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大事な気持ちを伝えたいのに。

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 エルディオ様が、メリルお姉様を探してくれているらしい。それなのに、見つからないという。
 魔王様。いや、隣国の王太子カイル・ルドラシア殿下の顔が浮かぶ。

「隠しているのですね」

 この三日間、どこまでも平和に過ごしていた。
 あまりに、甘ったるい空気の中で、全ての食事とおやつを一口ずつ味見した後に、餌付けしてくるベルン公爵。

 毒味だから、と言っていたけれど、そんなのただの言い訳であることには、すでに気がついている。
 そもそも、生粋の魔術師であるベルン公爵が、毒が入っているか、魔法で判別出来ないはずもない。

 だから、ここ数日の恒例になりつつある、この作業は、必要性があまりない。

「あの」

「必要だ」

 心を読むのは、やめて欲しいと思う。
 私が覚えていないだけで、過ごしてきた時間のせいか、ベルン公爵は、なぜか私の思考を先読みしてくる。
 それとも、天才とは、こういうものなのだろうか?

「…………必要だ。俺も不安なんだ。こうしていると癒されるのだが、迷惑かな?」

 いつもの意地悪気で、少し不遜な態度が、鳴りを潜め、不安そうにこちらを上目遣いに見つめる、モフモフ。
 うぐっ、断れるはずがない。もぐもぐ。

「ベルン様が、したいようにすれば、いいと思います」

「冷たいな? ほら、セリーヌの好きなアップルパイだ」

 好きですが、それが気に入っているのは、私と言うよりお兄様……。ん? 今、なにかを……もぐもぐ。

 周囲からの視線や、諦めのため息については、二日くらい過ぎた頃から、気にならなくなってきた。
 慣れというのは、恐ろしい。

「……姉上の、消息が掴めた」

 なぜか、アップルパイを食べ切った私の口元を、ハンカチで拭こうとするベルン公爵。
 さすがに、赤ちゃんではないので自分で拭いていると、ベルン公爵が、そんなことを言う。

 気がつけば、食堂には私たち二人だけになっていた。

「会うべきですよ」

「セリーヌに、何が起こるか、わからないのに?」

「ふふ。私のお義姉様です。それに」

 ――――もう、救われたらいいと思います。

 私の前で、幸せそうに笑っていても、どろどろと澱んだ瞳で見つめた直後にも、ふと、遠くを見ていること、気がついてます。

 たぶん辛い過去を思い出しているんだと、私にだって分かります。

 微笑んでいたつもりだ。

 それなのに、ベルン公爵は、毛で埋もれたせいでわかりにくい表情を、それでも歪めて私を抱きしめる。

「……分かってない。俺が一番、憂いているのは、姉上を失った過去じゃない。もっと、もっと、ずっと昔のことだ。セリーヌ」

 もっと昔って……?

「もう、あんな風に溢れた涙を、最後に拭って微笑むなんてやめてくれ。セリーヌが、あんな結末を迎えるかもしれないのが、俺は」

 その瞬間、記憶を失って、灯台の前に立っていた、その直前に見た夢を思い出す。
 溢れてきた雫は、誰の涙だったのだろう。

 そう、潤んだ緑の泉からこぼれ落ちた、雫は……。その瞬間、急速な眠気に襲われる。今、眠ってはいけないのに。

 大事な気持ちを、伝えたいのに。

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