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ここに一人でいたんですね?
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本棚の整理は、楽しいけれど意外と重労働だ。
それでも、その達成感は他に類をみない。
あとは、最上段の棚に並べ直すだけだ。
――――こうしてみると、闇魔法と光魔法についての本が多いのね。でも、比較的新しいものも多いような気がする……。
ベルン公爵家に昔から置いてあったであろう本は、装丁も古びていて古書としても価値が高そうなものばかり。さすがに、勇者と魔術師の子孫というだけあって、置いてある魔導書も信じられないくらい珍しいものばかりだった。
セリーヌの育ったリオーヌ公爵家にも、もちろん図書室があった。やはり勇者と聖女の子孫にふさわしく、神話についての本や光魔法についての本が多かった。
本棚の整理に熱中してしまい、気がつくと日が傾いているみたいだ。カーテンが厚いため分かりにくかったけれど、明らかに暗くなりつつある室内。
「あれ……ベルン様?」
大事な話があるのではなかったのだろうか? まったく声をかけられなかったから、集中して本棚の整理をしてしまった。
振り返ると、執務机に頬杖をついて、なぜか楽しそうに私を見つめているベルン公爵と目が合った。
「えっ、あの……。私、集中しすぎて呼ばれたことに気がつかなかったですか?」
「いや……。黙って見ていた」
「なぜ……? 大事なお話があったのでは?」
ベルン公爵は立ち上がると、私の背丈では背伸びしないと届かない最上段の本を並べ始める。
いつの間に分類法を理解したのか、私が予定していた通りの場所に本が並んでいく。
「――――話なんかより、セリーヌにここに来てもらうことの方が大事だった」
「え……?」
「ずっと長い間、一人で閉じこもっていたこの場所に」
本棚に残りの本をしまいながら、ベルン公爵が呟いた言葉は、たぶん静かなこの部屋でなければ聞き取れなかったくらい掠れていた。
もう一度、この部屋を私は見渡した。
もちろん、公爵家の執務室はとても広かった。それなのに、置いてあるのは本棚と執務机と椅子くらいだ。
もう一つドアがあるからその先は私室になっているのだろう。でも、この様子ではここと同じように殺風景に違いない。
たった十五歳で呪いのせいで家族を亡くしたベルン公爵が、人に会うこともできずに執務机に座っているのが目に浮かぶようだった。
最後の一冊になった本。それは、この部屋の雰囲気にはそぐわない可愛らしい装丁のものだった。
その本が、私の手から滑り落ちて床に落ちていく。
どうしても、ベルン公爵のことを、この部屋で抱きしめてあげたかった。
私は、飛びつくような勢いでベルン公爵に抱きついた。
いつも私を安心させてくれる、モフモフの毛皮が今この瞬間だけは、少しだけ恨めしく思えた。だって、この毛皮のせいでベルン公爵はずっとこの部屋で……。
「泣かせたかったわけじゃないんだけどな……」
ベルン公爵が、私の濃い紫色をした細く長い髪をそっと撫でながらつぶやく。これじゃ、まるで私の方が慰められているみたいだ。
「そんな風に子どもみたいに泣くなんて」
泣きたいわけじゃない。切ないだけ。できれば気の利いた言葉で、ベルン公爵の孤独も悲しみも慰めてあげたいのに、上手くできない子どもみたいな自分に腹が立つ。
そもそも良い言葉が浮かばないし、すでにしゃくりあげてしまっている残念な私は、声を出すのも難しい。ただ、ベルン公爵の毛並みを涙で濡らしてぺっしゃんこにしてしまうばかりだ。
そんな私に、たぶん笑いかけたベルン公爵は泣いてすらいない。私が泣きすぎたから、泣くタイミングを逸してしまったのだろうか。だとしたら、申し訳なさすぎる。
「――――ありがとう」
抱き着いて子どもみたいに泣きじゃくる私を、ベルン公爵がそっと抱きしめ返してくる。
そのまま屈んだベルン公爵のフワフワした毛で覆われた唇が、そっと私の唇に重なった。
その瞬間、目の前に現れたのはやっぱりいつもと同じ、澄んだ美しい瞳をした人だった。
今まで、この姿を見る度に、ベルン公爵が変わってしまったみたいに感じてしまっていた。
でも、それは私の勘違いだったみたいだ。やっぱり、この瞳は変わらない。どんなに姿が変わっても……。
「残念だけど、さっきの姿だとセリーヌとキスしても感触が良く分からないんだよね。……もう一度、キスしてもいいかな?」
王子様みたいな人が、上目遣いにそんなことを聞いてくるのは、それでもやっぱり心臓に悪すぎる。個人的には、モフモフのままそばにいてくれた方が、心の安寧に良いのだけれど。
それでも、その申し出を拒否するなんてできない私は、「そんなこと聞かないでほしいです」とつぶやく。
思わずうつむくと、床に落としてしまった可愛らしい装丁の本が開いているのに気がついた。開いてしまったそのページには、おそらく呪いを受ける前の仲がよさそうな家族が描かれていた。そこには、天使のような笑顔のまだ幼い顔つきのベルン公爵の姿もあった。
慌てて顔をあげると、そこには同じ顔をした男性の大人になった姿があった。
たぶんあの本は、公爵家のアルバムみたいなものなのだろう。
美しい少年はいつのまにか大人になって、本の中よりも少しだけ意地悪な笑顔を向けている。
そんなことを考えた瞬間、もう一度口づけされていた。
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