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もう恐ろしい野獣の館とは言えない外見です。
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いつものお仕着せではなく、淡いクリーム色の普段着のドレスを身に纏う。いつもの三つ編みではなく侍女のアンネにハーフアップに整えてもらった。今日は、全てのカーテンを取り外して、もっと明るい色のものに替える予定だ。
「セリーヌは本当に何も欲しがらない。……俺としてはお礼がしたいんだけど」
そう言ってベルン公爵が肩を落とすから、以前から気になっていた暗い色の屋敷のカーテンを全部交換してほしいとおねだりすることにした。
「それ……屋敷の備品じゃないか」
そう言ったベルン公爵は苦笑しながらも、いつもの商人ハンネスさんを呼んでくれた。
そしてとうとう今日、待ちに待っていた淡い水色に白いレースと可愛らしい小花柄のカーテンが無事届いたのだ。
「うれしそうでございますね。セリーヌ様」
「ああ……。何を贈ってもそれなりな感じだったのにカーテンが届くまで毎日ご機嫌だったな。鼻歌を歌いながら廊下の拭き掃除を始めたら上機嫌な証拠だ」
「家事をするのが趣味と仰っておられましたから」
「――――まあ、喜んでくれたなら良しとしようか」
屋敷は広い。全部自分でするつもりだったのに、ハンネスさんが自分の店の従業員を総出で連れてきてくれた。
派遣で侍女をしてくれているアンナが、私たちの性格や行動を従業員たちに話したところ、手伝ってもいいと言ってくれたらしい。
そんなわけで、たくさんの人が珍しく訪れる今日。私はいつものお仕着せのようなワンピース姿ではなく、シンプルだけど上質なドレス姿で出迎えた。もちろん、ハンネスさんが用意してくれた品だ。
「あの、従業員の皆様。本日はありがとうございます」
私が笑顔であいさつした瞬間、従業員たちが動きを止めてこちらをじっと見つめた。そして、思い出したように頭を下げる。
「今日はご厚意で手伝いに来て下さったんです。堅苦しいのは抜きにしましょう? カーテンを替え終わったら、お茶を用意しています。是非、楽しんでいってくださいね?」
もう一度にっこり笑う。
たくさん来客が来るのに気合を入れすぎて、大量の焼き菓子を作ってしまった。食べきれなかったらお土産に持って行ってもらおう。
そんな私を見たアンネは苦笑しながら「紅茶とコーヒーを用意しておきますね」と今まで見たこともない素敵な来客用のティーセットをどこかから見つけてきてくれた。さすが有能侍女。
さすが、たくさんの人数で手分けしたおかげであっという間にカーテンの交換が終わった。
いままでの、黒を基調にした遮光カーテンみたいな布が取り払われて、薄手のレースと淡い水色が優しい印象の布に替えられると、屋敷内が急に明るくなった気がした。
――――うん。部屋の印象を大きく変えるのには、やっぱりカーテンが有効よね!
たぶんもう、外見だけ見ればこの館を恐ろしいという人はいないだろう。
あの初日の雷は何だったんだろうと思うけど、たまたまだったに違いない。
「美しい庭ですね……」
「そうね。植えた花がやっと咲き始めたところだわ」
「えっ、セリーヌ様が自ら植えたのですか?!」
「そうよ?」
あ。またハンネスさんがポカンと口を開けた。
この表情見たことあるわ。エプロンが欲しいといった時と同じ表情。
「あの……差し出がましいようですが、この家で働きたいという者は今ならたくさんいると思います」
「本当にありがたい申し出なのですが……」
「そう、ですよね。でも、時間はあります。考えておいていただけますか?」
「――――ありがとうございます!」
嬉しい申し出だ。なんせ、いくら凄腕ハウスキーパーだとしても、この屋敷は広すぎる。たぶん、二人しかいない使用人のセバスチャンとアンネにも苦労を掛けているに違いない。
……でも、今日もやっぱりベルン公爵は人がいる時には執務室から絶対に出てこない。
アンネに対しても、ようやく扉を少し開けて顔を出すようになったばかりだ。私と一緒にいる時は、流石にアンネがいても大丈夫みたいだけれど、アンネが来てから数日間は完全に引きこもりに戻ってしまった。
「あのモコモコの外見。見慣れれば可愛い以外にないと思います」
すっかり慣れてしまったらしいアンネはそんなことを言う。そこには激しく同意する。
もしも、呪いが解けないのだとしても、たくさんの人がベルン公爵への誤解を解いてそんな風に見てくれたらいいのに。
水色のカーテンを揺らしながら屋敷の中に吹き込む風は、爽やかで昨日までとは違うように思えてくる。
こんな風に、ベルン侯爵を取り巻く環境が変わっていけばいい。
私は、優しい風に身を委ね、そんなことを願った。
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