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私を殺したお義兄様

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(勝手に上がる心拍数を落ち着かせるすべを誰か教えてほしい)

 鏡に映っているのは肩で切りそろえられた金の髪に淡い紫の瞳を持つ少女……幼い頃の私だ。
 その事実に、心臓がどんどん拍動を早めていく。

(人生をやり直している……?)

 混乱して叫び出したいのをこらえ、今がいつなのかと考えていると、淡いピンクのドレスに気がつく。
 
(淡いピンク色の薄い生地を幾重にも重ねた可憐な花のようなデザイン! これは……私のお披露目式のときに着たドレスだわ)

 親族一同にこ私を紹介するためのお披露目式は、十二歳の誕生日に執り行われた。
 私がこの家に来てから三ヶ月後のことだった。
 私が死んだのは十八歳の誕生日だったから、ちょうど六年時を遡ったことになる。

 目の前で微笑んでいる父は六年後にはすでに亡くなっていて、家督は義兄が継いでいた。
 懐かしさに涙腺が緩みそうになる。そう……父は、私にとても優しかった。けれど、馬車の事故で三年後に命を落としてしまうのだ。

 庶民の母から生まれた私には、父がいなかった。
 けれど、母が儚くなったときに豪華な馬車が私のことを迎えに来た。
 引き取られたのは、この領地を治めるヴェルディナード侯爵家だった。

「用意はできたかい?」
「は……はい」

 私の準備が整ったのを見計らって現れた父は、金色の髪に淡い紫の瞳をしている。
 父と私は本当によく似ている。色合いも顔立ちも、私たちが親子であることを証明するかのように。

「では、どうぞ手を」

 父が微笑めば、まるで朝露に太陽が降り注いだかのように麗しい。
 誰もが認める美貌を持つ父は、学生時代に庶民の女性と恋に落ちたのだという。
 駆け落ちの約束までしたというのに姿を消した恋人。父は必死になって恋人をを探したが見つけることはできなかった。
 周囲は結婚するように勧めたがどうしても恋人を忘れることができず、十年後、義兄を養子として迎えたのだという。

 その恋人というのが、先日儚くなった母だったらしい。
 母は私を身ごもったとき、一人で育てると決めて父の前から姿を消した。
 けれど病魔に冒されて自分が余命幾ばくもないことを知ったとき、父に私の存在を知らせたのだ。

(ここまでが、私がここに来た理由。まだ、今の私が知るはずもない過去の出来事……)

 意を決して父の手に手を重ねる。
 まだ、私の手はとても小さい。私の記憶より父の手は大きい。

「おや、素晴らしい立ち居振る舞いじゃないか」

 父が驚いたような声を出す。
 それはそうだろう。私には十八歳まで生きた記憶があるのだ。
 最初はうまくできなかったテーブルマナーも、夜会での作法も、高位貴族としての立ち居振る舞いも完璧であろうと努力した、むしろそれ以前にどう振る舞っていたか思い出すほうが難しい。

(あいかわらず……素晴らしいエスコートね)

 父の滑らかで洗練されたエスコートを受けて広間へと向かう。
 時が戻ったことは信じられないし、自分にそんなことが起こるなんて想像もしていなかった。
 けれど、今の私はやり直していること以上に困惑していることがあった。

(だって、広間には……広間には……)

 父の手を振り払ってしまえればどんなに良いだろう。
 けれど、私のことを親戚たちに認めさせるために、父が学友である国王陛下の力まで借りたことを今の私はすでに知っている。

(……広間には!!)

 そう、広間には義兄がいるのだ。

(やり直している原因……つまり、私を殺したお義兄様が……!)

 この三ヶ月、義兄は王都に出掛けていたため私たちは完全に初対面だ。
 震えを隠せない私を見て、お披露目式に緊張していると思ったのだろう、父が優しく声を掛けてくる。

「緊張しているのか? そんなに心配しなくても、アイリスの可愛らしさにみんな心を奪われるに決まっている」
「――そんなはずないです」
「そうかい? でも安心して、僕の可愛い娘はきっと誰からも愛される」

 確かに父は私を愛してくれた、それは理解している。
 けれど私は、誰からも愛されるどころか表向きは受け入れられたけれど、死を迎えるその日まで庶子だと恥さらしだと蔑まれてきた。

(そして誰よりも私のことを受け入れなかったのが……)

 お披露目式の会場である広間に入ると、私のことを一番に出迎えたのは黒い盛装に身を包んだ義兄だった。
 義兄はまるで月のような金色の目を見開いて、しばらくの間私のことを見つめた。

(記憶にあるとおりだわ……)

 このあとの展開を私は知っている。しばらくすると義兄は眉間に深いしわを寄せて踵を返して去って行ってしまう。そして義兄はこれ以降、私のことをいない者のように扱うのだ。

(でも、だからって殺されるほど憎まれていたなんて……)

 父が親戚から養子に迎えた義兄は、私とほとんど血が繋がっていない。
 だから、急に妹だという人間が現れて戸惑ったに違いない。

(でも……こんなに長い間、見つめられたかしら?)

 今の義兄は、あのときの私と同じ十八歳。大人になった姿を見慣れていたから、幼く感じる。
 艶やかな黒髪……長い前髪から覗く金色の瞳は、いつもすぐに逸らされてしまった。
 けれど今は、私を真っ直ぐに見つめている。

「え……?」

 予想外に義兄は私から目を逸らすことがなかった。それどころか、流れるような仕草で手を差し出してきた。

「おや、エスコート役交代か」

 残念そうな……けれど、どこか嬉しそうな父の声。
 そう、父はいつだって私と義兄を分け隔てなく大切に扱い、私たちが仲良く過ごせるように願っていた。
 私と義兄を婚約者にし、二人がこの家に残れるようにしたのも二人の幸せを願ってのことだろう。

(まさかこの六年後に、娘が義理の息子に婚約破棄された上に殺されるとも知らず……)

「君の兄になるシルヴィス・ヴェルディナードだ。どうぞ、お手を……小さなレディ」
「!?!?!?」

 令嬢としての厳しい訓練のたまものか、私の笑顔が崩れることはない。
 けれど、早鐘を打ち続ける心臓は今にも口から飛び出てしまいそうだ。

 そっと手を重ねれば、思いのほか強く引き寄せられた。
 気がつけば音楽が奏でられ、会場の中心で私たちは踊り出していた。

(こんなにお義兄様のそばにいるのは初めてかもしれない……)

 混乱する私をよそに、音楽は流れ続け、義兄の完璧なリードで踊り続ける。

 今現在、十二歳の私と義兄の身長差はかなりあるのに、リードが巧みすぎて踊りにくさを少しも感じない。

 音楽が止んだとき、会場からは割れんばかりの拍手が起こった。
 けれど笑顔を顔に貼り付けたままの私は、混乱のあまりそれどころではなかった。

(なぜか、私を殺したお義兄様が、手を離してくれません!?)

 顔を上げたときに微笑んできた義兄は、まるで神話に語られる月からの使者のように麗しかった。
 美しすぎてまるで、人ならざる存在にすら見えるその笑顔に会場中の参加者が見惚れたけれど……叫び出さなかった私を誰か褒めてほしい。
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