上 下
10 / 37

お城の舞踏会

しおりを挟む

 ヴェルディナード侯爵家は、過去に正妃を輩出したこともある由緒正しい家柄だ。

 父と義兄が現れると、一瞬会場は静まり返った。そして、押し寄せるように貴族たちが挨拶に訪れる。

 義兄は、すでに父の仕事を補佐し始めているはずだ。この少し後には、未来の宰相と目されるようになるのだから……。

(社交の邪魔をしてはいけないわ。子どもの私は目立たないところで……)

 チラリと会場の端に目を向ければ、私と同世代か少し年上の貴族の子どもたちが集まっている。

 本来であれば、あの輪の中に入って将来に向けて同世代の貴族たちと交流を深めるべきなのだろう。

(でも、庶子が混ざったところで邪険にされるのが目に見えているわ)

 やり直し前、この一年後に開かれた舞踏会では失敗続きだった。
 あのとき、父と義兄は執務のため王都に残り私だけが領地に帰った。
 伯母にヴェルディナード侯爵家の家名に泥を塗ったとひどく叱責されしばらく食事ももらえなかった記憶がある。

(となると、正解は壁の花ね)

 ドレスは豪華だけれど、すでに私の情報を仕入れているような一部の貴族は会場の中心にいるだろう。

(地味な私に声をかける人はいないはず)

 伸びきっていない髪はまだ肩の辺りで切りそろえられ、やせた体は私を十二歳という年齢よりも幼く見せている。

「……どこに行くつもりだ」

 二人に声をかけてこの場を離れようと思ったそのとき、義兄にしっかりと手を掴まれてしまった。

「えっと、私は会場の端に……」
「父上か俺のそばを離れるな、と言ったはずだ」

 私を見下ろしてきた義兄は、完璧すぎる笑顔を浮かべた。しかし、金色の目はまるで獲物を見定めた猛禽類のように少しも笑っていない。

(なぜ、こんなに怒ってるの!?)

 今までなら、私が目立たないように過ごすことに対して義兄がなにか言ってくることはなかった。

(ううん、そろそろ私も学ばなければいけないのかも。お義兄様は、やり直す前とは違うのだということを……)

「おや、そちらのお嬢様は噂の?」

 そうこうしているうちに、一人の貴族か私に声をかけてきた。
 チラリと横目に見ると、胸元に月桂樹と百合があしらわれたブローチをつけている。

(お会いしたことはないけれど、この年齢にあの紋章、そして淡いグレーの瞳の色が該当する貴族は一人しかいない)

 私はドレスを軽く摘まんで、子どもらしく見えるように細心の注意を払いつつ礼をした。

「シールダー辺境伯ですね。お会いできて光栄です。ヴェルディナード侯爵の長女、アイリスと申します」
「おや……。名を呼んでもらえるとはこちらこそ光栄です。アイリス嬢はずいぶん利発なのですね」
「ええ、自慢の娘です」

 父がよそ行きの笑顔を浮かべた。
 こんな場面での父の笑みは、まるで天使みたいに見えるけれど、一方でまったく隙が感じられない。

 次々と挨拶に訪れる貴族たち。
 正確にその名を呼びながら、相手に違和感を与えないように細心の注意を払って挨拶するのは骨が折れた。

(しかも、お義兄様が、今日も片時も手を離してくれない)

 仲睦まじい兄妹に見えるだろうか……。
 いや、貴族子女の十二歳といえばもう婚約者がいてもおかしくない年頃だ。

(このままでは、あらぬ噂が立ってしまうのでは!?)

 この二年後、義兄と私は婚約する。あのとき社交界は騒然となった。
 そんな心配をしていると、義兄が口を開いた。

「踊るか……」

 父は貴族たちに囲まれてしまった。
 チラチラとこちらに心配げな視線を向けている。

「お義兄様は、ほかの誰かと踊らないのですか」

 義兄はもう十八歳だ。
 恋人の一人や二人いてもおかしくない。

「……俺が踊る相手はアイリス以外いない」
「……え?」

 一瞬だけ、義兄が泣き出しそうに見えた。けれど、それはこの場所の煌めきが見せた幻だったのかもしれない。

 瞬きした直後には、義兄は冷たさすら感じる完璧な微笑をたたえていた。

 ――音楽が奏でられる。

 義兄に手を引かれる。
 私たちは輪の中で踊り始めるのだった。
 
 

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

死に戻ったわたくしは、あのひとからお義兄様を奪ってみせます!

秋月真鳥
恋愛
 アデライドはバルテルミー公爵家の養子で、十三歳。  大好きな義兄のマクシミリアンが学園の卒業式のパーティーで婚約者に、婚約破棄を申し入れられてしまう。  公爵家の後継者としての威厳を保つために、婚約者を社交界に出られなくしてしまったマクシミリアンは、そのことで恨まれて暗殺されてしまう。  義兄の死に悲しみ、憤ったアデライドは、復讐を誓うが、その拍子に階段から落ちてしまう。  目覚めたアデライドは五歳に戻っていた。  義兄を死なせないためにも、婚約を白紙にするしかない。  わたくしがお義兄様を幸せにする!  そう誓ったアデライドは十三歳の知識と記憶で婚約者の貴族としてのマナーのなってなさを暴き、平民の特待生に懸想する証拠を手に入れて、婚約を白紙に戻し、自分とマクシミリアンの婚約を結ばせるのだった。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。 そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。 それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。 必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが… 正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...