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閑話 父と義兄の会話 1
しおりを挟むフィルス・ヴェルディナードは、琥珀色の液体と大きく透明な氷が揺れるグラスを傾け、長いため息をついた。
目の前に座るのは、ヴェルディナード侯爵であるフィルスの義理の息子、シルヴィス・ヴェルディナードだ。
彼は夜の帳が下りたような色のカクテルを手に、金色の瞳を伏している。
「……詳しく話してくれるのかな?」
フィルスの言葉に、シルヴィスは眉間のしわを深くし、カクテルを一気にあおった。
「ええ、父上」
「ゆっくりでいいよ」
「少々長くなりますが」
「夜はまだまだこれからだ」
フィルスは笑顔を浮かべた。
しかし、彼がこんなふうに優しげな笑みを浮かべるのは家族の前だけであることをシルヴィスは知っている。
フィルス・ヴェルディナード侯爵は、国王の学生時代からの友人であり、この国の中枢を担う宰相でもある。そして、時に冷酷な判断を下すことで誰からも畏怖され、それと同時に尊敬もされている。
――しかし、夢の中でのフィルスは、外でも朗らかな笑みを見せ、お人好しで誰からも好かれる人だった。
シルヴィスは軽く息を吐きそんなことを思う。
「その前に一つだけ教えていただけますか? 俺が夢の中で見た父上は、良く言えばおおらかで博愛精神に満ちたお方でした」
「……うん。そして悪く言えば甘く、大切なものを何一つ守れない人間だった……かな?」
「父上……どんな心境の変化があったのですか?」
今度はフィルスが一気に酒を煽る番だった。
「君はある日を境に死を覚悟したような目をし始めるし、アイリスは死に怯えるような目をするようになった。……変わってしまった君たちを守れるのは僕しかいない。守るためには僕自身が変わらざるを得なかっただけの話さ」
「……俺たちのためだと」
「僕に残されているものは君たち以外なにもない」
フィルスは、庶民の女性と恋に落ちアイリスが生まれた。
アイリスの母が姿を隠したあと、貴族女性と結婚することを周囲に強く進められたが頑なに拒みシルヴィスを養子に迎えた。
「……初めのうち、アイリスが君に対してひどく怯えていたことに対して心当たりは?」
「……」
「……あー、君まさか、かつて実の親に言われたことを気にしてアイリスを遠ざけていた?」
「……それだけではありませんが」
「はあ、第三王子は君の持つ価値あるもの全てを欲しがるお方だ。守ろうとしたのもあるんだろうけど」
シルヴィスの両親は、ヴェルディナード侯爵家の親族ではあったが穏やかに暮らしていた。
しかし、強い氷魔法の力を持ったシルヴィスが生まれたときから、彼らの生活は代わってしまった。
王立学園に優秀すぎる成績で入学したシルヴィスは、第三王子サフィール殿下の学友になった。そして、年若いながら多くの研究に名を連ね富を築いた。
シルヴィスの両親は、富に目がくらみ、最後には手を出してはいけない領域に足を踏み入れてしまった。
『俺が両親の運命を歪めてしまったようなものです。俺はきっと大切な人を不幸にしてしまう』
出会った当初、そう言ったシルヴィス。
それは彼の両親が言った言葉なのだということを、フィルスはすでに情報として掴んでいた。
フィルスがシルヴィスを養子に迎えたのは、まだ幼さの残る彼が抱える悔恨を、自分のそれに重ねてしまったからなのかもしれない。
「さて、未来の夢の中で僕が死んだ後、君の人生はどこまで続いている」
今宵の話はここからが本題だ。
シルヴィスは、しばし沈黙したのち、重い口を開いた。
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