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運命の音。
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締め付けの少ない軽やかなドレスは、動きやすい。足首に巻きつくベルトのついた華奢なハイヒールは、さすがに走るのは難しそうだけれど。
フワリと、抱き上げられて、馬車から下ろされる。周りの人が、思わず二度見している。
「ちゃんと、降りられます」
「……そう?」
口の端だけ上げた微笑み。
周囲から見れば、余裕ある大人な王子様にしか見えないだろう。
いつも、モフモフだったり、どこか頼りないところがあるから、忘れそうになるけれど、私よりずっと年上の公爵様なのだ。
「……さて、王太子殿下自ら出迎えていただけるとは、誠に光栄です」
硬い声音。初対面のはずなのに、敵意を露わにするなんて、本当にレアケースだ。
「いいえ、こちらこそ、わざわざ来訪いただき、感謝しています」
一方の、黒い髪に同じ色の切長の瞳をした黒王子様。誰もが正面から見つめ続けるのは困難なくらいの美貌。
正統派王子様な見た目をした、ベルン公爵の、冷たい微笑みが、かわいらしく見えてしまう。
なぜか、モフモフと魔王様が、威嚇しあっている幻影が見える。
「挨拶が遅れました。この度は、お招きいただきありがとうございます。エルディオ・イースランドです。こちらは、我が国の聖女、そして王太子妃のアイリ・アレクシアです」
「ご紹介に預かりました、アイリ・アレクシアです。王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」
誰もが見惚れるような、優雅な礼。
優雅さと可愛らしさの、贅沢な同居。
まさに森の中の妖精がここにいる。
「くっ…………。いや、失礼。はじめまして? カイル・ルドラシアと申します。悪戯好きの妖精のような、愛らしさですね。聖女様」
あっ。アイリ様が、隣国の大使館に、勝手に入り込んだ事件を匂わせている?
それにしても、ルドラシア殿下が、笑った途端に、冷たい氷山の中にいたような空気は、霧散する。
もしかしたら、こんな笑顔を、ヒロインには向けるのだろうか。
そして、温まりかけた布団を、急に剥ぎ取られたかのような寒気。
右斜め上から、その寒気は吹き込んでくる。
「……見惚れた?」
ごめんなさい。見惚れてました!
だって、こんな魔王様がいたら、裏ルートのために頑張って攻略します! を形にしたような、黒王子様が目の前にいるんですよ?
と言っても、ベルン公爵に分ってはもらえまい。
好きとは違うのだ、これは。
「あっ、あの。ベルン・フェンディス公爵と、妻のセリーヌですわ!」
「妻?」
冷たい北風は、不意に弱まった。
もう一度、右斜め上を見上げると、誰にもわからないだろう程度に、口元を緩めた王子様がいた。
「ベルン・フェンディス……。メリルの弟」
黒い瞳が細められる。
まるで、品定めされているような感覚に陥る。
本当に微かな声だったけれど、今、ルドラシア殿下が口にした名前は。
急に、金の髪をたなびかせ、その淡い透明な緑の瞳を細めて灯台の下で笑う女性の姿が瞼の裏に浮かぶ。
物語は、止まっていた歯車が動き出すように、軋んだ音を立てて動き出して、もう止めることができないのだった。
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