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お城の舞踏会
しおりを挟むヴェルディナード侯爵家は、過去に正妃を輩出したこともある由緒正しい家柄だ。
父と義兄が現れると、一瞬会場は静まり返った。そして、押し寄せるように貴族たちが挨拶に訪れる。
義兄は、すでに父の仕事を補佐し始めているはずだ。この少し後には、未来の宰相と目されるようになるのだから……。
(社交の邪魔をしてはいけないわ。子どもの私は目立たないところで……)
チラリと会場の端に目を向ければ、私と同世代か少し年上の貴族の子どもたちが集まっている。
本来であれば、あの輪の中に入って将来に向けて同世代の貴族たちと交流を深めるべきなのだろう。
(でも、庶子が混ざったところで邪険にされるのが目に見えているわ)
やり直し前、この一年後に開かれた舞踏会では失敗続きだった。
あのとき、父と義兄は執務のため王都に残り私だけが領地に帰った。
伯母にヴェルディナード侯爵家の家名に泥を塗ったとひどく叱責されしばらく食事ももらえなかった記憶がある。
(となると、正解は壁の花ね)
ドレスは豪華だけれど、すでに私の情報を仕入れているような一部の貴族は会場の中心にいるだろう。
(地味な私に声をかける人はいないはず)
伸びきっていない髪はまだ肩の辺りで切りそろえられ、やせた体は私を十二歳という年齢よりも幼く見せている。
「……どこに行くつもりだ」
二人に声をかけてこの場を離れようと思ったそのとき、義兄にしっかりと手を掴まれてしまった。
「えっと、私は会場の端に……」
「父上か俺のそばを離れるな、と言ったはずだ」
私を見下ろしてきた義兄は、完璧すぎる笑顔を浮かべた。しかし、金色の目はまるで獲物を見定めた猛禽類のように少しも笑っていない。
(なぜ、こんなに怒ってるの!?)
今までなら、私が目立たないように過ごすことに対して義兄がなにか言ってくることはなかった。
(ううん、そろそろ私も学ばなければいけないのかも。お義兄様は、やり直す前とは違うのだということを……)
「おや、そちらのお嬢様は噂の?」
そうこうしているうちに、一人の貴族か私に声をかけてきた。
チラリと横目に見ると、胸元に月桂樹と百合があしらわれたブローチをつけている。
(お会いしたことはないけれど、この年齢にあの紋章、そして淡いグレーの瞳の色が該当する貴族は一人しかいない)
私はドレスを軽く摘まんで、子どもらしく見えるように細心の注意を払いつつ礼をした。
「シールダー辺境伯ですね。お会いできて光栄です。ヴェルディナード侯爵の長女、アイリスと申します」
「おや……。名を呼んでもらえるとはこちらこそ光栄です。アイリス嬢はずいぶん利発なのですね」
「ええ、自慢の娘です」
父がよそ行きの笑顔を浮かべた。
こんな場面での父の笑みは、まるで天使みたいに見えるけれど、一方でまったく隙が感じられない。
次々と挨拶に訪れる貴族たち。
正確にその名を呼びながら、相手に違和感を与えないように細心の注意を払って挨拶するのは骨が折れた。
(しかも、お義兄様が、今日も片時も手を離してくれない)
仲睦まじい兄妹に見えるだろうか……。
いや、貴族子女の十二歳といえばもう婚約者がいてもおかしくない年頃だ。
(このままでは、あらぬ噂が立ってしまうのでは!?)
この二年後、義兄と私は婚約する。あのとき社交界は騒然となった。
そんな心配をしていると、義兄が口を開いた。
「踊るか……」
父は貴族たちに囲まれてしまった。
チラチラとこちらに心配げな視線を向けている。
「お義兄様は、ほかの誰かと踊らないのですか」
義兄はもう十八歳だ。
恋人の一人や二人いてもおかしくない。
「……俺が踊る相手はアイリス以外いない」
「……え?」
一瞬だけ、義兄が泣き出しそうに見えた。けれど、それはこの場所の煌めきが見せた幻だったのかもしれない。
瞬きした直後には、義兄は冷たさすら感じる完璧な微笑をたたえていた。
――音楽が奏でられる。
義兄に手を引かれる。
私たちは輪の中で踊り始めるのだった。
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