【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか？

夫婦間の問題です。※ただし王国中を巻き込む可能性あり。

　気まずい沈黙。
　冷めていく紅茶。
　溶けていくアイスクリーム。

「……頼むから」

「うぅ」

　お兄様には、記憶を取り戻してから迷惑ばかりおかけしているので、頼まれると弱いのです……。

　でも、アイリ様の許可なく、プライベートなことを、話すなんてダメだと思います。

　私は、必死になって首をブンブンと横に振る。

　早く誰か、お兄様が王宮を抜け出していることに、気が付いてください……。

　私は、冷めてしまった紅茶を口に含む。
　香りが薄れた紅茶は、渋みが強く感じられる。

「……逆に、お兄様は、どんな夢を見たんですか」

「質問で返すか。だんだん、ベルンに似てきたな」

　そんな冗談を言いながらも、お兄様は下を向いて目を閉じた。

「……以前、突然訪ねて来たエルフにも、勇者と呼ばれた」

　ウィルド伯爵のお母様ですよね。
　むしろ、勇者の直接的な関係者です。その人……。

　勇者ハーレムの一員だった、ウィルド伯爵家のエルフ。それを言ったら、カナン・ウィルド伯爵に至っては、勇者の息子ですものね。

　新婚夫婦に、元妻と息子の存在。
　やっぱり波乱の予感しかしない。

　その時、ふと窓の外を見ると、木の下に無邪気な笑顔のアイリ様が手を振っていた。

「ひょぇ」

　相変わらず怖い。乙女ゲームで、ヒロインがどこにでも入れることに、違和感なんてなかった。でも、現実となれば、話は別だ。

「……セリーヌ？」

　アイリ様が、自由自在に正門以外から敷地内に入ってくるのは、ヒロインチートなのだろうか。

　私は慌てて、薄水色のカーテンを閉める。

「私から話すことは、何もありませんっ！」

「えっ。どうしたんだ急に」

　逆らってはいけない人というのが、世の中には、いるのだ。未来の王妃様というなら、それは尚更で。

「その理由は、あと少しでわかります」

「あっ！　……急に抜けて来たからそろそろ」

　来訪者の存在を察したらしいお兄様。
　私は必死で、お兄様の腕に縋り付く。
　行かせてなるものか。

　軽く揉み合っているうちに、ドアが開く。

　なぜか、セバスチャンすら、アイリ様のことは、素通りさせてしまう。
　確かにゲーム内でも、ほとんどの場所に自由に入ることが出来たものね？

「セルゲイ……」

「あっ、アイリ。あの……」

「あなたが逃げるなんて、珍しいですよね。セリーヌ様が、ピンチというわけでもなさそうですし、逃げたという認識でいいですか？」

「はっ、はい。あの……」

　ツカツカという、靴音が聞こえそうな勢いで、アイリ様がお兄様との距離を詰めた。

「私としても、言いたいことがたくさんありますが、あなたにもあるでしょう？　これは、夫婦間の問題だとは、思いませんか？」

「……ですよね」

「ですよね、じゃないです！　急にいなくなったから、どれだけ心配したと……」

「アイリ？」

「っ……！」

　しばらく俯いていたアイリ様の、耳がみるみる赤く染まる。そのまま、プルプルしている姿が、可愛すぎるのですが。

「……心配なんてしていないんだからっ。セルゲイなんて、知らないんですからっ！　もう帰りますよ！」

「ふむ、そうだな。アイリの方が、色々把握していそうだ。そうだろう？　愛しい奥さんは、俺に隠し事なんてしないだろうから」

「……うぇ」

　お兄様が、相手を問い詰めるときの笑顔になった。

　アイリ様が、赤らめていた頬を途端に青白くさせる。

　この笑顔の時に、お兄様が貴族たちに負けた姿を見たことがない。

　たぶん敵わない。平和な日本で、一般市民として暮らしていた私たちには。

　連れ去られていくアイリ様を見送りながら、王国の未来に幸あれ、夫婦の問題は夫婦内でと、心の中で祈るくらいしか、出来ることがなかった。