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続編のはじまりと生存。
しおりを挟む美しい肖像画の女性。
彼女を見た人間が、まず一番初めに見惚れるのは、その澄んだエメラルドのような瞳だろう。
肖像画ですら、あんなに魅力的に輝いているのだから、実物はさぞ美しかったに違いない。
私も、同じ色をしたその瞳に、魅了されてしまった人間の一人なのだから。
「セリーヌ。メリル・フェンディス公爵令嬢について、知っていることは? まず、容姿が知りたいわ」
「淡い金色の髪に、ベルン様と同じ色のエメラルドの瞳。優しい微笑みの……ほかに類を見ない人外レベルの美女です」
「あのベルン様のお姉様だものね……。それから?」
何から話そうか、全てはフェンディス公爵家を襲ったあの悲劇の日から始まる。
「……十年前、フェンディス公爵家は、呪いによってメリルお姉様以外の人間が死に絶えようとしていました」
アイリ様は、軽く瞳を見開くと、静かに下を向いた。眉の下で切り揃えられた前髪で、瞳の色が隠される。
「隣国の王太子と一緒にいたため、難を免れたメリルお姉様は、呪いを上書きしてベルン様の身代わりに」
アイリ様が、軽く首を傾けると、ピンクダイアモンドのような煌めきが、周囲を彩る。
「たしかに、死んだの?」
アイリ様は、小さな真珠で彩られた、薄紅色のドレスをクシャリと、両の手で掴んだ。
「え?」
ベルン公爵がしてくれた話では、メリルお姉様は、ベルン様の代わりに死んだと……。
あれ、でもあの時から、モフモフの呪いにかかったベルン様は私室にこもってしまったはず。
確かに、もし仮死状態とかで、メリルお姉様が生きていても、ベルン公爵には、確認できない。
「……メリルお姉様が、生きている可能性が、ある?」
「残念ながら、私もセカンドシーズンは、告知しか見ていないの。でも、ヒロインは確かに、淡い金色の髪と透き通るような緑の瞳をしていたわ」
もし、メリルお姉様が生きていたなら、ベルン公爵はどんな反応をするだろう。
トクトクと心臓が高鳴る。
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「……メインヒーローは、王女との望まない婚約のためアレクシア王国に来た、隣国の王太子カイル・ルドラシアよ」
「悪役令嬢は……」
「前作のヒーローたちは、もちろん攻略対象らしいから。たぶん、セルゲイとベルン様も」
……まさかの、アイリ様、ヒロイン降格? いや、この立ち位置はむしろ……。
「広告の後ろに、私とあなたも載っているのよ。小さく。悪役令嬢セリーヌは、あのゲームのある意味顔だったものね」
「えっ、セリーヌは、断罪なしのその後の続きがあるってことですか?! なんでそんな大事なこと、今さら言うんです」
「だって、思い出すどころじゃ、なかったじゃない。私たち……」
呪われた隣国の王太子が、魔王みたいな姿をしていると言うだけでも大事なのに、まさか続編が、あったとは。
「…………っく」
唐突に、アイリ様が小さく可憐な手のひらで、可愛らしい顔を覆った。
「アイリ様?! 気を確かにっ」
「くっ! 続編、プレイしたかった!」
アイリ様は、あくまで通常通りだった。
けれど、それに関しては、私も激しく同意するのだった。
――――アイリ様(前作ヒロイン)が悪役令嬢(暫定)とか。どれだけあのゲームは、悪役令嬢に思い入れが強いのか。
続編の、二人の悪役令嬢(?)の多彩なエンディング、とても気になる。
しばらく、ドレスを掴んだまま、プルプル震えていたアイリ様は、ガバッと私の方に顔を向けた。
「とにかく、行くわよ! 手遅れになる前に!」
「えっ、どこに?」
「記憶喪失のヒロインは、辺境で暮らしているのよ」
「…………それって」
辺境という言葉で浮かぶのは、あのお方ただ一人。
「エルディオ様のイースランド領を視察に行くという名目で、出かけるわよっ!」
かくして、私たちの物語は、再び動き出すのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「なぜか、寒気がするのだが」
最近、モフモフしている時のほうが、貴族女性に囲まれないことに気がついたせいで、モフモフ率が高いベルン公爵が呟く。
暖かそうな毛皮に包まれていながら、なぜか寒気を感じたようだ。
「俺もだ。ところで、アイリが、また急に逃げ出したのだが、俺はまた何か地雷を踏んだだろうか?」
「……むしろ、地雷を彼女たちが踏み抜いた気がしてならないな」
「たしかに。あの二人が揃うと、波乱しか巻き起こらない」
ベルン公爵とセルゲイ王太子殿下は、そこで急な寒気に再びブルッと震えたのだった。
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