41 / 177
褒めると三倍で返ってくるんですね。
しおりを挟む✳︎ ✳︎ ✳︎
私は今、一心不乱に雑巾がけをしている。
使用人たちは、たぶんもう私のそんな姿を見慣れてしまったのだろう。通常営業だ。
静かに近づいてきたアンネが黙ってバケツの水を替えてくれた。
考え事をしすぎて、なにも良い案が浮かばなくなった時には、心を集中させるために家事に精を出すに限る。
「セリーヌ? そろそろ準備しないと」
最近は、所用のため王子様モードでいることが多いベルン様。振り返ると、今日の装いはシックな黒でまとめられていて、妖艶さすら感じる。
「カッコいいです。目がつぶれそう」
「……微妙に、褒められているのかけなされているのか分かりにくい」
「――――褒めているんですよ」
あれから、数日間。実に平和な毎日を過ごしている。
働く人を増やした最初の頃は、使用人の皆さんに趣味を奪われてしまっていたけれど、最近は私の分を残してくれるようになっている。
仕事のできる人たちは違う。この絶妙な忙しさ。素晴らしい。
「そう? モフモフって言っているときの姿の方が好きなのだと思ってた」
……モフモフは最上級に好きだ。
でも、このカッコよさは、乙女ゲームで攻略対象者として出会っていたら、一目で一推しだっただろう。それくらい、ベルン公爵は私の好みを全て凝縮したような見た目をしている。
「見た目を褒められるの、好きじゃないのかと思って。でも、私の好み全て凝縮したような姿をしています。今のベルン様は……」
「えっ? いきなり全力で攻めてくるの、やめて欲しい」
なぜか、ベルン様が目の下をうっすらと赤くした。
なるほど。十五年容姿について褒められていなかったせいで、自己評価が低めなんですね?
もっと褒めた方がよさそうです。
「セリーヌだって、俺の好みのど真ん中だ。宵闇のような髪と、上品な黄金。……俺の月の女神」
うわー、もっと褒めようかと思った矢先に三倍になって返って来るんですね!
だから褒めるの嫌なんです!
そのまま、私の髪の毛を一房掴んで口づけをする様子を、どこか他人事のような気持ちで見つめる。
すべてが私に起こっている事態だと認識してしまうのは、心臓に負担がかかりすぎる。
「さ、この姿でずっといるのも厳しいものがあるから。……まあ、俺としてはセリーヌとこんな風に過ごすために、すべての時間を使ってもいいと思っているけれど? いっそこのまま二人で部屋に籠ろうか」
バチンッ、と一筋だけ雷みたいな魔力が弾けて消えていった。
いかにも無念といった様子で、ベルン公爵が伸ばしかけていた手を引っ込める。
「――――速攻で、準備してきます!」
直後、私たちの会話を聞いていたらしいアンネと、商人のハンネスさんの紹介で増えた侍女たちが私を連れ去っていく。
「月の女神ですって! ちょうど、旦那様も黒でまとめておられますもの。今回のテーマは決定ですね!」
なぜか私の何倍もさっきの発言に盛り上がっているらしい侍女たち。
私は、もみくちゃにされながら、今日もベルン公爵に少しでもふさわしくあるための婚約者の皮をかぶらされた。
101
お気に入りに追加
5,414
あなたにおすすめの小説
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します

妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる