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その髪と同じ色の薔薇を。
しおりを挟む第二王女殿下と、目があった。王太子と同じ金色の髪に、冷たい印象を与えるブルーグレーの瞳。
その冷たい美貌と対比するような鮮やかな薔薇色のドレスが美しい。
ーーーー近づいてくる?
えっ、なんで近づいてくるの?!
慌てているうちに、王女殿下は私の目の前に来てしまった。
条件反射のように、ドレスの裾を掴んで優雅な礼をする。セリーヌとして育ってきた礼儀作法は、体が覚えているらしい。
優雅に見える所作と比べて、私は背中に冷や汗をかいているけれど。
「ごきげんよう。来ていただけて嬉しいわ。フェンディス公爵、リオーヌ公爵令嬢」
「お招きいただきありがとうございます。第二王女殿下」
「ありがとうございます」
ベルン公爵のあとに続けて、無難に返事をする。『ベルン様とのお約束』だ。
「ええ、その服、気に入っていただけたかしら?」
……はい! とても素晴らしいと思います!
「ええ、我が婚約者も喜んでいるようですから」
冷たい双眸が、私を捉える。
「あら? 普通は婚約者に服を贈られたりすれば、腹を立てるものじゃなくて?」
小首を傾げる姿すら、完璧。
「いいえ! 素晴らしいものを拝見させて頂き、感激しております!」
その瞬間、お兄様とベルン公爵が額を押さえて天を仰ぐ。アルト様は、さすが最年少騎士。微笑んだままだが、口の端が震えているところを見ると、実は相当動揺しているらしい。
「……少し、あちらでお話ししませんか?」
王女殿下のお誘い! もしや、お揃いの服を着た貴公子たちの話題でしょうか?!
「喜んで!」
「では、こちらに」
ベルン公爵の手が、まるで引き留めようとするようにピクリと動いた。
その手をお兄様が掴んで制する。
会場からため息が溢れた。
ーーーーわかります。
もっと、二人が一緒にいるところが見たいです。しかも、三人とか……素晴らしい。
「はぁ……素晴らしい」
「セリーヌ、また声に出ている」
しまった、と思って王女殿下を伺いみるとパチパチとブルーグレーの瞳が瞬いた。
そのまま、王女殿下の後を黙ってついていく。ふわり、ふわりと翻るスカートの裾。薔薇色はきっと、夜会では目立ってしまうだろうけれど、薔薇園では周囲の景色に馴染んで見えた。
対して、私の茶色のドレスは、鮮やかな色彩の中では逆に目立ってしまっている。
やっぱり、鮮やかな色にすればよかったのだわ。ガーデンパーティーなのだから。
白いガゼボの下に、王女殿下のためのテーブルが用意されていた。
……ここは、幼い頃初めてエルディオ殿下とお会いした場所だわ。
記憶の中にしかなかったはずの、その光景が急に現実味を帯びてくる。
あの時、エルディオ殿下はなんて仰ったのだったかしら?
「久しぶり。約束通り、その髪の色をした薔薇を贈るよ」
……そう。でも、私の髪の色をした薔薇の花なんて存在しない……はず。
勢いよく顔を上げると、目の前に私の髪と同じ色の薔薇を差し出したエルディオ殿下がいた。
思わず受け取ってしまったその薔薇は、私の手の中に。
たしかに、濃い紫の薔薇は私の髪と同じ色をしていた。
「あの……」
「ーーーー約束は果たしたから」
そう言って、エルディオ殿下は去っていった。振り返ることもなく。
幼い頃の思い出が見せた幻だったと思いたいのに、手の中の薔薇は、それが現実だったのだと告げているようだった。
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