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記憶喪失と眠り姫
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「ヒントもなく攻略しろとかハードすぎるわ……」
ストロベリーブロンドの髪の毛は、色鮮やかなこの国でも、とても目立つ。だってそれは、ヒロインである聖女だけが持つ色だから。
それでも、小走りですれ違う彼女の存在に、誰一人気が付かない。それは、どこにでも出入りできる、乙女ゲームヒロインの特権が発動しているから。
「ち……。ここでもないのね。止まらない」
小さな舌打ちは、ヒロインらしくない。
睡眠時間は、日に日に伸びている。
続編が始まったときから、異変は始まっていた。
「大使館に忍び込んだのだって、べつに単独行動したかったわけじゃない。今までと違って、勝手に発動するなんて。――――なんなのよ」
計算によると、一日発動し続ければ、強制的に眠ってしまう時間は一時間伸びる。
「続編ヒロインは記憶喪失。前作ヒロインは、魔法発動24日で、眠り姫エンドってわけ?」
アイリ様は、すでに気が付いていた。シナリオを進めない限り、魔法は発動し続けて、睡眠時間は伸びていくことを。そして、メリルお姉様が、前世どんな役回りだったのかを。
「つまり、続編ではヒロイン選択が可能だけれど、前作ヒロインであるこのアイリ様を選ぶってことは、ハードモードってこと……か」
さすが、ヒロインよりも悪役令嬢に力を入れている制作会社が作った続編だけある。
それにしても、前作ヒロインと、前作の悪役令嬢をヒロインとして選択できるのだとすれば。
「――――悪役令嬢セリーヌを選択したら、ヘルモードの可能性が高いってことかしら?」
✳︎ ✳︎ ✳︎
耳元で聞こえた気がしたそのつぶやきに、背筋がぞくりとする。
今聞こえたのは、アイリ様の声だった気がした。
「ヘルモードとは?」
「穏やかじゃないな……。地獄ってことか?」
「そ、ですね。でも、それって」
間違いなく乙女ゲームの、難しさの話だろう。
それにしても、アイリ様の姿が見えない。どこに行ってしまったのだろう。
まさか、また無茶をしてどこかに忍び込んでいるのだろうか。
このままでは、アイリ様が眠り姫になってしまう。
「いくらアイリ様でも、目を覚まさないほど、無茶なチート魔法の使い方はしないはず」
でも、私は理解していなかったのだ。乙女ゲームの世界には、強制イベントというものが多数あるということを。そして、アイリ様はすでに、巻き込まれてしまっているということを。
まさか、ツンデレのデレを発動させてしまったアイリ様が、私のシナリオがヘルモードであることを危惧して、単独行動してしまっていることを。
「それにしても、魔王って何なんでしょうね?」
「セリーヌ……。考えていたんだが、ルドラシア殿下が、魔王なのであれば闇魔法を使うのだろうな」
「――――闇魔法、ですか?」
ベルン公爵を野獣にしてしまった魔法。それは、メリルお姉様がかけた闇魔法だった。
そのあとは、私の影響なのかもしれないけれど……。
「闇魔法を持つものが、自身の魔法を制御できなくなったというのが、魔王誕生の真相……なのか?」
ベルン公爵が思考の海に沈んでしまった。
こうなってしまったベルン公爵は、声をかけても反応しなくなる。
そして、高い確率で正解にたどり着くのだ。
それにしても、アイリ様はどこに行ってしまったのだろう。
その日、ベルン公爵は限りなく正解に近い答えにたどり着く。
物語は進んでいく。そして、アイリ様はその日、帰って来なかった。
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