23 / 37
淡い紫の薔薇の庭
しおりを挟む* * *
(そろそろ飽きてしまったわ……)
リリアンが甲斐甲斐しくお世話をしてくれる。
「いかがでしょうか、アイリス様」
「ありがとう、リリアン」
髪はゆるくまとめられ、白い部屋着は細いリボンとレースで清楚な印象だ。
頬に張られた絆創膏が少しだけやんちゃ盛りの少年にも見えるけれど、斜面に生えていた枝で擦ってしまっただけだから、私は元気いっぱいだ。
(頬の傷は浅いからすぐに治りそうだけれど、建国祭では手袋をつけなければいけないわね)
爪が剥がれてしまった指先。
痛みはずいぶん軽くなったけれど、完治にはほど遠い。
夕ご飯を終えて、部屋着に着替えた私はベランダへと降り立った。
完治するまで外に出ることは許さないと言われてから早三日。冗談かと思ったのに本当に一歩も外に出してもらえずにいる。
今頃、庭には、晩秋の薔薇が咲きはじめたことだろう。
今日も私の部屋の前には、淡い紫色の薔薇が飾られていた。
(今日は四本だった……本数が少ないなんて珍しい薔薇なのね、きっと)
もしかすると、薔薇を飾るように指示したのは義兄なのではないか。私はそんなことを考えるようになっていた。
「それにしても、まさかお義兄様には私が死んだときの記憶がないなんて」
でも、そんな記憶ないほうがいいに決まっている。思っていたよりもずっと家族思いだった義兄は、きっと自分の魔法で私が死んだなんて知ったら深く傷つくだろう。
「……私だって、家族が傷つく顔なんて見たくない」
ただ、義兄に初めて抱き締められた瞬間を私だけが覚えていることが少しだけ……。
(……あれ? 少しだけ、何だというの)
不思議に思いながら、ベッドに潜り込んだけれどまったく眠くならない。
(夜風に当たりたいけれど、外に出てはいけないと言われているし……)
私はガウンを羽織ると、屋敷内を少し歩くことにした。
二階にある私の部屋を出て、階段を登る。父の執務室は、私の部屋の真上にある。
扉の下の隙間からは、明かりが漏れている。父はきっとまだ仕事をしているに違いない。
(お父様が、今日も生きている……)
本来であれば、今頃この家は父の喪に服していたはずだ。かつての悲しみと今の喜びと、本当に生きているかの不安から無性に父の顔が見たくなって、片方の手でノブを掴む。
扉を叩こうとしたとき、部屋の中から義兄の声が聞こえてきた。
いけないとは思いながら、ついつい聞き耳を立ててしまう。
「婚約をする必要はありません。……アイリスが幸せになれるよう、今度こそ良い兄になろうと思います」
(婚約……。やり直す前、私たちはすでに婚約をしていた。でも、今はそんな話一言も出ていない。お義兄様が断っていたのね)
「そう……君がそう望むなら。けれど、君はその立ち位置に満足できるのかな」
「……」
「いつかアイリスがほかの誰かと婚約し、君以外の人の隣で笑っていたとしても」
「もちろん構いません。俺はアイリスの兄ですから。どうか婚約の話はなかったことにしてください」
去ろうとしたけれど、慌てすぎたのかノブを掴んでいた手に力が加わりギシリと音を立ててしまった。
慌てて手を離したけれど、物音に気がつかれてしまったのだろう。扉が勢いよく開いた。
(どうして私は泣いているんだろう)
無表情だった義兄の眉根がはっきりと寄せられた。
「アイリス……」
私の名を呼んだ義兄の声には、ありありと困惑が浮かんでいる。
私は何も言えずに義兄に背を向け、屋敷から飛び出したのだった。
* * *
薄暗い庭園には、今年も白い薔薇が月明かりに照らされて美しく咲き誇っていた。
薔薇の垣根の合間を縫うように走る。
広大な庭は、迷路のように入り組んでいて、いつしか私は初めて見る場所にいた。
そこには、私の部屋の前に飾られていた淡い紫色の薔薇が植えられていた。
一株だけ大きく育っているけれど、その他の株は小さい。きっと、植えられてそれほど経っていないのだろう。
(ここに……咲いていたのね)
甘くさわやかな香りと、闇の中にほのかに浮かび上がるような美しい色合い。
月明かりに照らされた庭は、幻想的であまりの美しさに少し恐ろしくなるほどだ。
「アイリス」
いつも私の心をすくい上げてくれたその薔薇がとても愛しく思えて、触れようと手を伸ばすと、後ろから声をかけられた。
涙はもう乾いている。
少し目が赤いかもしれないけれど、この暗闇の中ではそこまで見えないだろう。
そう思って、笑顔を浮かべて振り返る直前、義兄は私を背中側から強く抱き締めてきたのだった。
596
お気に入りに追加
1,346
あなたにおすすめの小説

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。

【完結】やり直しですか? 王子はいらないんで爆走します。忙しすぎて辛い(泣)
との
恋愛
目覚めたら7歳に戻ってる。
今度こそ幸せになるぞ! と、生活改善してて気付きました。
ヤバいです。肝心な事を忘れて、
「林檎一切れゲットー」
なんて喜んでたなんて。
本気で頑張ります。ぐっ、負けないもん
ぶっ飛んだ行動力で突っ走る主人公。
「わしはメイドじゃねえですが」
「そうね、メイドには見えないわね」
ふふっと笑ったロクサーナは上機嫌で、庭師の心配などどこ吹く風。
ーーーーーー
タイトル改変しました。
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。
木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。
時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。
「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」
「ほう?」
これは、ルリアと義理の家族の物語。
※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。
※同じ話を別視点でしている場合があります。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる