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眠り姫と勇者
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「アイリ様が、帰って来なかった……」
「へるもーど、と言っていたのと関係するのか?」
朝日が昇ってしまっても、アイリ様が帰って来ない。そのことに私は、ひどく動揺していた。
続編は、前作ヒロインと、前作悪役令嬢を選択できるって……。
「シナリオに、巻き込まれた?」
しかも、二人ともプレイしたことがない、続編のシナリオに。
お、落ち着いて……。
深呼吸をする私と、思案している様子のベルン公爵。
甘く見過ぎていたことに、今更ながら気が付く。
だって、前作だって乙女ゲームのエンディングから始まったのに、そこからが本番だったのだ。
「どうしよう……」
「うーん、だが、アイリ殿に関していえば、任せておいて、俺たちは俺たちで、別行動したほうが、いいのではないか?」
「――――え?」
アイリ様を見捨てろとでもいうのだろうか。
思わずジト目になってしまった私と、軽い溜息をつくベルン公爵。
「だって、アイリ殿が危機に陥っているのに、黙っているはずがない」
私は、ようやくその事に思い至る。
乾いた喉を潤わせようと、喉が自然とごくりと鳴ってしまう。
そう、すれ違い続けていた両片思いが嘘みたいに、ヒロインを溺愛する元幼馴染。
「お兄様……?」
その時背後で、ガラスが割れるような音がした。
振り返ると、魔王のような雰囲気の、元勇者がそこに立っていた。
「あー、その鏡。転移魔法の媒体にしてしまったのか」
「――――悪いなベルン。だが、何の媒体もなしに、この長距離を移動できるお前がおかしいんだ。自覚しろ」
「生粋の魔術師でもないくせに、長距離転移魔法を使いこなす人間ほどではないと思いますが?」
「相変わらず、気に入らないな……。だが、いくら転移のために必要だったとはいえ、魔道具の鏡を破壊してしまったことに関しては詫びよう」
あまりお詫びしてる態度には見えないまま、兄は私たちを素通りして、部屋の扉を開ける。
次の瞬間、兄は姿を消した。転移魔法を発動したのだろう。
大量の魔力を消費する転移魔法。そんなに何度も使えるはずないのに。
「――――お兄様は、元の力を取り戻しつつある?」
もしかしたら、アイリ様とお兄様だけが知っている魔王に関する情報だって、あるのかもしれない。
「やはり、そう思うか? セリーヌ」
お兄様の前世は、勇者だ。
そして、アイリ様とは前世の幼馴染で……。
現在のお兄様は、前世から今世にかけての、すれ違いの両片思いだった日々が嘘みたいに、元幼馴染を溺愛している。
「――――もう、こうなってしまったら、セリーヌに関わってほしくないとも、言ってられないようだな」
「行きましょう。たぶん、犯人は現場にもう一度来ます」
「何を言っているのか、よくわからないのだが」
「決まり文句なので、お気になさらず」
その前に、お兄様が割ってしまった、ガラスの破片を片付けることにしよう。
「どこから持ってきたんだ、そのバケツ」
「もちろん、初日にエルディオ様から、掃除用具一式はお借りしています」
「――――そうか、なんて言うのが、正解か分からないのだが、さすがセリーヌだな……」
王都から辺境までの長時間の移動に、領主邸での客人扱い。
私は家事に、飢えていた。
私は、嬉々として片づけを開始したのだった。
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