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表情が見えてしまうから。

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 王位継承について、乙女ゲームでは詳細に描かれていない。
 ただ、ヒロインとともに王国を治めていった。それだけ。

「ベルン様……」

「なに? セリーヌ」

「ベッドから出て、自分で食べられますけど」

「繰り返しの魔力欠乏が、体にどんな影響を与えているかわからないのに?」

 ――――怒っていないって言っていたのに、やっぱり怒ってるらしい。

「本当に……俺より先に死ぬのとか許さないから」

「えぇ。大げさですよ!」

 そういえば、ウィルド伯爵家を訪れてから、いろいろなことが起こってしまい、結局魔力に余裕がないままだ。大丈夫なのだろうか……。

「ウィルド伯爵は……」

「ああ、今日訪問すると言っていたな」

「え?」

 意外な言葉に固まる。
 ウィルド伯爵に魔力を渡した後の、飢餓感と倦怠感は、通常の魔力欠乏の眠気とは全く違った。
 あの状態で、外出するなんて無謀なのではないだろうか。

「――――あのエルフから、魔力を受け取ってほとんど呪いは解けたようだ」

「え……」

「あの場所で、時が来るまで膨大な魔力をため込んでいたようだから」

 勇者の伝承からは、数百年過ぎている。
 それだけの時間、あの場所に一人でいたというのだろうか。

「――――こっちを見て」

「……ベルン様」

 ギュッと、ベルン公爵が私のことを抱きしめてくる。
 温かい、狭い空間に未だになれない。

「毛並みがなくなってから、セリーヌから抱き着いてくることがほとんどなくて寂しいな」

「えっ……それは」

 ベルン公爵が、抱きしめる力を強くする。

「知ってる。俺のこと好きでいてくれること。……でも、こんなに苦しいほど焦がれているのに、きっと俺の好きとセリーヌの好きは違うから」

「え? 好きの違いって……」

 好きは好きなのではないのだろうか。
 ベルン公爵のこと、誰よりも一番好きなのに。

「――――ごめん。少しのことで嫉妬してしまう。エルディオ殿下のことも、ウィルド伯爵のことも、何ならセルゲイとのことだって……。ああ、あとアルトも」

 ――――どうして、お兄様の方がアルト様より先なのです? 実の兄妹ですが。

「すべてから隠してしまいたい。ほかには何もいらないから」

「愛が重いですね……」

「嫌いになる?」

「――――いいえ、そういうの、好きみたいです」

 抱きしめている腕の力が、一瞬緩む。

 そうやって、照れたり、切なそうに私のことを見る、その表情がはっきり見えてしまうから、モフモフの時みたいに、気軽に抱き着けないというのも理由の一つなのですが。

「じゃあ、今から俺の部屋に閉じ込められて?」

 緩んだ腕が、私の体から離れて唇の輪郭をなぞる。

「――――朝まで一緒に」

 その時、大変申し訳なさそうな雰囲気でセバスチャンが、来客を告げた。
 そう、ウィルド伯爵がいらっしゃるってお話でしたよね?

 二人の距離が、焦りのあまり急激に離れる。
 今の雰囲気……。セバスチャンに見られていた。

「どうか私のことはお気になさらず」

 確かに、執事の鑑みたいなセバスチャンなら、影のように存在感を消していることも容易だろう。
 でも、その結果、再び小説が完成してしまうような気がしてならない。

 私は、慌てて身支度を整えるために、侍女のアンネを呼んで自室に戻るのだった。
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