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隣国の王太子と婚約者。
しおりを挟む「……ユリア殿下、どうしてお兄様と婚約なさらなかったんですか」
「今になって、なぜ?」
よく考えれば、お兄様こそユリア殿下の婚約者には、立場も何もかもがピッタリだ。
お兄様とユリア殿下は、いつか政略結婚をすると二人とも口にしていた。
だから私としては、お兄様とユリア殿下が、婚約するのだろうとおもっていたのだけれど。
「今だからこそ、です」
ユリア殿下の政略結婚の相手は、隣国の王太子殿下。でも、お兄様だって、国内の情勢や、王位継承権から考えて、むしろ相応しいように思うのに。
「……セルゲイ様だけは嫌だわ。愛する人と結婚したいだなんて、私の立場では思うことも許されない。それでも、あんまりだもの。本当に……アイリ様と一緒になってくれて、ほっとしているの」
「――――あのぅ、どなたか好きな方が?」
「……それは、決して口にしてはいけない類のことだわ。でも、セルゲイ様ではないことだけは、はっきりと明言しておくわね?」
「そうですか……」
気高く優雅に微笑んだユリア殿下は、嘘をついているようには見えない。
これは、これ以上踏み込んではいけない、繊細な領域なのだろう。
「出過ぎた真似をいたしました」
「いいえ、私がこんな話をできるのは、セリーヌ様だけ。聞いていただけて、重荷が降りたようですわ」
隣国の王太子といえば、ベルン公爵のお姉様、ベルン公爵を助けて儚くなった、メリル・フェンディスの元婚約者だ。
あの日、メリルお姉様は、隣国の王太子に会っていたため、ベルン公爵の呪いに巻き込まれることはなかった。
そして、まだ息のあるベルン公爵を見つけた……。
あれから十年余り。隣国の王太子殿下は、新たな婚約者を作ることがなかった。
そんなこと、立場上許されるはずもないのに。
――――もしかして、すごく好きだったのかな? メリルお姉様のこと。
静まり返った室内。横を見ると、感情を押し殺したように唇の端を歪めたベルン公爵の姿が瞳に映る。
――――平気でいられるはず、ないよね。
私は、ユリア殿下に向き直って口を開いた。
「……そろそろ、退室の許可を」
「ええ、そうね。……ああ、でも帰りに、セリーヌ様だけで、私の部屋に寄って欲しいわ。あなたの可愛らしいドレス姿を楽しめるのも、あと少しだけだもの。付き合って下さるわよね?」
ピンクの色彩のあんなドレスや、リボンやフリル満載のこんなドレスが脳裏に浮かぶ。
「……光栄でございます」
「ふふっ。セリーヌ様は、着せ替え甲斐がありますわ」
その直後、ベルン公爵とユリア殿下の、友情の固い握手を見た。さっきまで、気まずい感じの距離があったくせに。
よく分からないけれど、そんなことで、ユリア殿下とベルン公爵の気が晴れるなら、お付き合いしよう。
少しだけため息が出るくらいは、許して欲しいけれど。
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