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心配して損したような、甘い朝。
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朝になる、呼びに来てくれた侍女とともに、食堂へ向かう。婚約破棄されるような悪役令嬢を、ちゃんとおもてなししてくださるなんて、エルディオ様はいい人だ。
「……セリーヌ!」
食堂に着いた、とたんに青い髪と切れ長でクールな瞳の、ものすごいイケメンに抱きつかれた。
「お、お兄様?」
記憶の中に確かにいるお兄様。セルゲイ・リオーヌ公爵令息。断罪前から急に冷たくなって、よそよそしかったと、記憶しているのだけれど……。
「記憶を無くしたって、体は大丈夫なのか?」
私のことを気遣わしげに見つめる瞳からは、冷たさなんてこれっぽっちも、感じはしない。
その後ろから、おずおずと近づいてくるのは、ストロベリーブロンドと、蜂蜜色の瞳が特徴的な人。
ヒロインのアイリ・カレント男爵令嬢で、間違いないだろう。二人が一緒にいるってことは、もしかして悪役令嬢のお兄様エンドを迎えているってことで、良いのかな?
その場合、二人は、約束を果たすために旅に出ているはずだけれど……。約束って、なんだったのだろう。
「私に任せておけば、良かったのに」
神妙な様子で、私に語りかけるヒロイン、アイリ様。その手首には、見慣れた腕輪がついている。
なぜ、ヒロインと悪役令嬢が、お揃いの腕輪をしているのか。謎は深まるばかりだ。
すでに、エルディオ様は、先についている。そして、私のそばには、赤い髪に黒い瞳をした、たぶん幼馴染の、アルト・レイウェル伯爵令息。
うーん、断罪後の世界の割に、主要人物がほとんど集まっている。
「ベルン様は……」
まあ、ベルン公爵は、引きこもって十年だと言っていた。食事の席に、姿を現すわけないだろう。
そう思っていたのに、扉が開く音。
振り返れば、幾分か顔色の悪い、ベルン公爵が立っていた。
思わず私は、そばに駆け寄る。
「あのっ、ご飯はちゃんと食べた方がいいと言いましたが、出てきて大丈夫なのですか?」
顔色が少し悪いながらも、ベルン公爵は、私にはっきりと笑いかけた。
「おはよう、セリーヌ。だって、セリーヌの食事は、俺が確認するって、約束しただろう?」
「えっ、毒味の話ですか? 私のことより自分の……」
当たり前のように、エスコートの手が目の前に差し出される。当たり前のように、この手が動くのは、悪役令嬢セリーヌとして磨き上げられた、生活のせいなのだろうか。
……それとも。
優雅なエスコート、気がつけば椅子が引かれて、私は席についていた。それが、さも当たり前のように、ベルン公爵が、私の右隣に座る。
そして、ほんの少しずつ、私の食事を取り分けて、毒味しはじめた。昨日、何か失礼なことをしただろうか。何かの仕返しなのだろうか。
「ん、問題ない。食べて? セリーヌ」
「あ、ありがとうございます」
周囲が、何故か息を呑んだのがわかった。
「……エルディオ。なあ、本当にベルンは、記憶を無くしているのか? この、甘すぎる雰囲気、いつもと変わらないぞ」
「……確かに記憶は無くしているようです。らしいといえば、らしいですが」
「え? 出会った翌日に、こんなことになるか? いや、だが、セリーヌが断罪されてすぐに、訪れた時には、もう溺愛されていた……か」
「事態は深刻なはずなのに、なんだか心配して損したような気持ちになるわね」
好き勝手に、言われているのは、私たちのことだろうか? それなのに、ベルン公爵は、あまり気にしていないようで、なぜかキラキラしたエメラルドみたいな瞳を私に向ける。
「もしかして、食べられない? 食べさせようか」
意地悪げな微笑み。私、この表情、好きかも。
「た、食べられます!」
それぞれが、食卓について食べはじめたのを見て、私も慌てて食事を始めた。
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