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しばらく会えないからってそこまでしますか?
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「やーっ、一度行きたかったのよね!」
いつもきっちりとコルセットで締め付けたウエストも、今は自由だ。
それでも、アイリ様のスタイルは、華奢で可憐で、ヒロイン品質なのである。
現在私たちが乗っているのは、王家の馬車だ。
しかし、見た目は裕福な商人が持っているようなものに、偽装されている。
といっても、陽光を浴びるたびに、桃の花のようにピンクに煌めく髪をした人間など、さまざまな色の髪や瞳で溢れているこの世界でさえ。ヒロインで聖女たるアイリ様しかいないはずなのだが。
「あくまで、ベルン様のお姉様……続編の情報を集めに行くんですからね?」
「もう、セリーヌ様ったら、そんなつまらないこと言わないの! 私が、イースランド領に行きたかった理由を聞いたら、セリーヌ様もテンション上がるわよ?」
くふふっ、とアイリ様が口元を隠して笑う。
下品になりがちな、そんな笑いですら、アイリ様にかかれば可愛いの一言に尽きる。ずるい。
「ところで、良くお兄様の説得に成功しましたね」
一番気になるのは、その部分だ。
どうやって、あの心配性のお兄様を説得したというのだろうか。
お兄様は、傍から見ていてもアイリ様に対して過保護だ。まあ、いまだに私に対しても、過保護なのは変わりないのだけれど……。
「ぐぅ。――――嫌なこと思い出させないで」
その瞬間、アイリ様は真顔になった。
本当に嫌そうだ。いったい、お兄様を説得する過程で、何があったというのだろうか。
想像するのが怖くて仕方がないので、私は考えることを放棄した。
「……セリーヌ様こそ、あのベルン様が良く許してくれたじゃないの」
今度は私が黙る番だった。
もちろん、最終的には許してくれたから、この場にいるのだけれど、ここにたどり着くまでの出来事は、思い出すのがちょっとツライ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
時は3日ほど前にさかのぼる。
「――――え? 今なんて言ったの」
本日は、王子様仕様のベルン様が、薄茶色の髪の毛を揺らして、首を傾けた。
笑顔だけれど、これはすでに、臨戦態勢なのだ。
それでも、前に進まなくてはいけない私は、正直に今回の出来事を話すことにした。
「実は、続編があるんです」
「は?」
しまった。話を端折りすぎてしまったようだ。
私の悪い癖でもあるけれど、そんな貴族令嬢すべてが悲鳴を上げて倒れてしまいそうな、美しすぎる微笑みで、ヤンデレ成分を含んだ暗いオーラを放ってきたベルン公爵にだって、非はあると思うのだ。
「――――続編って、以前セリーヌが言ってた、おとめげーむと関係があるのかな?」
「ベルン様……。大ありです」
「そう、それでまた攻略対象者とやらに、巻き込まれるのかな? 俺たちは」
「今回間違いなく、ベルン様は攻略対象ではないでしょう」
そう。今回ベルン公爵まで攻略対象だったら、それは禁断の愛になってしまう。
たしかに、人外の美貌を持つ姉弟が並び立つ姿は、私だって実物が見たいけれど、たぶんそれはない。
「いや、家族愛をテーマに、ハッピーエンドという線も捨てきれない……?」
悪役令嬢の多彩なエンディングに力を入れていたあのゲームは、実は謎とされている部分が多かった。
セルゲイのエンディングで、ヒロインの手を取った瞬間の『約束を果たすよ』という台詞は、この世界で勇者と幼馴染のことを知って初めて、納得がいったのだから。
それに、今回の続編については、前回ベルン公爵エンドまでクリアしていたアイリ様ですら、リリース情報までしか持っていないのだ。謎は深まるばかり……。
そんなことを思い浮かべながら、一房指先でつまみ上げ、クルクルと指に巻き付けた。
「セリーヌ。今回も、俺のことが関係しているんだ……な?」
ひと時、指先に巻き付く濃い紫色の髪の毛に気を取られていた私は、いつの間にか目の前に、澄んだ緑色の瞳があったことで、ドキリと心臓を飛び跳ねさせた。
王子様モードのベルン公爵が、あまりに美しすぎて、至近距離で見るには心臓に悪すぎる。
「ベルン様」
そして、察しがいいにもほどがある。
たしかに、ベルン公爵の姉である、メリル・フェンディスがヒロインの可能性があるから、イースランド領へ行こうとしているのだ、私たちは。
「――――わかった。行ってもいいよ」
「え。……本当に?」
いつも、過保護すぎるベルン公爵が、あっさりと認めたことに、もっと疑いを持つべきだったのだ。
でも、その笑顔が、あまりに可愛らしかったから、しばし見とれてしまった私は、今回も気が付くことができなかった。
「手を出して?」
私は、疑いを持つこともなく、ベルン公爵に小さな手を差し出す。
ベルン公爵の指先に、青白い炎が灯った。
それは、とても幻想的で、見とれてしまった私は、誰かが見ても明確にわかるほど、驚愕に顔色を変えただろう。
あまりに強大な魔力が、私の左手に流れ込んでくる。
稀代の魔術師であるベルン公爵にしかできない類の魔法が発動したのだと、私にもわかってしまう震撼レベルで強大な魔法だった。
「は……」
その手は、強くつかまれ、それ以上に驚きのせいで逃げそびれた私は、ベルン公爵の額から流れ落ちた汗を茫然と見つめた。
「――――セリーヌ。守護魔法かけたから。行っておいで?」
「……こんな強大な守護魔法、魔王の一撃でも防ぐんじゃないですか」
口にして、業務用冷凍庫に足を踏み入れたみたいに、体が動かなくなる。
この世界には、元勇者がいる。つまり、フラグが過ぎる。
「――――今回、一緒に行けない。セルゲイの即位準備があるからね」
「ベルン様……。詳細を聞かないんですか」
できれば、事実がはっきりするまで、メリルお姉様が生きているかもなんて言いたくない。
だって、希望を抱けば、それが砕かれた時に辛い思いをするのは、ベルン公爵なのだ。
あんなふうに、悲し気なモフモフの背中、私は見たくない。
「セリーヌ。セリーヌがいてくれれば、俺は生きていける。過去は過去でしかないから。それに、離れていても、その守護魔法が完全に発動したら、俺はすぐに駆け付けるから」
――――王都からイースランド領までは、馬車に三日間程度ゆられる必要があるのだが。
それでも、ベルン公爵の膨大な魔力なら、可能なのかもしれない。
でも、守護魔法がはじけた時の負担は、術者に与えられる。その直後の、長距離転移魔法……?
「あの、やっぱり一緒に」
上目遣いになってしまったことくらい、許してほしい。
でも、ちらりと見えた、ベルン公爵は、やっぱり王子様のような笑顔のまま、私のことを見つめていた。これは相当怒っている。
「セリーヌ。たとえ、俺のためだからって、遠く離れた場所に俺を置いていこうなんて。エルディオ殿がいるから、安全かもしれないけど、ほかの男のいる場所に、一人で行くなんて」
「あわ。アイリ様も一緒ですよ」
「――――その魔法が、発動している限り、俺から離れられるなんて思わないで?」
そういった瞬間、王子様みたいな笑顔のままなのに、透明な瞳がどこか澱んだように感じてしまう。フルリと背中が揺れたのは、仕方がないことだと思う。
まさかの、ヤンデレ風味継続ですか?
しかし、困ったことに、私もそんな重さを向けられるのが、嫌ではないようだ。
「でもまあ、今夜は一緒にいようか」
急に重力がなくなったように、浮遊感を感じる。
次の瞬間には、先ほどよりさらにご尊顔が目の前にあった。
ベルン公爵に出会ってから、もう何度目のお姫様抱っこだろうか。
「しばらく会えないなんて、耐えられそうにない。慰めて?」
そうやって、少しだけ意地悪な笑顔で見つめられてしまえば、私に拒否権などあるはずもない。
私はもう、夢中で頷く以外、何もできなかったのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
気が付けば、アイリ様と私は二人して自分の手を眺めていた。
目を凝らしてみれば、魔法陣がうす~く手の甲に描かれているのが分かる。
ちらりと見たアイリ様の華奢な手首には、少し不釣り合いな無骨な骨董品のような腕輪がはめられている。つまりは、そちらも似たようなものなのだろう。
私たちは、小さなため息をついた。
二人とも、それが完全に嫌だなんて、口が裂けても言えないのだから、困ったものだ。
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