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誰にも渡せない。
しおりを挟む食卓につく。あまり食べたくはないけれど、食べないと気分が悪くなる。うん、そこの小さなゼリーなら美味しく食べられそう。
先に席についていたエルディオ様が、思案げにこちらを見つめている。
「……おはようございます。エルディオ様」
「おはよう。セリーヌ」
私は、情報収集に勤しむことに決めた。
ゲーム攻略の基本だ。現実だって、同じに違いない、知りたいのは、カイル・ルドラシア殿下のことだ。
「……エルディオ様は、隣国の王太子殿下のこと、ご存じですよね?」
辺境の主として、以前よりも表情豊かなエルディオ様。でも、王太子をしていたのだ、カイル殿下とも親交があったに違いない。
そういえば、二人が並んだらきっと、光の王子様と、闇の王子様みたいだよね……。きっと、続編での二人は人気があったよね……。
「そうだ、ね。俺の呪いが発動するまでは、お互い行き来して会っていた、かな」
王太子時代によく見た表情のまま、大したことはないみたいにエルディオ様は、微笑んだ。なにか、聞いてはいけないことを聞いてしまった予感が、する。
「……もし、呪いがなければ、セリーヌを遠ざけたりしなかっただろうね」
「……え?」
そうであれば、君は今も俺と、という言葉が、微かに聞こえた気がした。
けれど、大きな手のひらで、私の耳は塞がれてしまい、はっきりとは聞こえない。
すぐに離れていく手のひら。
「人の妻を、口説くのはやめていただけませんか」
「ああ、これは失礼。だが、この辺境イースランドは、先日お話した通り、離婚にも再婚にも寛容なんだ。まあ、確かに夫を目の前にして、口説くのはいただけなかったかな?」
口説いた、なんてサラリと口にしてしまった上に、私を見つめてくるエルディオ様。その表情は、腹黒王子様としか形容し難い。
いつからだろう、時々エルディオ様が、こんな表情をするようになったのは。
「あの……」
慌てて、ベルン公爵を見つめる。
その瞳は、澱んでなんていない。今は、逆にそのことが怖い。
「申し訳ありませんが、妻は、誰よりも俺のことを愛していますので」
「ぴ!」
ひ、人前でそんな……。
グイッと引き寄せられた私。誰にも見せないとでもいうように、ベルン公爵が瞳を覗き込む。すでに安定の深淵を覗き込んだような、暗い瞳だ。
「……あれ? ようやく少しだけ、セリーヌから愛されているのかな、と自信を持ち始めたのだが……。俺は、間違っていただろうか?」
「ち、違わないです!」
「……違わない?」
「あ、愛しています! 世界で一番!」
アップにして、少しだけ下げていたサイドの髪の毛を、クルクルと指先で弄ぶベルン公爵。あまりに真剣に見つめているから、私まで、その指先に、釘付けになる。
そのまま、ゆっくりと、手の上に掬い上げられた髪の毛に、口づけが落ちる。まるで、物語の一コマみたいに。
「……誰にも渡せない。ごめんね?」
再度、私に向けられた瞳。大好きなキラキラしたエメラルド。
私の心臓は、たぶん精神的に、握りつぶされてしまった。
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