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セカンドレグ
第68話
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第68話
今年の梅雨は全国的に降雨量が少なく、夏に向けて水不足が懸念されています。
そんなニュースが、朝食中だった僕の耳にふと飛び込んできた。実際、その日の放課後も晴れ間がのぞき、まばゆい日差しのもとで栄成サッカー部はトレーニングを行った。
全メニューが終了したのは、ナイター照明が灯ってから1時間ほど経ったころ。
精神的にくたくたの僕はさっさとジャージに着替え、玲音や大桑くんたち(たまたまタイミングが重なった)と一緒に部室を後にした――ここまではいつもと変わらぬ流れだった。
「兎和、ちょっと話がある。悪いけど、ついて来てくれ」
階段を降りきったところで、永瀬コーチが待ち構えていた。
いったい何の用だろう……Cチームに昇格して以降、ストレス過多な日々が続いている。余計なトラブルはゴメンだぞ、と僕はつい眉をしかめた。
とりあえず玲音たちと別れて素直に後を追う。すると教員棟の応接室に案内され、ソファセットの片側に座るよう指示を受ける。
やや遅れて対面に腰をおろした永瀬コーチは、ウォーターサーバーから冷水を汲んだ紙コップを差し出しつつ「ここだけの秘密だが」と会話の口火を切った。
「実は近い将来、豊原監督が退任することになりそうなんだ」
「ぶほっ!?」
紙コップに口をつけていた僕は、思わず水を吹き出した。
あっさりした口調に反してワードが衝撃的すぎる……もっと長々とした前フリが必要な話題だろ、これ。
続いて、大慌てで周囲を見渡す。幸い室内にいるのは僕たちだけだった。ここだけの秘密というだけあり、きちんと人払いされているようでほっと一安心。
「……永瀬コーチ、いきなりブッコミすぎですよ」
僕の口元を拭いながらのツッコミに対し、永瀬コーチは「わはは、驚いたか」とニンマリご満悦な様子。しかしすぐに真面目な表情を取り戻し、改めて事情を説明してくれた。
「恐らく、来年度いっぱいで豊原監督は退任する。古巣からオファーが届いたそうだ」
若き頃の豊原監督は、JFL(日本サッカー界アマチュアトップリーグ)でプレーするサッカー選手だった。そして現在、当時の所属チームからコーチとしてオファーが届いているらしい。
条件などは明かされていないものの、飛躍的なステップアップであることは間違いない。よほどの事情でもない限り、『断る』なんて選択はしないだろう。
「それで、次の監督として俺が指名されたってわけ」
「ぶはっ!?」
僕はまたしても水を吹き出した。
栄成サッカー部には8人以上のコーチが在籍している。その中で永瀬コーチは、『指導力があり、最も若い常勤の指導者である』と将来性を加味して後継に指名されたそうだ。
というか、指導陣のみが共有すべき情報をどうして僕なんかに伝えたのか……という当然の疑問については、続けて説明があった。
「俺が監督として初めて指揮するチームの最上級生が、多分お前たちの代になる。その際、兎和には絶対的エースとして活躍してもらうぞ――そして破壊的な左サイドを武器に、栄成サッカー部は『全国制覇』を狙う」
話を聞いた瞬間、ゾクゾクする感覚が背筋を駆け抜け、ぞわりと肌が粟立つ。
僕は美月を信じて、Jリーガーを目指すと決めた。けれどそのプロセスに関しては、漠然と『指示に従っていれば問題ない』くらいに考えていた。
ところがたった今、全国制覇という具体的な指針が示された。
プロスカウトの視線が集中する大舞台で結果を出せば、必ずやJリーガーへの道が開ける――僕がまず目指すべきは、高校サッカー界の頂点だ。
「もちろん『個の力』だけで勝てるほど高校サッカーは甘くない。これから全国を戦い抜けるチームを作っていく。とはいえ、構想の中心を担うのは兎和だ。だからこそ、今後はより自覚を持ってトレーニングに取り組んで欲しい。さらなる成長に期待しているぞ」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる永瀬コーチ。
僕がチームの中心……トラウマはいまだ払拭されていない。おまけにCチームの環境に萎縮して絶不調。にもかかわらず、特大の期待に応えることができるのだろうか?
どう考えても無理だ、と以前の自分なら間違いなく首を横に振っていた。
しかし美月を信じる白石兎和は、ちょっと違うのだ。
「美月が言うんです。僕ならJリーガーになれるって――なら、全国制覇なんて通過点ですよね」
「ほほう、大きくでたな! だが、いい心意気だ!」
「あ、でもダメだったらごめんなさい……つい調子にのりました」
ガラにもなく大口を叩いてしまった。けれど、遥か先で霞んでいた目的地の景色が、にわかに鮮明な輪郭を帯びたように感じられた。
自分にできる限界までトライしてみよう、と僕はぐっと両拳を握り込んだ。すると不思議なことに、無性に美月の顔が見たくなった。直接、今の気持ちを伝えたくなった。
「じゃあ僕はそろそろ……」
「ああ、待ってくれ。あと一つ話がある」
僕はいったん中腰になったものの、引き止められて座り直す。同時に、身構えた。どんな話題が飛び出てくるかまったく見当がつかなかったから。
しかも、心の準備はムダにならない。なんと次の瞬間、永瀬コーチが頭を下げたのだ。
「兎和、悪かった。俺はDチームのメンバーを甘やかし、適切にコントロールできなかった」
「ふぁっ!? あの、僕なんかに頭をさげないでください……!」
慌ててフォローを入れてから永瀬コーチに事情を聞くと、入れ替え戦などの騒動を招いてしまった責任を感じているようだった。
「言い訳だが……指導陣は、どうしても1年生を甘やかしがちになる」
「甘やかす、ですか?」
「ああ。進級する頃になると、みんな嫌でも理解するんだよ――才能の差を。そうなれば部内での序列を意識し、無邪気に戯れることすらためらうようになる」
新入生は毎年、大なり小なり騒ぎを起こすそうだ。けれど時間が経つにつれて、メンバーの大半が才能の不平等さや理想とのギャップに苦悩し、打ちのめされていく。
多感な高校年代での挫折は特に強烈だ。嫉妬や劣等感を大いに刺激し、人間関係にまでネガティブな影響を及ぼす。
「だから、せめて同じステージにいる最初だけは楽しく過ごして欲しい……そんな親心が顔をだして、つい甘い対応をとってしまった。その結果、兎和には迷惑をかけた」
栄成サッカー部は大所帯だが、トップチームのスタメンに選ばれるのはたった11人だけ。そして永瀬コーチの構想では、僕はその中に含まれている。だから同情を誘われ、挫折する恐れの高い方を優遇してしまったらしい。
それに加えて、入れ替え戦で僕が負けることなど想定していなかったという。
「なるほど……わかりました。僕は大丈夫なので、もう気にしないでください」
「ありがとう。今後は気を引き締めて対応する」
永瀬コーチも、僕のポテンシャルとやらをかなり高く評価してくれているよな。ベクトルはやや異なるけれど、美月から寄せられる信頼に近いものを感じる。なので、事情を聞いてあっさり許すことができた。
それに今のところ順調といえば順調なので、結果オーライである。
永瀬コーチはその後、どこかホッとした表情で将来のチーム構想を語ってくれた。
しばらくしてスマホが振動する。そこで僕は美月と合流する約束をしていたことを思い出し、慌てて応接室を飛び出すのだった。
***
永瀬コーチと話をした数日後。
僕たち栄成サッカー部のメンバーは、東京都調布市に所在する『AGフィールド』へ訪れていた。
同所は、天然芝のサッカーグラウンドを擁する多目的スタジアムだ。J1リーグに参戦する『東京FC』などが本拠地とするスタジアムの西側に付随する施設でもある――そして本日の10時より、『全国高校総体サッカー(インターハイ)東京予選・準決勝』が開催される。
東京エリアは参加校数が多いため、決勝へ進んだ2チームが本戦へ出場できる。つまり、この試合に勝った時点で全国大会への出場が確定するのだ。
当然、Aチームは燃えるような闘志をみなぎらせていた。もちろん試合に出ない僕たちも、かなりの熱量を持って応援に駆けつけている。
スタジアムに到着後は、曇り空の下で横断幕の設置作業を手分けして進めた。ピッチでは選手たちがアップを行っており、上級生たちはすでにチャントを歌い始めている。
試合の開始時刻が近づくにつれ、観戦エリアには続々と人が集まってくる。部員の家族や友人などが詰めかけ、キックオフ間近になると関東大会のときを上回る規模の大応援団が編成された。
準決勝の相手は、東帝高校。夏のインターハイ、冬の高校サッカー、両大会ともに優勝経験を持つ超名門だ。スタンドの逆サイドでは、東帝の応援団が負けじとチャントを歌っている。
恐らく、チームの総合力は相手の方が上。しかし関東大会予選では対戦のなかった組み合わせゆえ、まったく勝敗の予想がつかない。
僕は応援団の最後方で、試合の行く末を案じていた。するとアナウンスが流れ、いったん引っ込んでいた両チームのイレブンが改めてピッチに入場してくる。
その際、僕の目は自然とベンチへ向かう豊原監督に引き付けられた。
こうしてチームを指揮する機会は、あと何回くらいあるのだろう……勇退の話を聞いたばかりだから、妙にしんみりしてしまう。
あまり関わりがなかったクセに、思わず『豊原監督を全国へ連れて行ってあげたい』などと強く願っていた。
それから程なくして、写真撮影や整列などを終えた両チームが円陣を組む。続いて双方のチャントが響く中、選手たちはスタートポジションへ散っていく。
間もなく、全国への切符を賭けた熱い試合が始まる。
主審がホイッスルを咥えると、尾を引く甲高い音色が会場に響き渡った。
全国高校総体サッカー東京予選・準決勝。
栄成高校(青)VS東帝高校(黄)の一戦がキックオフ――この日、僕たちは劇的な幕切れを目撃することになる。
今年の梅雨は全国的に降雨量が少なく、夏に向けて水不足が懸念されています。
そんなニュースが、朝食中だった僕の耳にふと飛び込んできた。実際、その日の放課後も晴れ間がのぞき、まばゆい日差しのもとで栄成サッカー部はトレーニングを行った。
全メニューが終了したのは、ナイター照明が灯ってから1時間ほど経ったころ。
精神的にくたくたの僕はさっさとジャージに着替え、玲音や大桑くんたち(たまたまタイミングが重なった)と一緒に部室を後にした――ここまではいつもと変わらぬ流れだった。
「兎和、ちょっと話がある。悪いけど、ついて来てくれ」
階段を降りきったところで、永瀬コーチが待ち構えていた。
いったい何の用だろう……Cチームに昇格して以降、ストレス過多な日々が続いている。余計なトラブルはゴメンだぞ、と僕はつい眉をしかめた。
とりあえず玲音たちと別れて素直に後を追う。すると教員棟の応接室に案内され、ソファセットの片側に座るよう指示を受ける。
やや遅れて対面に腰をおろした永瀬コーチは、ウォーターサーバーから冷水を汲んだ紙コップを差し出しつつ「ここだけの秘密だが」と会話の口火を切った。
「実は近い将来、豊原監督が退任することになりそうなんだ」
「ぶほっ!?」
紙コップに口をつけていた僕は、思わず水を吹き出した。
あっさりした口調に反してワードが衝撃的すぎる……もっと長々とした前フリが必要な話題だろ、これ。
続いて、大慌てで周囲を見渡す。幸い室内にいるのは僕たちだけだった。ここだけの秘密というだけあり、きちんと人払いされているようでほっと一安心。
「……永瀬コーチ、いきなりブッコミすぎですよ」
僕の口元を拭いながらのツッコミに対し、永瀬コーチは「わはは、驚いたか」とニンマリご満悦な様子。しかしすぐに真面目な表情を取り戻し、改めて事情を説明してくれた。
「恐らく、来年度いっぱいで豊原監督は退任する。古巣からオファーが届いたそうだ」
若き頃の豊原監督は、JFL(日本サッカー界アマチュアトップリーグ)でプレーするサッカー選手だった。そして現在、当時の所属チームからコーチとしてオファーが届いているらしい。
条件などは明かされていないものの、飛躍的なステップアップであることは間違いない。よほどの事情でもない限り、『断る』なんて選択はしないだろう。
「それで、次の監督として俺が指名されたってわけ」
「ぶはっ!?」
僕はまたしても水を吹き出した。
栄成サッカー部には8人以上のコーチが在籍している。その中で永瀬コーチは、『指導力があり、最も若い常勤の指導者である』と将来性を加味して後継に指名されたそうだ。
というか、指導陣のみが共有すべき情報をどうして僕なんかに伝えたのか……という当然の疑問については、続けて説明があった。
「俺が監督として初めて指揮するチームの最上級生が、多分お前たちの代になる。その際、兎和には絶対的エースとして活躍してもらうぞ――そして破壊的な左サイドを武器に、栄成サッカー部は『全国制覇』を狙う」
話を聞いた瞬間、ゾクゾクする感覚が背筋を駆け抜け、ぞわりと肌が粟立つ。
僕は美月を信じて、Jリーガーを目指すと決めた。けれどそのプロセスに関しては、漠然と『指示に従っていれば問題ない』くらいに考えていた。
ところがたった今、全国制覇という具体的な指針が示された。
プロスカウトの視線が集中する大舞台で結果を出せば、必ずやJリーガーへの道が開ける――僕がまず目指すべきは、高校サッカー界の頂点だ。
「もちろん『個の力』だけで勝てるほど高校サッカーは甘くない。これから全国を戦い抜けるチームを作っていく。とはいえ、構想の中心を担うのは兎和だ。だからこそ、今後はより自覚を持ってトレーニングに取り組んで欲しい。さらなる成長に期待しているぞ」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる永瀬コーチ。
僕がチームの中心……トラウマはいまだ払拭されていない。おまけにCチームの環境に萎縮して絶不調。にもかかわらず、特大の期待に応えることができるのだろうか?
どう考えても無理だ、と以前の自分なら間違いなく首を横に振っていた。
しかし美月を信じる白石兎和は、ちょっと違うのだ。
「美月が言うんです。僕ならJリーガーになれるって――なら、全国制覇なんて通過点ですよね」
「ほほう、大きくでたな! だが、いい心意気だ!」
「あ、でもダメだったらごめんなさい……つい調子にのりました」
ガラにもなく大口を叩いてしまった。けれど、遥か先で霞んでいた目的地の景色が、にわかに鮮明な輪郭を帯びたように感じられた。
自分にできる限界までトライしてみよう、と僕はぐっと両拳を握り込んだ。すると不思議なことに、無性に美月の顔が見たくなった。直接、今の気持ちを伝えたくなった。
「じゃあ僕はそろそろ……」
「ああ、待ってくれ。あと一つ話がある」
僕はいったん中腰になったものの、引き止められて座り直す。同時に、身構えた。どんな話題が飛び出てくるかまったく見当がつかなかったから。
しかも、心の準備はムダにならない。なんと次の瞬間、永瀬コーチが頭を下げたのだ。
「兎和、悪かった。俺はDチームのメンバーを甘やかし、適切にコントロールできなかった」
「ふぁっ!? あの、僕なんかに頭をさげないでください……!」
慌ててフォローを入れてから永瀬コーチに事情を聞くと、入れ替え戦などの騒動を招いてしまった責任を感じているようだった。
「言い訳だが……指導陣は、どうしても1年生を甘やかしがちになる」
「甘やかす、ですか?」
「ああ。進級する頃になると、みんな嫌でも理解するんだよ――才能の差を。そうなれば部内での序列を意識し、無邪気に戯れることすらためらうようになる」
新入生は毎年、大なり小なり騒ぎを起こすそうだ。けれど時間が経つにつれて、メンバーの大半が才能の不平等さや理想とのギャップに苦悩し、打ちのめされていく。
多感な高校年代での挫折は特に強烈だ。嫉妬や劣等感を大いに刺激し、人間関係にまでネガティブな影響を及ぼす。
「だから、せめて同じステージにいる最初だけは楽しく過ごして欲しい……そんな親心が顔をだして、つい甘い対応をとってしまった。その結果、兎和には迷惑をかけた」
栄成サッカー部は大所帯だが、トップチームのスタメンに選ばれるのはたった11人だけ。そして永瀬コーチの構想では、僕はその中に含まれている。だから同情を誘われ、挫折する恐れの高い方を優遇してしまったらしい。
それに加えて、入れ替え戦で僕が負けることなど想定していなかったという。
「なるほど……わかりました。僕は大丈夫なので、もう気にしないでください」
「ありがとう。今後は気を引き締めて対応する」
永瀬コーチも、僕のポテンシャルとやらをかなり高く評価してくれているよな。ベクトルはやや異なるけれど、美月から寄せられる信頼に近いものを感じる。なので、事情を聞いてあっさり許すことができた。
それに今のところ順調といえば順調なので、結果オーライである。
永瀬コーチはその後、どこかホッとした表情で将来のチーム構想を語ってくれた。
しばらくしてスマホが振動する。そこで僕は美月と合流する約束をしていたことを思い出し、慌てて応接室を飛び出すのだった。
***
永瀬コーチと話をした数日後。
僕たち栄成サッカー部のメンバーは、東京都調布市に所在する『AGフィールド』へ訪れていた。
同所は、天然芝のサッカーグラウンドを擁する多目的スタジアムだ。J1リーグに参戦する『東京FC』などが本拠地とするスタジアムの西側に付随する施設でもある――そして本日の10時より、『全国高校総体サッカー(インターハイ)東京予選・準決勝』が開催される。
東京エリアは参加校数が多いため、決勝へ進んだ2チームが本戦へ出場できる。つまり、この試合に勝った時点で全国大会への出場が確定するのだ。
当然、Aチームは燃えるような闘志をみなぎらせていた。もちろん試合に出ない僕たちも、かなりの熱量を持って応援に駆けつけている。
スタジアムに到着後は、曇り空の下で横断幕の設置作業を手分けして進めた。ピッチでは選手たちがアップを行っており、上級生たちはすでにチャントを歌い始めている。
試合の開始時刻が近づくにつれ、観戦エリアには続々と人が集まってくる。部員の家族や友人などが詰めかけ、キックオフ間近になると関東大会のときを上回る規模の大応援団が編成された。
準決勝の相手は、東帝高校。夏のインターハイ、冬の高校サッカー、両大会ともに優勝経験を持つ超名門だ。スタンドの逆サイドでは、東帝の応援団が負けじとチャントを歌っている。
恐らく、チームの総合力は相手の方が上。しかし関東大会予選では対戦のなかった組み合わせゆえ、まったく勝敗の予想がつかない。
僕は応援団の最後方で、試合の行く末を案じていた。するとアナウンスが流れ、いったん引っ込んでいた両チームのイレブンが改めてピッチに入場してくる。
その際、僕の目は自然とベンチへ向かう豊原監督に引き付けられた。
こうしてチームを指揮する機会は、あと何回くらいあるのだろう……勇退の話を聞いたばかりだから、妙にしんみりしてしまう。
あまり関わりがなかったクセに、思わず『豊原監督を全国へ連れて行ってあげたい』などと強く願っていた。
それから程なくして、写真撮影や整列などを終えた両チームが円陣を組む。続いて双方のチャントが響く中、選手たちはスタートポジションへ散っていく。
間もなく、全国への切符を賭けた熱い試合が始まる。
主審がホイッスルを咥えると、尾を引く甲高い音色が会場に響き渡った。
全国高校総体サッカー東京予選・準決勝。
栄成高校(青)VS東帝高校(黄)の一戦がキックオフ――この日、僕たちは劇的な幕切れを目撃することになる。
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