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兄妹

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「あ、あの……お義兄様?」
「少しだけでいい、このまま」
「……」

 激しい心臓の鼓動はいったいどちらのものなのだろう。
 しばらくその音に耳を傾けていると徐々に気持ちが落ち着いてくる。

「……すまない、アイリスがあまりに綺麗で消えてしまいそうに思えた」

 腕の力が緩んだので、クルリと向きを変えて義兄と向き合う。
 義兄の金色の瞳は、暗闇に負けず月のように光り輝いている。

 義兄は一人取り残された幼子みたいな表情を浮かべていた。

「大丈夫です、私は消えたりしませんよ」
「記憶があるなら危険だとわかるだろうに、アイリスは、なぜあの場所に来たんだ」
「お義兄様こそどうしてお一人で……」

 お互いの質問にすぐに答えることができず、見つめ合う。

「アイリスには父上が必要だ」

 その言葉を聞いた瞬間、私の中でなにかが崩れた。

「私にとって、お義兄様だってお父様と同じくらい大切な人です!!」

 声が枯れそうなほど叫んだ。
 想定外の言葉を聞いたかのように義兄が目を丸くしているのが腹立たしい。

(違う、お父様のことは大切だけれど私は出会った瞬間から……)

 大粒の涙がこぼれ落ちてしまった。
 いくら暗がりだからって、もう誤魔化すことはできない。

「どうしてですか……確かに私が駆けつけたって足を引っ張るだけだったけれど……」

 確かに、私が行かなければ義兄は一人で解決したのかもしれない。

(でも、どうしてなの……生きることを諦めてしまったように思えたのは)

「私を家族だと思ってくれるのなら、ちゃんと相談して、ちゃんと帰ってきてほしいです」
「……」

 義兄は黙ったまま、スルスルと私の手袋を外した。そして、傷だらけになって爪まで剥がれてしまった私の指先を見つめた。

「……!?!?!?」

 壊れ物を扱うような仕草で私の手を持ち上げた義兄が、私の指先にそっと口づけした。

「もう二度と誰にも傷つけさせない。アイリスを傷つける全ては俺が」

 顔を上げた義兄が、暗がりの中で微笑んだ。一瞬だけ、肉食獣に狙いを定められた獲物のような気分になる。

「あの、良い兄になるのでは」
「そうだな……良い兄になって、この世界の全てから守るから」
「……この、世界の、全て?」
「そう、全てから君を守るよ」

 私の抱く兄と義兄が抱く兄の概念には、もしかして天と地ほどのズレがあるのでは。
 月下で金色の瞳を煌めかせながら妖艶な微笑みを見せた義兄を前にふと思う。

(そんなはず……ないよね)

「さて、父上に叱られに行くか」
「……言いつけを破ってしまいましたものね」
「それに、心配しているだろう」

 ふわりと足下が宙に浮く。

 子どもみたいに抱き上げられ、その不安定さに思わず義兄の肩にしがみついた。

「歩けます」
「足にも怪我をしていた」
「お義兄様こそ、大怪我でした」
「もう治った」
「わかりきった嘘をサラリと!?」

 離れようと身じろぎしたけれど下ろしてもらえそうもなかったため、私は諦めてもう一度義兄にしがみついたのだった。
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