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卒業危機
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(卒業、かぁ……)
「あれ、ニコちゃんじゃん。おはー」
「……あ。お、おはよう」
「来るのめちゃ早くない?」
「あ、えと」
リフレッシュルームに向かい廊下を歩き始めてすぐ、向かい側から歩いてくる三人組とかち合った。
最初にニコに声を掛けてくれたのは、同じWizardsのメンバーであるイチカだ。
大体のライバーは、実際の体型に近い情報でアバターを作る。その方が、3D化したときに動きに支障を来さないからだ。
グループ内で一番体格の良いアバターを持つイチカは実際に会っても背が高く、ジムトレーナーの経験もあるとあって筋肉質でがっしりしている。見上げる……というせいもあるだろうが、イチカを前にするとその大きさに圧倒されて、ニコは一歩引いてしまうのだ。
「別にそこまで早くもないだろう。もう三十分前だよ。仕事なんだから、ニコが普通。お前がいっつもギリギリなだけだ。おはよう」
「お、おはようございます」
イチカの半歩前を歩き、続いて声を掛けてくれたのは、同じくWizardsのロゼ。
大体のライバーは自分の体型に合わせてアバターを作ると言ったけれど、ロゼは少しだけ違う。彼のアバターはピンヒールのブーツが似合うすらっとしたスタイルに、目元がきつめの美人だ。目元がきつめの美人……というのは、現実と同じだけれど、違うのはその身長。身長にちょっとしたこだわり――というか、コンプレックスを持っているようで、実際の彼とアバターを比べるとそこに結構な差があったりする。
小さな体ながら彼の発するオーラは鋭く、ロゼを前にするといつも以上に背筋が伸びるし、自然と敬語になってしまうのだ。
「あ、ほら。ロゼが怖いから、ニコちゃん敬語になっちゃってんじゃん。そんなにプリプリしてばっかだと、そのうち破裂しちゃうよ」
「おい、突くな! やめろ! 大体、お前はいつもいつも今日だってボクが」
「ロゼ」
す、と冷たい風が切り込むように、涼やかな声が割り込んでくる。
「ニコが困ってる」
二人の後に続くようにそっと姿を現したのは、Wizardsのミカド。彼は諫めるように二人の肩を軽く叩いた。
「ッチ、お前のせいだぞ」
「ええ~オレ何もしてないじゃん」
「イチカ」
「……へぇへぇ」
「ニコ、おはよ」
「あ、う、お、おはよう……」
ミカドを前にすると、ニコはいつも蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。実際に、彼のファミリア――Wizardsのメンバーは皆使い魔を持っていて、彼らのことをそう呼んでいる――は蛇で、アバター衣装の要所にも蛇をモチーフにした飾りが使われているのだが……。
じぃっと見つめてくる、彼の癖のせいなのかもしれない。黒目がちなミカドの瞳には、そのまま惹きこまれてしまいそうな不思議な魅力があった。
美人系アバターというのはロゼと共通しているけれど、彼の身長は現実ともリンクしていて、ミカドはすらっとした高身長の美形だ。あっさりとした顔立ちにはいつも薄くメイクが施されていて、モデルの他に、ビジュアル系バンドのメンバーだと言われても納得してしまうと思う。
「はあ……ボクちょっとタバコ」
「あ。オレも行く~」
ロゼの声に、イチカが続く。
「あの、時間になったら、ここの部屋って」
そう声を掛ければ、先を行く二人の代わりにミカドがそっと肩に触れた。
「ありがとう。また後で」
喫煙室に向かう三人とは反対側へニコは歩き出した。
リフレッシュルームへ入ると中には誰もおらず、静かな中に自動販売機と空調の稼働音が僅かに響いている。
ニコは、部屋の隅、窓に向かって設置された二人がけのソファに腰を下ろした。
こんなに空いているのだから、堂々と、部屋の真ん中に設置されたリクライニングチェアに座ったって良いのに。こうして、いつも何かの目から逃れるように、隅っこで小さくなっている自分に嫌気がさす。
こうした自信のなさも、もしかしたら配信に滲み出てしまっているのかもしれない。
「……ハァ、緊張した」
ふうっと大きく深呼吸して、ソファに深く沈み込む。
いつまでも敬語を使うニコを、ロゼはいつも微妙な顔で見つめてくるし、挨拶以外に彼から積極的に話しかけられることもなかった。失礼なやつだと、内心思われているのかもしれない。
自分が緊張しているから、相手もそうなってしまうのかも。誰だって、露骨に警戒されたら進んで関わろうなんて気にならないだろう。そうわかっていても直せないのだから、呆れてしまう。
「あ、すみませ……」
ふと、左半身が沈む気配に、ニコはソファの上に広げていた荷物をたぐり寄せた。
「あれ、ニコちゃんじゃん。おはー」
「……あ。お、おはよう」
「来るのめちゃ早くない?」
「あ、えと」
リフレッシュルームに向かい廊下を歩き始めてすぐ、向かい側から歩いてくる三人組とかち合った。
最初にニコに声を掛けてくれたのは、同じWizardsのメンバーであるイチカだ。
大体のライバーは、実際の体型に近い情報でアバターを作る。その方が、3D化したときに動きに支障を来さないからだ。
グループ内で一番体格の良いアバターを持つイチカは実際に会っても背が高く、ジムトレーナーの経験もあるとあって筋肉質でがっしりしている。見上げる……というせいもあるだろうが、イチカを前にするとその大きさに圧倒されて、ニコは一歩引いてしまうのだ。
「別にそこまで早くもないだろう。もう三十分前だよ。仕事なんだから、ニコが普通。お前がいっつもギリギリなだけだ。おはよう」
「お、おはようございます」
イチカの半歩前を歩き、続いて声を掛けてくれたのは、同じくWizardsのロゼ。
大体のライバーは自分の体型に合わせてアバターを作ると言ったけれど、ロゼは少しだけ違う。彼のアバターはピンヒールのブーツが似合うすらっとしたスタイルに、目元がきつめの美人だ。目元がきつめの美人……というのは、現実と同じだけれど、違うのはその身長。身長にちょっとしたこだわり――というか、コンプレックスを持っているようで、実際の彼とアバターを比べるとそこに結構な差があったりする。
小さな体ながら彼の発するオーラは鋭く、ロゼを前にするといつも以上に背筋が伸びるし、自然と敬語になってしまうのだ。
「あ、ほら。ロゼが怖いから、ニコちゃん敬語になっちゃってんじゃん。そんなにプリプリしてばっかだと、そのうち破裂しちゃうよ」
「おい、突くな! やめろ! 大体、お前はいつもいつも今日だってボクが」
「ロゼ」
す、と冷たい風が切り込むように、涼やかな声が割り込んでくる。
「ニコが困ってる」
二人の後に続くようにそっと姿を現したのは、Wizardsのミカド。彼は諫めるように二人の肩を軽く叩いた。
「ッチ、お前のせいだぞ」
「ええ~オレ何もしてないじゃん」
「イチカ」
「……へぇへぇ」
「ニコ、おはよ」
「あ、う、お、おはよう……」
ミカドを前にすると、ニコはいつも蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。実際に、彼のファミリア――Wizardsのメンバーは皆使い魔を持っていて、彼らのことをそう呼んでいる――は蛇で、アバター衣装の要所にも蛇をモチーフにした飾りが使われているのだが……。
じぃっと見つめてくる、彼の癖のせいなのかもしれない。黒目がちなミカドの瞳には、そのまま惹きこまれてしまいそうな不思議な魅力があった。
美人系アバターというのはロゼと共通しているけれど、彼の身長は現実ともリンクしていて、ミカドはすらっとした高身長の美形だ。あっさりとした顔立ちにはいつも薄くメイクが施されていて、モデルの他に、ビジュアル系バンドのメンバーだと言われても納得してしまうと思う。
「はあ……ボクちょっとタバコ」
「あ。オレも行く~」
ロゼの声に、イチカが続く。
「あの、時間になったら、ここの部屋って」
そう声を掛ければ、先を行く二人の代わりにミカドがそっと肩に触れた。
「ありがとう。また後で」
喫煙室に向かう三人とは反対側へニコは歩き出した。
リフレッシュルームへ入ると中には誰もおらず、静かな中に自動販売機と空調の稼働音が僅かに響いている。
ニコは、部屋の隅、窓に向かって設置された二人がけのソファに腰を下ろした。
こんなに空いているのだから、堂々と、部屋の真ん中に設置されたリクライニングチェアに座ったって良いのに。こうして、いつも何かの目から逃れるように、隅っこで小さくなっている自分に嫌気がさす。
こうした自信のなさも、もしかしたら配信に滲み出てしまっているのかもしれない。
「……ハァ、緊張した」
ふうっと大きく深呼吸して、ソファに深く沈み込む。
いつまでも敬語を使うニコを、ロゼはいつも微妙な顔で見つめてくるし、挨拶以外に彼から積極的に話しかけられることもなかった。失礼なやつだと、内心思われているのかもしれない。
自分が緊張しているから、相手もそうなってしまうのかも。誰だって、露骨に警戒されたら進んで関わろうなんて気にならないだろう。そうわかっていても直せないのだから、呆れてしまう。
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ふと、左半身が沈む気配に、ニコはソファの上に広げていた荷物をたぐり寄せた。
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