じゃない方の白石くん~夢の青春スクールライフと似ても似つかぬ汗だくサッカーライフ~

木ノ花

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ファーストレグ

第22話

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 あらわになる欠陥、機能不全に陥る左サイド。
 ナイターの照明光を受け、ますます映える人工芝のグリーンと足音。
 点差こそゼロだが、ゲームが進むにつれ自陣でのプレーが増えるD1チーム。

「おい、俺じゃない方の白石! ちゃんとサイドに張ってろ! テメーが無駄に動くから相手SBに高い位置とられんだよ、クソ陰キャが!」

「ご……ごめんなさいっ!」

 ついに白石くんから怒りの矛先を向けられた。
 おっしゃるとおり、僕がディフェンスを意識して中央へ絞る、あるいは下がり目のポジションをとるため、対峙する相手SBまでもがオフェンスにガンガン参加してくる。

 もはやチームのウィークポイントと化す左サイド……けれど、やはり小心者ゆえ面と向かって言い返すことができない。
 世界最高のサッカー選手だって守備免除されていないのに、とモヤモヤした感情を抱えつつも僕はピッチを奔走する。

 青いビブスを着たD2にゲームの主導権を握られ、我慢の時間は続く。
 ところが、先制点をあげたのは意外にもD1の方だった。サッカーは何が起こるかわからない、という格言を象徴するような展開である。

 試合が動いたのは、残り時間が5分をきった頃。
 こちらがボールを奪って最終ラインからビルドアップを開始する際、ふとD2チーム全体のポジショニングに乱れが生じた。中心選手の白石くんがひたすら右サイドよりでプレーするものだから、図らずとも囮の役割を果たしていたのだ。

 それを察知した僕は、空いていた中盤かつ自陣よりのハーフスペースへ顔をだす。センターよりから攻撃できれば得点効率が高くなる。
 するとイメージが合致したのか、ボールホルダーの味方CBと視線がぶつかる――次の瞬間、こちらへ向けて強い縦パスが放たれた。

 あわてて寄せてくるディフェンスの気配を背に感じながら、僕はいわゆる『楔のパス』を足元に収める。並行して首をふり周囲を視認。

 瞬時にいくつもの選択肢が頭に浮かぶ中、選択したプレーはレイオフ(ポストプレー)。というか、ボールが来たのもわりと意外だったうえ、トラウマ発動中でろくに体を動かせない現状ではこれが精一杯。

 サポートすべく駆け寄ってきた味方DMFへ向け、ツータッチで短いバックパスを落とす。
 間一髪。急いで距離を詰めてきたディフェンスの選手に体を強くぶつけられ、態勢を崩す――その時、僕の人さし指は広いスペースのある左サイドへ向けられていた。

 タッチライン沿いを猛然とオーバラップする玲音の姿が、ピッチへ倒れゆく視界の中から突き抜けていく。

 味方DMFも意図を汲み、テンポ良くダイレクトパスでつなぐ。バウンドする難しいボールを上手く処理した玲音は、スムーズにドリブルへ移行。チェイシングしてくる相手マーカーを引き連れつつ敵陣へ切りこむ。

 そのままアタッキングサードの奥深くへ到達するや、利き足の『左』でボールを蹴って中央へ折り返す。

 このマイナス気味のグラウンダークロスに合わせたのは、我らがD1のエースプレーヤーたる白石くん。ダイアゴナルラン(斜めの動き)でペナルティエリアに侵入し、ワンタッチしてから抑えの効いたシュートを放ち、華麗にネットを揺らしてみせた。

「――しゃあぁぁああっ!」

「ナイス、鷹昌!」

 わっと歓声があがり、豪快なガッツポーズを決める白石くんを仲の良いメンバーたちが祝福する。

 ゲームは相手チームのキックオフでリスタートするも、程なくしてタイムアップ。
 虎の子の先制点を守りきり、D1はかろうじて勝ちを拾う。また褒められた内容ではないが、結果的には前評判通りの二連勝を達成した。

 その後、永瀬コーチからプレー面での注意やアドバイスなどの戦術指導を受け、本日のトレーニングは終了を迎える。

「……わるい、兎和。試合中はつい熱くなっちゃってさ」

 僕が部室へ引き上げる前にピッチサイドでストレッチを行っていると、白石くんが近づいてきて謝罪の言葉を口にした。

 どうやら友好関係は継続する方針のようだ。このまま本当の友情へ変わる日がくるかは神のみぞ知る……と冷めた目で見てしまうのは、僕の性格がクサっているせいだろうか。いずれにしても、せめて試合中くらいは暴君と化さぬよう自制してもらいたい。

「おつかれ兎和、ナイスプレー。つーか、オフェンス右サイドに偏りすぎだろ……まあ次があるか、焦らずいこう。真に優れたプレーヤーであればチャンスの方から寄ってくる」

「ああ、うん……今度もやれるだけやってみる」

 続いては玲音と、部室前で水分補給しながら健闘を称えあう。同時に、自身のプレーを振り返った。

 オフェンスに関しては、間違いなく及第点未満。ボールを受ける機会そのものが少なかったうえ、怒気を帯びた声で白石くんにパスを要求されれば反射的に従っていた。
 ディフェンスはカバーとスペースを埋めることを意識したが、高く見積もっても評価は無難が精々だろう。

 強いて収穫をあげれば、大きなミスを犯さずに最後までやりきったこと。あとは、ラストのポストプレーくらいのものか。
 とにかく、チームメンバー(主に白石くん)やらの視線や反応が恐ろしくて体もろくに動かず、まともにプレーできていなかった。

 ポジティブな要素はほとんどない。ポジションコンバート初日とはいえ、このデキでは先が思いやられる。

 美月のマネジメントにより少し前向きになっていたが、改めて現実を思い知らされた。自分がどれほどのポテンシャルを備えていようとも、萎縮して実力を発揮できないのであればゼロと同義。

 なんだか、どっと疲れてきた。こみ上げてくる苦々しい気持ちにどうにか蓋をして、僕は暗いピッチを後にする。

 ***

「やっぱりダメそう?」

「うん……きょう紅白戦やったけど、ぜんぜん体が動かなかった」

 僕は現在、ナイター光が照らす芝生の上でバドミントンに興じていた。
 シャトルを交わす相手は、おしゃれなスポーツウェアを着こなす美月だ。声の届く距離をあけて、ポコン、ポコン、と二人で軽くラリーを続けている。

 始めてSHでプレーした部活終了後、プロテインと各種サプリメントを摂取しつつスマホをチェックしてみれば、例のごとく美月から呼び出しメッセージが届いていた。
 そして昨晩も利用したスポーツセンターのグラウンドで合流するや、ラケットを渡されて今に至る。しかもシャトルは発光仕様(LED)。

「トラウマってのは、お風呂のカビと一緒さ。しつこいし簡単には取れない」

 含蓄に富むコメントを発したのは、美月の親戚である吉野涼香さん。
 外見はクールビューティー、中身は生粋のニート。そんな相反する属性をあわせ持つ成人女性は、もちろん本日も芋ジャージを着用している。

 吉野さんは近くに座り込んでソシャゲをプレイ中。しかし僕たちがシャトルと一緒に会話を交わしていると、時おり訳知り顔で口を挟んでくる。
 保護者がわりの付き添い役らしいが、こちらにはほとんど目を向けない。あまり他人に興味がなさそうな感じなので、個人的には喋る置物くらいに思っている。

「というか、なんでバドミントン……?」

「兎和くんが昨日、バドミントンやりたいって言っていたから、よっ!」

 美月が、語尾に合わせて華麗にスマッシュを放つ。
 僕はバックハンドでレシーブしつつ、「そうだけどそうじゃない」と言い返す。
 確かに男女が公園でやる事といったら、バドミントンをおいて他にないだろう。けれどその場合、相手が重要だ。

 有り体に申しますと、シャトルを交わす度に近づく二人の心の距離、みたいな青春を堪能したいワケで。ところが、美月には恋愛対象と見ないよう釘を刺されており、個人マネージャー以上の関係に発展しようがない。

 なんとも味気ないラリーだぜ、と。
 僕がため息まじりにラケットを振ったその時、美月が不意に「パン」と手を打ち合わせる。

「……なんの合図?」

「そこにボールがあるでしょ? 私が手を叩いたら、あっちのパイロンまでドリブルして戻ってくるの」

「ああ、そのために準備してあったのね」

 近くに転がるサッカーボールと、30メートルほど先に設置してあるアジリティポール。視界にチラチラ映るこの二つの備品、何に使うのかとずっと疑問に思っていたのだ。
 地面へ落下するシャトルを無視して指示の意図を問えば、「トラウマ克服のためのトレーニング」といった答えを得る。 

「これから兎和くんには、私が手を叩いたら全速力でドリブルしてもらいます。いついかなる時も、どんな状態でもね」

「付随する条件からヤバそうなニオイがプンプンしやがる……それ、どんな意味があるんだ?」

「『パブロフの犬』は知っているかな? いわゆる条件反射トレーニングね。ここでは、一定の条件下で無意識のうちに起こる反応や行動にフォーカスするわ。一度根付いたトラウマを除去するのは容易じゃない。だったら習慣で上塗りしてしまおう、という発想よ」

 本人曰く、『美月が手を叩いたらドリブル&スプリントする』と脳ミソに焼き付け、トラウマよりも条件反射が優先される状態にまで落とし込むそうな。
 通常、トラウマ根治には多くの時間が必要となるので、応急措置的な試みだという。

「学説によると、条件反射にはドーパミンが深く関係しているらしいの。だから、はいこれ」

 美月が歩み寄ってきて、三つ折りのカードのようなモノを手渡される。上着のポケットに忍ばせていたようだ。
 丈夫そうな厚紙製で、各面にモザイク調の碁盤格子が印刷されている。随所に月とウサギのキャラクターの透過イラストなども散りばめられ、全体的に可愛らしいデザインだ。

 なにより目を引くのは、上部に配されたポップ調の文字――そこには、『青春スタンプカード』と記載されていた。
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