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セカンドレグ
第45話
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「兎和くん、小テストを机の奥に隠しているそうね? 千紗ちゃんから聞いたわよ。さあ、見せなさい」
「い、イヤだ……!」
東京ネクサスFCさんの練習に参加してからはや数日が過ぎた、何の変哲もない平日のこと。
半分眠りながら授業を受け、いつも通り昼休みを迎えた。すると美月がD組に突如現れ、教室内はにわかに騒がしくなる。
強襲してきた彼女の目的は、僕の小テストの確認。
ことの発端は、友だちの須藤慎と今朝行った『どっちがバカなのか対決』。
中間テストの話題からデュエルが勃発し、僕は机の奥でクシャクシャになっていた忌まわしき小テストを提示して爆笑をさらった……その情報が、三浦(千紗)さん経由で漏れたらしい。つーか、慎にチクられた。
そして現在、自分の机の前に立ちはだかって抵抗中。だって、バカ対決のデッキに組み込まれるだけあり、小テストはどれもひどい点数なのだ。美月に見られたら何を言われるかわかったものではない。
「抵抗するということは、人に見せられないような点数なのね? いい、兎和くん。もうすぐ中間テストがあって、赤点を取ると補習送りになるわ。当然、部活に参加する時間も削られる。そのあたりの事情はきちんと理解できているのかしら」
「わ、わかってる……でも、勉強する時間が……」
僕のスケジュールはわりと過密だ。
放課後はほぼ毎日部活で、終わったらトラウマ克服トレーニング。しかも週に二回は、この前みたいに東京ネクサスさんの練習に参加させてもらう予定だ。
そのうえ夜に空き時間があれば、父考案の自主トレも継続中。だから、勉強する余裕なんてどこにも存在しない……というか、よく考えると美月にも責任の一端があるのでは?
「でもよ、兎和。流石にこの点数はヤベーって」
「あ、慎!?」
僕が必死こいて美月に抵抗していると、慎が勝手に机の奥からクシャ紙(小テスト)を取りだして広げた。
英語、数学、などなど。点数は軒並み平均以下。間違いなく、クラスでも底辺を這いつくばるラインだ。
「ちょっと、小学生じゃないんだからテストを机の奥に隠さないの! それに何この点数……兎和くんって、真面目そうなのにお勉強は苦手なタイプ?」
「やめてくれ。真実はいつだって僕を傷つける……」
美月の言う通り、僕は真面目そうな外見に反してあまり勉強ができない。ゆえに、優等生要素を持たないただの陰キャに分類されているのだけれど。
改めて自己認識したら急に悲しくなってきた……なので、ふっと窓に映る青空へ視線を向け、メランコリックな雰囲気を演出してみる。
「まだ話をしているのだから、ちゃんと私の顔をみなさい」
「あ、はい……」
わはは、と慎がこちらを指さして笑う。
叱られている僕を見るのが面白くてたまらないようだ。自分は無関係だからと調子にのっていやがる……よろしい、ならば貴様も同じ目にあわせてやろう!
ちょっと失礼、と美月に一声かけていったん場を離れる。次いで、慎の机から引っ張りだした小テストを三浦さんに渡す。その後、僕は定位置へ舞い戻った。
「慎、これは何かな? 人のこと笑ってる場合じゃないよね?」
「おのれ兎和ァ……」
慎の名前の横に記載された無惨な点数を見て、三浦さんも呆れ顔である。
ギリギリ赤点ラインのくせに、よくもまあ余裕ぶっていられたものだ。しっかり者の彼女さんにこってり絞られるがいい。
「はぁ……このままじゃ二人とも補習送りね。いいわ、中間テストまで勉強会を開きます。私と千紗ちゃんで、兎和くんと須藤くんの面倒を見ましょう」
「そうだねぇ。まったく、どうしようもない男どもだよ」
アホな男子を差し置いて勉強会の開催が決定する。ただし毎日ではなく数日置きに実施され、加えて週末に長めの時間を取る形式が採用された。
正直、とてもありがたい。女性陣の助けを借りてどうにか中間テストを乗り越えるべく、僕と慎は仲違いした過去をささっと水に流し、ガッチリ握手を交わした。
ところが、まるで図ったようなタイミングで横槍が入る。
「神園、今いいか?」
ざわりざわり、と教室内の盛り上がりはさらに上昇。もはや同じ空間にいるすべての生徒の視線がこちらへ向けられていた。
無理もない。なにせ会話に割って入ってきたのは、栄成サッカー部の注目株たる白石鷹昌くんだったのだ。不敵な笑みを携え、派閥の中心メンバー四人をお供に連れてのご登場である。
「こんにちは、白石くん。何かご用かしら?」
「頼みがあって来たんだ。近々、中間テストがあるだろ? でも俺たち、部活が忙しくて勉強にまで手が回ってなくて。それで、よかったら神園に教えてもらえないかなって」
「どうして私なの?」
「それはほら、神園はサッカー部を応援してくれているんだろ? なら、サポートしてもらおうと思って。1年のエースの俺が赤点なんか取ったら、次の公式戦に支障がでるしさ」
先日の視聴覚室における美月の発言を逆手に取ったアプローチ。
中間テスト対策に加え、意中の相手に勉強を教えてもらう。白石くんにとっては一粒で二度おいしい青春イベントだ。おまけに、公式戦への不安をチラつかせて要求を飲ませようとしている。
狡猾な手口だ……なにより人の善意につけ込むようなやり方に腹が立ち、僕は盾になるべく前に出ようとした。けれど、キーパーソンの美月に「待って兎和くん」と制止されてしまう。
「要するに、白石くんたちは中間テストへ向けて対策をしたいわけなのね?」
「ああ、そうだ。もしアレだったら、お互いに友だちを呼んで勉強会を開くのはどう?」
「それなら……明後日の部活後、予定を空けておいてちょうだい」
「あ、ああ、二日後だな! 了解、絶対に空けとく!」
結局のところ、白石くんの要求が通る形で話はまとまった。
さらに美月は、SNSのID交換をリクエストされた。しかしキッズスマホを取りだして困惑させつつ有耶無耶にすると、ようやく勉強会に関する交渉はお開きとなる。
じゃあ、とテンション高めで去っていくサッカー部の一軍男子たち。
対象的に、僕は『無理に引き受ける必要なかったのに』と不満ありありの視線を美月へ向ける。
「なぁに? そんなに不満なの?」
「美月が教えることない。むしろ僕が教えるべきじゃないか?」
「兎和くんが教えたら全員赤点でしょ。大丈夫、私に考えがあるから」
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべる美月。
どんなプランを練っているのか気になって問えば、答えは単純明快だった。
「部活終わりに、自習時間を設けるよう長瀬コーチに依頼するわ」
「え、白石くんは美月に教えてもらいたかったんじゃ……?」
「そうかもね。でも、私自身が教えるだなんてひと言も告げていないわよ?」
先ほどのやり取りを思い返してみれば、確かに美月自身が指導するとは少しも明言されていない……言葉選びが巧みすぎる。しかもキッズスマホを全面に押しだした謎弁舌で、ちゃっかり連絡先交換まで回避しているし。
一部始終を見守っていた僕たち三人は、揃って目を丸くするのであった。
「そうそう、兎和くんは自習にでなくていいわよ。私がしっかり個別でスケジュール組むから」
「あ、はい……」
美月の意思決定スピードが非常に迅速なものだから、ぽんぽん事態が進展していく。
なにこれ、めっちゃ楽だ。流れるプールで浮き輪に乗ったまま一生流されていたいタイプの僕は、ぐいぐい予定を組んでくれるの大歓迎である。
そんなわけで、僕たちは引き続き四人で勉強会の予定を話し合うのだった。
なお、美月のしかけた爆弾はものの見事に爆発した。
それは、勉強会の開催が決定してからきっちり2日後の部活終わり。
「鷹昌、聞いたぞ。お前たちは中間テストの勉強が間に合ってないらしいな」
「え、誰から聞いたんすか……?」
ナイター照明の灯る中、長瀬コーチが部室へ引っ込もうとする白石くんに声をかけた。加えて、派閥の中心メンバー四人も呼び集められている。先日の昼に顔を合わせたメンツが勢揃いである。
何事か興味をそそられた僕と玲音は足を止め、巻き込まれないよう少し離れた位置から様子をうかがった。
「誰って、お前たちの同級生の神園美月だよ。それで、今日から『自習室』を使うんだろ?」
「え? ……ああっ、もしかして神園からの伝言ですか! 勉強する約束をしていたんですけど、昼休みに確認したときは『詳細は部活終わりのサプライズね』とか言われて。だから、すぐにピンときませんでしたよ!」
サッカー部専用グランドの端には、部室棟のほかにも教員棟が建っている。またその中には、長机の並ぶ『自習室』と呼ばれる一室が存在していた。
大学受験と部活動を両立する部員も多く、希望者は大卒のコーチ陣に勉強を教えてもらえる。ただし混雑時の利用は、受験を控えた3年生が優先だ。
そんな自習室の使用を許可された白石くんは、やや興奮しつつ嬉しそうに答えていた。他の四人も同様に笑顔で盛り上がっており、まるで合コンへ臨む前の男性陣といったテンションだ。
ところが、続く長瀬コーチの発言で事態は急変する。
「やる気十分みたいだな。じゃあ俺がしっかり面倒を見てやる。みんな、集中して勉強しよう!」
「ハイッ……え? 俺が面倒みるって、長瀬コーチも参加する気ですか?」
「あん? むしろ俺がいなきゃ意味ないだろ。教師役なんだから」
「あれ、神園は? 女子グループは……?」
「確かに神園から勉強を教えるよう依頼されたけど、お前たち以外に参加者はいない。サッカー部の自習スペースなんだから当然だろ」
ぽかん、と口を空けてフリーズする白石くん。明らかに状況を飲み込めていない顔だ。周囲の四人も、一体どういうことかとザワついている。
男女混合でキャッキャウフフな勉強会の予定が、なぜか中間テスト対策のガチセミナーにすり替わっていたのだ。そりゃ騒ぐよ。
とはいえ、チームの指揮官たる長瀬コーチ直々のお声がけだ。今さら『何かの間違いです』なんて拒否できるはずもなく。
「俺は、お前たちの活躍にも期待している。だから、部活動に支障をきたさないよう全力で協力するからな。中間テスト対策、頑張っていこう。さあ、さくっと着替えて自習室に集合だ!」
長瀬コーチに促され、白石くんたちはなんとも言えない表情のまま行動を開始した。これにより、美月の建前も保たれることとなった。
「予想以上に面白いリアクションだったな」
一緒に様子を眺めていた玲音は大変いい笑顔である。実は事情を伝えていたので、この展開には予想がついていたのだ。
そして僕は、なんだか少し悪い気がしてきたので心の中でエールを送った。ついでに、去っていく彼らの背に向けて合掌するのだった。
「い、イヤだ……!」
東京ネクサスFCさんの練習に参加してからはや数日が過ぎた、何の変哲もない平日のこと。
半分眠りながら授業を受け、いつも通り昼休みを迎えた。すると美月がD組に突如現れ、教室内はにわかに騒がしくなる。
強襲してきた彼女の目的は、僕の小テストの確認。
ことの発端は、友だちの須藤慎と今朝行った『どっちがバカなのか対決』。
中間テストの話題からデュエルが勃発し、僕は机の奥でクシャクシャになっていた忌まわしき小テストを提示して爆笑をさらった……その情報が、三浦(千紗)さん経由で漏れたらしい。つーか、慎にチクられた。
そして現在、自分の机の前に立ちはだかって抵抗中。だって、バカ対決のデッキに組み込まれるだけあり、小テストはどれもひどい点数なのだ。美月に見られたら何を言われるかわかったものではない。
「抵抗するということは、人に見せられないような点数なのね? いい、兎和くん。もうすぐ中間テストがあって、赤点を取ると補習送りになるわ。当然、部活に参加する時間も削られる。そのあたりの事情はきちんと理解できているのかしら」
「わ、わかってる……でも、勉強する時間が……」
僕のスケジュールはわりと過密だ。
放課後はほぼ毎日部活で、終わったらトラウマ克服トレーニング。しかも週に二回は、この前みたいに東京ネクサスさんの練習に参加させてもらう予定だ。
そのうえ夜に空き時間があれば、父考案の自主トレも継続中。だから、勉強する余裕なんてどこにも存在しない……というか、よく考えると美月にも責任の一端があるのでは?
「でもよ、兎和。流石にこの点数はヤベーって」
「あ、慎!?」
僕が必死こいて美月に抵抗していると、慎が勝手に机の奥からクシャ紙(小テスト)を取りだして広げた。
英語、数学、などなど。点数は軒並み平均以下。間違いなく、クラスでも底辺を這いつくばるラインだ。
「ちょっと、小学生じゃないんだからテストを机の奥に隠さないの! それに何この点数……兎和くんって、真面目そうなのにお勉強は苦手なタイプ?」
「やめてくれ。真実はいつだって僕を傷つける……」
美月の言う通り、僕は真面目そうな外見に反してあまり勉強ができない。ゆえに、優等生要素を持たないただの陰キャに分類されているのだけれど。
改めて自己認識したら急に悲しくなってきた……なので、ふっと窓に映る青空へ視線を向け、メランコリックな雰囲気を演出してみる。
「まだ話をしているのだから、ちゃんと私の顔をみなさい」
「あ、はい……」
わはは、と慎がこちらを指さして笑う。
叱られている僕を見るのが面白くてたまらないようだ。自分は無関係だからと調子にのっていやがる……よろしい、ならば貴様も同じ目にあわせてやろう!
ちょっと失礼、と美月に一声かけていったん場を離れる。次いで、慎の机から引っ張りだした小テストを三浦さんに渡す。その後、僕は定位置へ舞い戻った。
「慎、これは何かな? 人のこと笑ってる場合じゃないよね?」
「おのれ兎和ァ……」
慎の名前の横に記載された無惨な点数を見て、三浦さんも呆れ顔である。
ギリギリ赤点ラインのくせに、よくもまあ余裕ぶっていられたものだ。しっかり者の彼女さんにこってり絞られるがいい。
「はぁ……このままじゃ二人とも補習送りね。いいわ、中間テストまで勉強会を開きます。私と千紗ちゃんで、兎和くんと須藤くんの面倒を見ましょう」
「そうだねぇ。まったく、どうしようもない男どもだよ」
アホな男子を差し置いて勉強会の開催が決定する。ただし毎日ではなく数日置きに実施され、加えて週末に長めの時間を取る形式が採用された。
正直、とてもありがたい。女性陣の助けを借りてどうにか中間テストを乗り越えるべく、僕と慎は仲違いした過去をささっと水に流し、ガッチリ握手を交わした。
ところが、まるで図ったようなタイミングで横槍が入る。
「神園、今いいか?」
ざわりざわり、と教室内の盛り上がりはさらに上昇。もはや同じ空間にいるすべての生徒の視線がこちらへ向けられていた。
無理もない。なにせ会話に割って入ってきたのは、栄成サッカー部の注目株たる白石鷹昌くんだったのだ。不敵な笑みを携え、派閥の中心メンバー四人をお供に連れてのご登場である。
「こんにちは、白石くん。何かご用かしら?」
「頼みがあって来たんだ。近々、中間テストがあるだろ? でも俺たち、部活が忙しくて勉強にまで手が回ってなくて。それで、よかったら神園に教えてもらえないかなって」
「どうして私なの?」
「それはほら、神園はサッカー部を応援してくれているんだろ? なら、サポートしてもらおうと思って。1年のエースの俺が赤点なんか取ったら、次の公式戦に支障がでるしさ」
先日の視聴覚室における美月の発言を逆手に取ったアプローチ。
中間テスト対策に加え、意中の相手に勉強を教えてもらう。白石くんにとっては一粒で二度おいしい青春イベントだ。おまけに、公式戦への不安をチラつかせて要求を飲ませようとしている。
狡猾な手口だ……なにより人の善意につけ込むようなやり方に腹が立ち、僕は盾になるべく前に出ようとした。けれど、キーパーソンの美月に「待って兎和くん」と制止されてしまう。
「要するに、白石くんたちは中間テストへ向けて対策をしたいわけなのね?」
「ああ、そうだ。もしアレだったら、お互いに友だちを呼んで勉強会を開くのはどう?」
「それなら……明後日の部活後、予定を空けておいてちょうだい」
「あ、ああ、二日後だな! 了解、絶対に空けとく!」
結局のところ、白石くんの要求が通る形で話はまとまった。
さらに美月は、SNSのID交換をリクエストされた。しかしキッズスマホを取りだして困惑させつつ有耶無耶にすると、ようやく勉強会に関する交渉はお開きとなる。
じゃあ、とテンション高めで去っていくサッカー部の一軍男子たち。
対象的に、僕は『無理に引き受ける必要なかったのに』と不満ありありの視線を美月へ向ける。
「なぁに? そんなに不満なの?」
「美月が教えることない。むしろ僕が教えるべきじゃないか?」
「兎和くんが教えたら全員赤点でしょ。大丈夫、私に考えがあるから」
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべる美月。
どんなプランを練っているのか気になって問えば、答えは単純明快だった。
「部活終わりに、自習時間を設けるよう長瀬コーチに依頼するわ」
「え、白石くんは美月に教えてもらいたかったんじゃ……?」
「そうかもね。でも、私自身が教えるだなんてひと言も告げていないわよ?」
先ほどのやり取りを思い返してみれば、確かに美月自身が指導するとは少しも明言されていない……言葉選びが巧みすぎる。しかもキッズスマホを全面に押しだした謎弁舌で、ちゃっかり連絡先交換まで回避しているし。
一部始終を見守っていた僕たち三人は、揃って目を丸くするのであった。
「そうそう、兎和くんは自習にでなくていいわよ。私がしっかり個別でスケジュール組むから」
「あ、はい……」
美月の意思決定スピードが非常に迅速なものだから、ぽんぽん事態が進展していく。
なにこれ、めっちゃ楽だ。流れるプールで浮き輪に乗ったまま一生流されていたいタイプの僕は、ぐいぐい予定を組んでくれるの大歓迎である。
そんなわけで、僕たちは引き続き四人で勉強会の予定を話し合うのだった。
なお、美月のしかけた爆弾はものの見事に爆発した。
それは、勉強会の開催が決定してからきっちり2日後の部活終わり。
「鷹昌、聞いたぞ。お前たちは中間テストの勉強が間に合ってないらしいな」
「え、誰から聞いたんすか……?」
ナイター照明の灯る中、長瀬コーチが部室へ引っ込もうとする白石くんに声をかけた。加えて、派閥の中心メンバー四人も呼び集められている。先日の昼に顔を合わせたメンツが勢揃いである。
何事か興味をそそられた僕と玲音は足を止め、巻き込まれないよう少し離れた位置から様子をうかがった。
「誰って、お前たちの同級生の神園美月だよ。それで、今日から『自習室』を使うんだろ?」
「え? ……ああっ、もしかして神園からの伝言ですか! 勉強する約束をしていたんですけど、昼休みに確認したときは『詳細は部活終わりのサプライズね』とか言われて。だから、すぐにピンときませんでしたよ!」
サッカー部専用グランドの端には、部室棟のほかにも教員棟が建っている。またその中には、長机の並ぶ『自習室』と呼ばれる一室が存在していた。
大学受験と部活動を両立する部員も多く、希望者は大卒のコーチ陣に勉強を教えてもらえる。ただし混雑時の利用は、受験を控えた3年生が優先だ。
そんな自習室の使用を許可された白石くんは、やや興奮しつつ嬉しそうに答えていた。他の四人も同様に笑顔で盛り上がっており、まるで合コンへ臨む前の男性陣といったテンションだ。
ところが、続く長瀬コーチの発言で事態は急変する。
「やる気十分みたいだな。じゃあ俺がしっかり面倒を見てやる。みんな、集中して勉強しよう!」
「ハイッ……え? 俺が面倒みるって、長瀬コーチも参加する気ですか?」
「あん? むしろ俺がいなきゃ意味ないだろ。教師役なんだから」
「あれ、神園は? 女子グループは……?」
「確かに神園から勉強を教えるよう依頼されたけど、お前たち以外に参加者はいない。サッカー部の自習スペースなんだから当然だろ」
ぽかん、と口を空けてフリーズする白石くん。明らかに状況を飲み込めていない顔だ。周囲の四人も、一体どういうことかとザワついている。
男女混合でキャッキャウフフな勉強会の予定が、なぜか中間テスト対策のガチセミナーにすり替わっていたのだ。そりゃ騒ぐよ。
とはいえ、チームの指揮官たる長瀬コーチ直々のお声がけだ。今さら『何かの間違いです』なんて拒否できるはずもなく。
「俺は、お前たちの活躍にも期待している。だから、部活動に支障をきたさないよう全力で協力するからな。中間テスト対策、頑張っていこう。さあ、さくっと着替えて自習室に集合だ!」
長瀬コーチに促され、白石くんたちはなんとも言えない表情のまま行動を開始した。これにより、美月の建前も保たれることとなった。
「予想以上に面白いリアクションだったな」
一緒に様子を眺めていた玲音は大変いい笑顔である。実は事情を伝えていたので、この展開には予想がついていたのだ。
そして僕は、なんだか少し悪い気がしてきたので心の中でエールを送った。ついでに、去っていく彼らの背に向けて合掌するのだった。
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