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私は紅茶を嗜んでますから。
しおりを挟む初対面とはとても思えない、険悪な空気の中でお兄様とベルン公爵が向かい合う。
「挨拶が遅くなりました。セリーヌの兄、セルゲイ・リオーヌです」
「ベルン・フェンディスです……。挨拶が遅くなった非礼、こちらこそお詫びいたします」
テーブルを挟んで向かい合う二人の間に、ピリピリとした空気が流れる。私は今、ベルン公爵の隣に座っているけれど、お兄様の表情がこんなにも険しい理由は何なのだろうか。
でも、それよりも私には気になることがあった。
「お兄様……少し、やせましたか」
「セリーヌ、心配するほどのことではない。少し忙しかっただけだから」
その忙しさは、もしかして私のせいではないのだろうか。
ベルン公爵の心遣いで、ほんわりと温かく膨らんでいた気持ちがシュルシュルと急速にしぼんでいくのを感じた。
そんな私を見つめるお兄様の顔は、とても優しいのに。それが今は逆に辛い。
お兄様は、私から視線を外すと、再び厳しい表情をベルン公爵へと向けた。
「セリーヌとともに婚約式に参加すると伺いました」
「――――ああ、さすが王太子殿下の側近ともなると情報を手に入れるのが早いですね」
「あえて、今回の招待状は全て私が管理していますので。ところで……なぜ、危険と分かっていて妹を連れて参加しようとされているのでしょうか? 失礼な言い方になってしまいますが、その姿では満足に妹を好奇の視線から守ることができるとは思えないのですが」
お兄様が、なぜかベルン公爵に失礼なことを言い始めた。青い髪と瞳の少しだけ冷たい印象のお兄様に詰め寄られると、かなり迫力があるのだけれど……。
ベルン公爵をチラリと仰ぎ見るけれど、怒っている様子はなく、むしろこの状況を楽しんでいるようにさえ見える。
「セリーヌ、良いかな?」
――――なんの話ですか?
事前の打ち合わせがあっただろうかと頭を悩ませているうちに、キスされた。私はまだ答えてすらいない。不意打ちも甚だしい。
「――――ふざけているのか! ……えっ?」
兄が驚くのも無理はない。
一人の人間が一瞬でもここまで変わるなんてこと、どう考えてもありえない。
魅惑のモフモフが月も霞んでしまうほどの美男子に変身するなんて。
「これで文句ないだろう? セルゲイ」
文句ないも何も、それは怒るでしょう。妹と婚約者が真面目な話の最中にキスなんかし始めたら。
意図が分からずに混乱する私を他所に、ベルン公爵は涼しい表情をしていて少し腹立たしい。
「はっ。いつのまに呪いを解いた、ベルン」
「――――お前の妹のおかげで、半分だけ……な」
「……あれ? 二人ともお知り合いですか?」
気になるのはそこなのか? とでも言いたそうに、残念な子を見るような目を二人同時に向けられた。
ため息をひとつついたお兄様が、少し長い前髪をかき上げる。
「毒気を抜かれたな……。これも聖女の血を受け継ぐ者の才能か?」
「最近毎日こんな感じだ」
「心中お察しする。ところでセリーヌ? ……両公爵家の嫡男同士が面識ないわけないだろう? まあ、直接会うのは十年ぶりだが」
そうか……。ベルン公爵とお兄様の歳は近い。呪い騒ぎでフェンディス公爵家とベルン公爵が大変なことになるまでは、つまりベルン公爵が引きこもるまでは二人の間には交流があった。
そんな当たり前のことに、気が付かないなんて。
「相変わらず、嫌味なやつだなベルンは」
「そうか? まあ、見た目と違ってすぐに熱くなる性格、セルゲイの方も変わってなさそうだ」
和解しかけたのかと思ったのも束の間、二人の間には見えない火花が散り始め、その間に挟まれてしまった私は「あ、最高級の紅茶が冷めてしまう」と思い至り、気持ちを落ち着けるために紅茶を嗜むのだった。
――――もう、本当に紅茶飲んでる間に終わらせてくださいね?
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