様に与えられた客間は、王太子妃にふさわしい一番豪華なお部屋だった。
 重厚な扉と、センスの良い家具。
 インテリアについても、ベルン公爵が指示しているらしい。

 椅子の背もたれ一つとっても、施された彫刻は、左右非対称で、ほかではあまり見ない。
 それでいて、伝統を生かしたデザインは、自由でありながら長い歴史を持つイースランドの雰囲気によく調和している。

 ……どうして、こんなにセンスがいいのに、以前のフェンディス公爵邸は、あんなに暗い雰囲気だったのだろう。思わず背もたれに手を置いてみれば、磨き上げられた触感は、ひんやり、すべすべだ。
 そして、私の好み通りにさせてくれているけれど、ベルン公爵がちゃんとすべて見繕ったほうが、素敵になる気がする。

 ――――それよりも。なんだろう、この空間は。

 そんな、伝統と革新が同居したような室内にあふれかえるのは、色鮮やかなドレスの数々。
 確かに、大商人のキャラバンという設定で、たくさんの馬車がついてきていたけれど、そのうちの大部分はドレスだったのかと思うほどだ。

「この世界にも、収納魔法があったらよかったのにね?」

 無邪気にほほ笑んだアイリ様は、さっそく、隣国で流行しているという、動きやすくてガーリーなドレスを選び始める。

「セリーヌ様は、これね!」

 以前着た、フォレストガール風のドレスに比べると、ずいぶん大人っぽいデザインだ。
 締め付けが少なくて、胸元で切り替えられたデザインは、くるぶしまでそれほど広がらない。それでいて、計算されたドレープが美しい。銀色の光沢が上品な白いドレスだ。

 一方、アイリ様は、同素材だけれど、ウエストに結ばれたリボンが可愛らしいドレス。肩口に重ねられたレースが妖精のような印象が、華奢で可憐なアイリ様のイメージにピッタリ合っている。

「――――あの」

「……ユリア殿下との約束なの。勝負の時には、ユリア殿下が用意してくださったドレスを身にまとって戦うって」

「ま、まさか、全部これ」

「そうよ。ユリア殿下が、全て持たせてくれたものなの。妙に気に入られているみたいなのよね、私」

 堅苦しい王族としての生活。
 そんな中で、自由なアイリ様の存在が、ユリア殿下に大きな影響を与えているのは間違いない。

「どうせなら、ヒロインとして私が悪戦苦闘している時に、助けて欲しかったわ」

 そんなことを言いながらも、案外懐の深いアイリ様のことだ。
 ユリア殿下と、それなりに仲良くやっているに違いない。

「――――ただ、ユリア殿下のお立場が微妙なのは間違いないから……。本当は、周囲の貴族たちからすれば、隣国の王太子殿下との婚約が成立するのが一番都合がよかったのでしょうけれど」

 ユリア殿下は、メリルお姉様とカイル・ルドラシア殿下のメインストーリーでは、間違いなくライバルキャラクターだ。そもそも、続編では彼女の弟であるエルディオ様がどういった立ち位置なのかは、プレイしていない私たちにはわからないけれど……。

 今のユリア殿下にとって、この婚約が成立しないということは……。

「ほら、もう訪問時間になってしまうわ」

「――――そうですね」

 ベルン公爵が、婚約の前夜に話してくれた呪いで家族を失った話。今は、きちんと思い出すことが出来る。あの日、号泣してしまった私を逆に慰めてくれた優しい人。
 もう、傷つかないで欲しいから……。

 ふと、幸せなモフモフに囲まれている白昼夢を見た。
 紫色の小さな影が、目の前を横切る。

 ……ヘルモードの影響なのだろうか。いくら眠っても、まだ眠い。

「セリーヌ」

 その声に、眠気が消える。
 紫色の小さな影が走り去っていった方向に目を向けると、マントをふわりと翻して、ほほ笑んでいるベルン公爵。

「俺が用意したドレスではないのが残念だが……。月の女神は、目のやり場に困るほど、美しいな。知っている? 月の女神をその目に映してしまえば、永遠にその姿だけを追い求める哀れな存在になってしまうという神話があるんだが……。今の俺の状況がまさに」

「――――さ、行きましょう! それに、月は、太陽の隣では、霞んで見えませんよ!」

 このままでは、赤面したまま、大舞台に上がることになってしまう。そして、紺色がメインの礼装でありながら、ところどころ金色の装飾を取り入れたベルン公爵の横に並べば、私なんて誰が見ても添え物でしかないレベルだと思う。

 私は、ベルン公爵の言葉を遮ると、その腕に手を絡めて、応接室へと向かうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

どーでもいいからさっさと勘当して

恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。 妹に婚約者?あたしの婚約者だった人? 姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。 うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。 ※ザマアに期待しないでください

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

くたばれ番

あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。 「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。 これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。 ──────────────────────── 主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです 不定期更新

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

処理中です...