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嘘つきだから、その表情が見えないのは困ります。

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 モフモフに寄り添って過ごす、優雅な午後。
 もう、ベルン公爵が呪いで命を落とす心配はなくなった。
 私は、本当に幸せいっぱいだ。

「……いや、なにをしても元の姿に戻れなくなったんだが」

「……私は幸せです」

「――――セリーヌが幸せなのはいいことだけど」

 モフモフの唇にキスをする。
 キスをしても王子様みたいな人になることはない。

「キスしても戻りませんね。――――残念なことに」

「絶対残念だと、思っていないよね?」

「好きです。どんな姿でも」

「なぜだろう。その言葉を素直に受け入れられないのは」

 たしかに、そこまで残念だと思っていない自分がいる。
 でも、モフモフがいくら魅力的なのだとしても、人間の姿に戻れないのは、不便かもしれない。

「モフモフの加護を解く方法を探さなくてはいけませんね」

「加護……って」

「だって、ベルン様を守ってくれていたんですら、誰が何といっても呪いではなく加護だと思います」

 ベルン公爵の口角が、意地わるげに歪んだ……ような気がした。
 モフモフの毛並みに阻まれて、表情がわからないというのはやっぱり不便だ。
 ただでさえ、私は空気が読めない。

「魔力は回復した? セリーヌ」

「ええ、もう満タンです。だから、エルディオ殿下のところに行かないと」

「危険なことはさせたくないけど……。言っても聞かないのは分かっている」

 ベルン公爵から、口づけされる。もふっとした感触は、幸せだけれど少し物足りないような。
 刹那、白く青みを帯びた炎が私の体を包んで、燃え上がってしまったように錯覚する。

「……ベルン様。守護魔法って、簡単に使うような魔法ではないですよね?」

「あの呪いを抑える必要がなくなった今なら、この姿のままでも、俺に敵う人間なんていない。守護魔法をかけるのなんて簡単だよ」

 ――――そういう台詞は、フラグですから! 

 守護魔法は、かける時よりも、かけた相手が危険に陥った時の方に魔力を消費する。場合によっては、相手の身代わりになってしまうこともある危険な魔法だ。

 私が攫われたときも、駆け付けてくれたけれど、私を助け出した直後に倒れてしまったのは、守護魔法が発動したのも理由の一つだったに違いない。

 守護魔法の秘密を知らなかった私は、その事実を知った時に衝撃を受けた。
 お兄様が、一人で来てしまっていた時にも、かけていましたよね? 気軽に……。
 やっぱり、私が守らないと危ないこの人。

 そんな私を見ていたベルン公爵は、困ったように小さく頭を振った。

「……セリーヌは、分かっていない」

「え?」

「呪いが解けてしまったから、もう自分を抑える理由がなくなってしまった。セリーヌにとっては、俺の姿はこのままの方が良いかもしれない」

「……どういうことですか?」

 私の髪の毛を一房掬いとって、そこに恭しく口づけを落とすベルン公爵。

「――――呪いがある間は、俺の命がすぐに尽きてしまうから自制が利いた。今だって、こんな姿のままだから、セリーヌからすべてを奪ってしまうことを我慢できるのに」

 ……時々、ヤンデレ属性がちらちら顔を出しますよね。

「それも、いいですね」

「えっ」

 ベルン公爵の指先から、私の髪の毛が零れ落ちていく。
 その手を両手で包み込んで、頬をそっとすり寄せる。

「好きです……。どんな姿でも」

「――――セリーヌ、俺は君のそばにいるだけの価値があるかな」

「ベルン様は、私にとっての唯一ですから」

 その手に頬を寄せたまま、その顔を窺い見る。
 泣いているのか、微笑んでいるのか。

「ベルン様は、どんな表情をしているんですか」

「笑っているに決まっている」

 ベルン公爵は嘘つきだ。その毛並みは少し濡れてしまっているのだから。

「そうですか……」

 私はそのことを指摘する代わりに、その体に腕を回してただ強く抱きしめた。
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