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家事のプロなんです。
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✳︎ ✳︎ ✳︎
「――――いやに騒がしい物音がする? そういえば、今日は悪名高い令嬢を押し付けられる日だったか」
平和な日常が侵されることに、苦痛を感じながら「なんだ、癇癪でも起こしているのか」とベルン公爵はそっと扉の隙間から様子を窺う。
そこには、ボロボロのドレスに身を包みながらも、なぜかうれしそうに廊下の端から端まで雑巾がけをしている令嬢がいた。
端まで雑巾がけを終えて折り返してきた令嬢と一瞬、目が合いそうになって、ベルン公爵は慌てて扉を閉じた。
「……え? なんだこれ」
ドッドッと心臓が煩い。
しかし、自分の毛むくじゃらの手を見て何とか気持ちを立て直す。
そうだ、誰かと関わることはできない。
そのことを再認識した瞬間、なぜか響いていた心臓の音が急速に静かになっていく。
変わった令嬢が来たらしい。そのことだけは理解した。関わらないと決めているのに。
しかし、かわいらしい濃い紫色の髪を後ろに結び、金茶の瞳を嬉しそうに細めながらなぜか雑巾がけをしていたその姿が、瞼の裏に焼き付いて離れない。
「――――うん。服があまりにボロボロだから気になるに違いない」
ベルン公爵は、自分の気持ちをそう理解することにした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
次の日、私の部屋に顔色を悪くした商人がたくさんの衣装を抱えて現れた。
悪名高い公爵家令嬢と会うことになって、緊張しているのだろうか? それにしたって、怯えすぎじゃないか? 取って食べたりしませんよ?
対するセバスチャンは笑顔だ。
「旦那様が、掃除をしてくださったお礼にと。好きなものを好きなだけ買うように仰っていました」
「そう……」
既製品とはいっても、どれも質の高いものばかりだった。
色とりどり。王宮の晩餐に参加できそうなものから、ティーパーティー向けのものまであらゆるドレスが並べられる。
「ありがとうございます。では、こちらを一枚……」
私が選んだのは、一番飾り付けが少なくて動きやすそうなワンピースだった。
「あの、セリーヌ様……すべてを買いとっても良いと旦那様は……」
「そう? では、洗い替えにもう一枚頂くわ」
感謝しながら、私は色違いをもう一枚買ってもらうことにした。さすがは公爵家、太っ腹だ。
まあ、記憶だけなら私も公爵令嬢なのだが、なんせ一般庶民の生活の方がしっくりくる。
紺色と黒のワンピースは白い襟がついていてシンプルながら、素材が良いのがわかる。ごてごてした飾りがついているものより私はこういうのが好きだ。
「できればエプロンも欲しいのだけど?」
「え? ……さすがにエプロンの取り扱いは」
「従業員のものを譲ってくれたらいいわ。お願い!」
そんな無理を言うと、商人はポカンと口を開けた。そして、緊張感をいくらか緩めたように見受けられた。
呆れられてしまっただろうか。でも、どうしても欲しい。
セバスチャンは私という人間を理解し始めたのか、苦笑しているだけだったけど。
今までのボロボロのドレスから、上質なワンピースと商人の店の従業員のエプロンに着替えた私。鏡の前でクルリと回ってみる。ついでに髪の毛を三つ編みにしてみた。
――――どこからどうみても、メイドね! 血が騒ぐわ!
私はご機嫌で、今日も掃除に精を出した。
「――――いやに騒がしい物音がする? そういえば、今日は悪名高い令嬢を押し付けられる日だったか」
平和な日常が侵されることに、苦痛を感じながら「なんだ、癇癪でも起こしているのか」とベルン公爵はそっと扉の隙間から様子を窺う。
そこには、ボロボロのドレスに身を包みながらも、なぜかうれしそうに廊下の端から端まで雑巾がけをしている令嬢がいた。
端まで雑巾がけを終えて折り返してきた令嬢と一瞬、目が合いそうになって、ベルン公爵は慌てて扉を閉じた。
「……え? なんだこれ」
ドッドッと心臓が煩い。
しかし、自分の毛むくじゃらの手を見て何とか気持ちを立て直す。
そうだ、誰かと関わることはできない。
そのことを再認識した瞬間、なぜか響いていた心臓の音が急速に静かになっていく。
変わった令嬢が来たらしい。そのことだけは理解した。関わらないと決めているのに。
しかし、かわいらしい濃い紫色の髪を後ろに結び、金茶の瞳を嬉しそうに細めながらなぜか雑巾がけをしていたその姿が、瞼の裏に焼き付いて離れない。
「――――うん。服があまりにボロボロだから気になるに違いない」
ベルン公爵は、自分の気持ちをそう理解することにした。
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次の日、私の部屋に顔色を悪くした商人がたくさんの衣装を抱えて現れた。
悪名高い公爵家令嬢と会うことになって、緊張しているのだろうか? それにしたって、怯えすぎじゃないか? 取って食べたりしませんよ?
対するセバスチャンは笑顔だ。
「旦那様が、掃除をしてくださったお礼にと。好きなものを好きなだけ買うように仰っていました」
「そう……」
既製品とはいっても、どれも質の高いものばかりだった。
色とりどり。王宮の晩餐に参加できそうなものから、ティーパーティー向けのものまであらゆるドレスが並べられる。
「ありがとうございます。では、こちらを一枚……」
私が選んだのは、一番飾り付けが少なくて動きやすそうなワンピースだった。
「あの、セリーヌ様……すべてを買いとっても良いと旦那様は……」
「そう? では、洗い替えにもう一枚頂くわ」
感謝しながら、私は色違いをもう一枚買ってもらうことにした。さすがは公爵家、太っ腹だ。
まあ、記憶だけなら私も公爵令嬢なのだが、なんせ一般庶民の生活の方がしっくりくる。
紺色と黒のワンピースは白い襟がついていてシンプルながら、素材が良いのがわかる。ごてごてした飾りがついているものより私はこういうのが好きだ。
「できればエプロンも欲しいのだけど?」
「え? ……さすがにエプロンの取り扱いは」
「従業員のものを譲ってくれたらいいわ。お願い!」
そんな無理を言うと、商人はポカンと口を開けた。そして、緊張感をいくらか緩めたように見受けられた。
呆れられてしまっただろうか。でも、どうしても欲しい。
セバスチャンは私という人間を理解し始めたのか、苦笑しているだけだったけど。
今までのボロボロのドレスから、上質なワンピースと商人の店の従業員のエプロンに着替えた私。鏡の前でクルリと回ってみる。ついでに髪の毛を三つ編みにしてみた。
――――どこからどうみても、メイドね! 血が騒ぐわ!
私はご機嫌で、今日も掃除に精を出した。
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