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何度繰り返しても、恋に落ちる。

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 食事を終えると、真剣な表情で、ベルン公爵は私の額に触れ、瞳を覗き込んできた。

「――――もう、痕跡はないのか。確かに先ほどは」

「あの? どうしたんですか」

「誰かに恨まれたり、呪われた覚えは?」

「え、ないです。たぶん」

 しかし、私は悪役令嬢なのだ。以前の私がしてきたことまでは、わからない。
 もしかして、ひどい恨みを買うような冷酷なことをしてきたのだろうか?
 うっすらとした記憶の中では、そこまでひどいことはしていない気がするのだけれど。

「――――それに、その腕輪」

 緑色の瞳が、私の手首にはまっていた無骨な腕輪に触れる。
 外そうとしたのだけれど、外れなかったのだ。
 これが、呪いの現況なのだろうか……。でも、この腕輪からは、優しくて温かい何かを感じるけれど、見た目の割には嫌な感じがしない。

「外せなくて……」

「――――絶対に外すな。外したら、助かる保証ができない」

 脅かしますね……。でも、ベルン公爵は、本当に心配そうに私のことを見つめているようだ。

「外さないと、約束してくれるかな?」

「は、はい。分かりました」

「いい子だ」

 出会ってから、ちょっと情けない部分ばかり見せてきたくせに、急に年上の男性として私に関わってくるとか、ちょっとズルいです。

 食べ終わった食器をトレーに乗せて、戻ろうとすると「セリーヌ」と呼ぶ声がする。
 なぜかそれは、泣きたいほど待っていた呼びかけのような気がして。

「ベルン様……。私の心配より、ご自分の心配をしたほうがいいです。大丈夫ですから」

「セリーヌ? 俺が力になる。何度だって……救って見せる」

「え?」

「――――っ、何でもない。おやすみ」

「おやすみなさい……」

 ベルン公爵の部屋から出た後も、なぜか戻りたくて仕方がなかった。
 どうしてだろう。

 その日私は、幸せなモフモフした感触に包まれて、日向ぼっこをしている夢を見た。
 ベルン公爵が、記憶を思い出せないままに、何かに気が付きかけていることも知らずに。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「――――どういうことだ」

 ベルン公爵は、一人残された部屋の中でつぶやく。
 一人きりでいることには、慣れているはずなのに、なぜなのかひどく落ち着かない。

「あの腕輪……。全く身に覚えがないにも関わらず、俺の魔力が込められていた。俺と、セリーヌ・リオーヌ公爵令嬢は、呪いを分かち合っているのか……」

 このまま静観していれば、先ほど感じたあまりに強い呪い、あるいは神や悪魔のもたらす力に、ベルン公爵も巻き込まれるに違いない。それでも……。

「は。巻き込まれているのが確実なのに、外させようという選択肢がないのは、なんでなのだろうな? 初対面の人間に……なぜそこまで」

 膝枕をされるなんて、食事を誰かと共にするなんて、ましてや部屋の中に入れるなんて、この十年一度だってされたことがない。されそうになっても、全力で拒否したに違いない。

「まあ、部屋の中には、勝手に入って来たか」

 何か、大きなことに巻き込まれているにもかかわらず、自分の置かれた状況を不安に思うこともない。
 ただ、なぜなのか。セリーヌのことを思うと、メリル・フェンディスを失った時のことが、しきりに思い出されるのだ。

「――――それだけは、絶対に」

 出会った瞬間に、恋に落ちたのだという言葉。
 多分それは、何度繰り返しても、間違いないのだということに、今は二人とも気が付くことがないまま。それぞれの夜は、ただ静かに過ぎていった。
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