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笑顔で睨み合うのやめて下さい。
しおりを挟むベルン公爵が、珍しいことに周囲を見回している。
そう、なぜか落ち着くこの環境。
私が来た当初のフェンディス公爵家の雰囲気とよく似ている。
「事態は深刻なのかもしれないな。だが、状況においてはすぐ撤退する。それは譲れないから」
「……分かりました」
そうならないことを祈ってはいるけれど。
「お待たせしました」
そして、入ってきたウィルド伯爵の様子に息をのむ。
その瞳は、暗い場所で見れば明らかに深紅の炎を宿しているみたいにゆらゆらと輝いていた。
「――――さきほど、なぜかその瞳をとても懐かしいと思いました」
「それは、私もです。リオーヌ公爵令嬢……。その美しい、くすんだ黄金の瞳、宵闇を月とともに切り取ったみたいな美しい髪」
相変わらず、貴族の挨拶には慣れないわ……。
ウィルド伯爵は、そのまま私の前に進み出ると、手の甲に口づけを落とす。
その瞬間、変化は急激に訪れた。
私の胸辺りまでしかなかった背は、はるか私の頭上に。
幼い顔は、凛々しい大人に。
ただ、その黒い髪と深紅の瞳、少しとがった耳だけが変わらない。
「――――もちろん、私は吸血鬼などではないですよ? でも、ご存じなのですよね」
「……エルフの血を、継いでいるのでははないかと」
「……ええ、しかし勇者とともに魔王を倒したエルフは、呪いにより美しかった金髪と翡翠のような瞳を失いました。そして、禍々しい今のような色合いに」
禍々しいについては、同意できないけれど。
この色合い、キラキラした瞳もとても素敵だわ。
「それで、どうして幼い少年の姿をしていたの?」
「――――自分の思いとは関係なく、その姿になってしまう。……フェンディス公爵は、そのことをよくご存じのはずでは?」
「――――何が言いたい」
「勇者とともに戦った者の力をうけつげば、多かれ少なかれ末裔の呪いを受ける」
勇者と一緒に戦った? それって。
「聖女は、その身の気高さに反して貶められる運命に。魔術師は己には解けない呪いに。……フェンディス公爵家は、力など受け継がない凡庸なものばかりが生まれれば良かったものを。ああ、あなたの姉上だけは少し毛色が違いましたが」
「……そうだな。フェンディス家は、多系統の魔術を操るものが多い。だが、姉上は、闇の魔力しか持たなかった」
「だからこそ、彼女だけが生き残るはずだった」
「……そうか。それで、言いたいことはそれだけか?」
あまりに美しい、氷みたいな微笑。
対するウィルド伯爵は、動じる様子もなく微笑み返す。
どうも、ヴィルヘルムさんもこうなることを予想していたかのように、何故か楽しそうだ。
一人固まってしまった私を取り残して、二人の笑顔は場の空気を氷点下にしてしまうのだった。
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