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卒業危機
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「そこで、提案なんですが」
田中が、手にした資料を捲る。あらかじめ綺麗にまとめられたそれは、きっと社内会議を通されたものだろう。提案というよりも、すでに決定事項なのだ、これは。
つまり、ニコにとって、これは卒業も視野に入れたラストチャンスということだ。机の下、膝の上で握った拳に力がこもる。
「グループ内で、ちょっとした企画を行おうと思っています」
「企画、ですか?」
「はい。詳しくはこの後のミーティングで説明しますが」
前置きの後、田中は資料をもう一ページ捲った。
「リスナーの間で、他の三人が養成所出身であることで、ニコくんとの間に溝があるのではないか、という意見が出てきています。スタッフとしてもフォローし切れていなかった部分があると思いますので、まずはその辺りを払拭していきたいなと」
「はあ……」
「それから、一周年はみんなのスケジュールが合わず、お祝いらしいお祝い企画も出来なかったので、二年目に突入するにあたって何か企画を立てても良いのでは、という結論に至りました。メンバー間の絆を深めるという意味でも、良いタイミングではないかと」
「……なるほど」
そもそも、なぜ養成所出身者三名と素人一名という凸凹ユニットが誕生したのか。
本来、Wizardsは養成所出身者のみで構成された、男性四人組ユニットとしてデビューするはずだった。けれど、デビュー間近になって、そのうちの一人が急遽脱退することになり、急ぎ、メンバーを追加しなければならなくなってしまったのだ。
詳細な理由は伏せられていて、現在も色々な憶測が飛び交っているところではあるが、とにかく緊急オーディションが行われ、そこで運良くその席を勝ち取ったのがニコだった。
当時は飛び上がって喜んだものだったけれど、選ばれた理由がもうすでに用意済みだったアバターモデルに一番近い体型であったから、と裏事情を知ってしまった後では、複雑な気持ちにしかならない。
今後、ニコの知名度が爆発的に上がることがあれば、雑談のネタの一つにできるかもしれないけれど……経験豊富なメンバーの中に一人放り込まれると知っていたら、当時のニコがいくら職探しに急いていたとしても、オーディションに申し込んだかどうか怪しいところだ。
そんな前提があるおかげで、ニコとその他の三人の間にちょっとした隔たりがあるのは、まったくの嘘というわけでもなく、多少は仕方がないことでもあった。
デビューしてあっという間に一年が過ぎ、二年目に突入した今も、他の三人とニコの間には遠慮という微妙な距離がある。
リスナーが噂するような溝というほどの険悪なものではないけれど、お互いが、どう接しようか様子を見ているうちに月日が流れていってしまった……というのが、真実に一番近いんじゃないだろうか。
リスナーの目は鋭いと、改めて思い知らされる。そういうつもりがなくても、画面の中の僅かな遠慮や綻びは、すぐに見破られてしまうらしい。
でも、一つだけ誤解をしないで欲しいのが、ニコが三人を嫌っているんじゃないか、っていうこと。嫌っていて、距離を置いているんじゃないかっていうこと。
そんなことは全然ない。まったくない。逆がどうかは知らないけれど、あったらすごく悲しいけれど。三人を前にすると緊張をしこそすれ、嫌いだなんて気持ちはこれっぽっちもなかった。
とんでもなく、緊張はするけれど。
だって、オーラがすごいのだ。Wizardsのアバターは、有名なイラストレーターグループが四人をトータルでスタイリングしたとあって、発表当初から人気があった。
リスナーはアバターを纏った自分たちの姿しか知らないけれど、同じユニットに所属していれば、当然中身同士が直接会う機会もある。インフィニティライブは対面でのミーティングが多く(どうしても都合が合わないときはオンラインになるが)、月に一度はマネージャーも含めて顔を合わせていた。
些細なことですれ違うことがないようにとの配慮であったが、対立こそしないものの、一年を過ぎても仲が深まる気配のない自分たちに効果があるかどうかは、正直に言ってわからない。喧嘩別れしてしまうユニットが少なからずあることを考えれば、マイナスにならないだけいいのだろうか。
で、だ。オーラというのは、アバターを纏ったうえでの、配信での存在感ももちろんだけれど、どちらかというと、素の三人――中身――から圧倒的なそれを感じることの方がニコは強かった。
三人ともが非常に整った容姿をしていて、アバターを着用せずとも十分に魅力的なのだ。実はモデル業をしていると言われても、少しも疑いはしない。
ニコはといえば、特に容姿に秀でているわけでもなく、中肉中背で顔立ちもぱっとしない。素の状態で三人の中に入ると、完全に埋もれてしまって印象には残らないだろう。アバターのおかげで、なんとか形を保てている状態だ。
だから、ニコにとって、素の状態でも魅力的で、なおかつ養成所で豊富な経験を積み、満を持してデビューをした彼らは、隣に並ぶのもおこがましいと思うほどのカリスマ的存在で、憧れの対象なのだ。同じユニットに所属しているとはいえ、完全におまけの自分がおいそれと気軽に絡んで良い人たちではない。
そんな遠慮の気持ちが、きっと自分たちの間に明確な距離を作っている。
田中が、手にした資料を捲る。あらかじめ綺麗にまとめられたそれは、きっと社内会議を通されたものだろう。提案というよりも、すでに決定事項なのだ、これは。
つまり、ニコにとって、これは卒業も視野に入れたラストチャンスということだ。机の下、膝の上で握った拳に力がこもる。
「グループ内で、ちょっとした企画を行おうと思っています」
「企画、ですか?」
「はい。詳しくはこの後のミーティングで説明しますが」
前置きの後、田中は資料をもう一ページ捲った。
「リスナーの間で、他の三人が養成所出身であることで、ニコくんとの間に溝があるのではないか、という意見が出てきています。スタッフとしてもフォローし切れていなかった部分があると思いますので、まずはその辺りを払拭していきたいなと」
「はあ……」
「それから、一周年はみんなのスケジュールが合わず、お祝いらしいお祝い企画も出来なかったので、二年目に突入するにあたって何か企画を立てても良いのでは、という結論に至りました。メンバー間の絆を深めるという意味でも、良いタイミングではないかと」
「……なるほど」
そもそも、なぜ養成所出身者三名と素人一名という凸凹ユニットが誕生したのか。
本来、Wizardsは養成所出身者のみで構成された、男性四人組ユニットとしてデビューするはずだった。けれど、デビュー間近になって、そのうちの一人が急遽脱退することになり、急ぎ、メンバーを追加しなければならなくなってしまったのだ。
詳細な理由は伏せられていて、現在も色々な憶測が飛び交っているところではあるが、とにかく緊急オーディションが行われ、そこで運良くその席を勝ち取ったのがニコだった。
当時は飛び上がって喜んだものだったけれど、選ばれた理由がもうすでに用意済みだったアバターモデルに一番近い体型であったから、と裏事情を知ってしまった後では、複雑な気持ちにしかならない。
今後、ニコの知名度が爆発的に上がることがあれば、雑談のネタの一つにできるかもしれないけれど……経験豊富なメンバーの中に一人放り込まれると知っていたら、当時のニコがいくら職探しに急いていたとしても、オーディションに申し込んだかどうか怪しいところだ。
そんな前提があるおかげで、ニコとその他の三人の間にちょっとした隔たりがあるのは、まったくの嘘というわけでもなく、多少は仕方がないことでもあった。
デビューしてあっという間に一年が過ぎ、二年目に突入した今も、他の三人とニコの間には遠慮という微妙な距離がある。
リスナーが噂するような溝というほどの険悪なものではないけれど、お互いが、どう接しようか様子を見ているうちに月日が流れていってしまった……というのが、真実に一番近いんじゃないだろうか。
リスナーの目は鋭いと、改めて思い知らされる。そういうつもりがなくても、画面の中の僅かな遠慮や綻びは、すぐに見破られてしまうらしい。
でも、一つだけ誤解をしないで欲しいのが、ニコが三人を嫌っているんじゃないか、っていうこと。嫌っていて、距離を置いているんじゃないかっていうこと。
そんなことは全然ない。まったくない。逆がどうかは知らないけれど、あったらすごく悲しいけれど。三人を前にすると緊張をしこそすれ、嫌いだなんて気持ちはこれっぽっちもなかった。
とんでもなく、緊張はするけれど。
だって、オーラがすごいのだ。Wizardsのアバターは、有名なイラストレーターグループが四人をトータルでスタイリングしたとあって、発表当初から人気があった。
リスナーはアバターを纏った自分たちの姿しか知らないけれど、同じユニットに所属していれば、当然中身同士が直接会う機会もある。インフィニティライブは対面でのミーティングが多く(どうしても都合が合わないときはオンラインになるが)、月に一度はマネージャーも含めて顔を合わせていた。
些細なことですれ違うことがないようにとの配慮であったが、対立こそしないものの、一年を過ぎても仲が深まる気配のない自分たちに効果があるかどうかは、正直に言ってわからない。喧嘩別れしてしまうユニットが少なからずあることを考えれば、マイナスにならないだけいいのだろうか。
で、だ。オーラというのは、アバターを纏ったうえでの、配信での存在感ももちろんだけれど、どちらかというと、素の三人――中身――から圧倒的なそれを感じることの方がニコは強かった。
三人ともが非常に整った容姿をしていて、アバターを着用せずとも十分に魅力的なのだ。実はモデル業をしていると言われても、少しも疑いはしない。
ニコはといえば、特に容姿に秀でているわけでもなく、中肉中背で顔立ちもぱっとしない。素の状態で三人の中に入ると、完全に埋もれてしまって印象には残らないだろう。アバターのおかげで、なんとか形を保てている状態だ。
だから、ニコにとって、素の状態でも魅力的で、なおかつ養成所で豊富な経験を積み、満を持してデビューをした彼らは、隣に並ぶのもおこがましいと思うほどのカリスマ的存在で、憧れの対象なのだ。同じユニットに所属しているとはいえ、完全におまけの自分がおいそれと気軽に絡んで良い人たちではない。
そんな遠慮の気持ちが、きっと自分たちの間に明確な距離を作っている。
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