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義兄と第三王子
しおりを挟む義兄のリードは、背の低い私でも踊りやすい。私に合わせ大きく背を曲げているのに、ほんの少しも軸がぶれないなんて、いったいどんな訓練をすればできるようになるのだろう。
そんなことをのんきに考えながらも、ダンスが楽しくて夢中になっていた私は、会場中の視線を集めていることに気がつかなかった。
音楽が終わると、ファンファーレが鳴り響く。それを合図に、参加者たちは皆、深々と礼をした。
(王族のどなたかがいらしたのね……)
このあと、父と義兄は挨拶の列に並ぶだろう。
ヴェルディナード侯爵家は、貴族としての家格が高いため比較的すぐに挨拶の順番が回ってくるはずだ。
(それにしても、お声がかからないわね)
面を上げてよい、という王族の許しが聞こえない。
やり直し前の記憶があるから、美しく礼することはできても、鍛えていないので足がプルプルと震えてくる。
「面を上げよ」
その声は、奇妙なほど近くから聞こえてきた。
怪訝に思いながら顔を上げると、私の目の前には完璧に作り上げられた笑みを浮かべたお方がいた。
茶色の髪に青い瞳、王族の正装に身を包んだお方は、義兄と年の頃同じ十七、八だろう。
(第三王子……サフィール殿下!!)
私は慌てながら、改めて礼をする。
「シルヴィス、こちらが噂の妹君か」
「ええ……妹のアイリスでございます、殿下」
「そう。ああ、アイリス嬢、どうか楽にして」
その言葉を受けてそろそろと頭を上げる。
「私は、サフィール・ディストラだ。君の兄とは学友でね」
「ヴェルディナード侯爵家長女、アイリスと申します。殿下におかれましてはご機嫌麗しく……」
「ああ、よろしくね」
サフィール殿下と義兄は、王立学園で同学年であり、二人とも特別クラスに所属していた。
二人ともとても優秀で、卒業時の成績はサフィール殿下が首席、義兄が次席だったはずだ。
(けれど、まさか義兄の元に真っ先に来るなんて……)
そのとき、優しげに聞こえる対外的に作り上げられた義兄の声がした。
「殿下、ほかの貴族への挨拶はよろしいのですか?」
そのとき、再びファンファーレが鳴り響く。サフィール殿下以外、全員が再び礼をする。
「どうか面を上げ、建国祭を楽しんでくれ」
すぐに声がかけられ、貴族家の当主たちが家格ごとに声の主である国王陛下とその横に並ぶ王妃殿下、そして王太子殿下へ挨拶に向かう。
「……見ての通り、陛下や兄上と違い比較的自由な立場でね」
「……」
義兄は無言のまま、しかし美しく微笑んだ。それに合わせるようにサフィール殿下が微笑めば、あまりにも麗しい二人の姿に会場中の視線が再び集まる。
「お披露目式で君とアイリス嬢が素晴らしいダンスを披露したと噂に聞いて、間近で見たくなってね。陛下に頼んでアイリス嬢にも招待状を送らせてもらったんだ」
「……左様でございましたか」
義兄の声が妙に固い。
感情を隠すのが得意な義兄にしては珍しい。
「予想通り、面白いものを見させてもらえて嬉しいよ」
「……ご期待にそえたこと、まことに喜ばしく」
「はは、それじゃまた」
「ええ、お声をお掛けいただき光栄でした」
(まったく嬉しそうじゃないわね……)
何もかも完璧な義兄が、卒業の成績で勝てず次席に甘んじることになった相手だ。
思うところがあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は再びサフィール殿下の姿が遠くなるまで深く礼をするのだった。
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