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卒業危機
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インフィニティライブは、まだ出来て十年に満たない新しい会社だ。主にバーチャルライバーに関連する事業を展開しており、所属するライバー数の多さからも着実に知名度を上げている。
一番特徴的なのが、他社と異なり自社で運営する養成所があることだろう。そこでこの業界のノウハウを学んだライバーたちは、デビューをしてからも安定した活動を続けており、確実なスキルでもってこのコンテンツを盛り上げている。
「今日、お呼びした理由なんですが」
インフィニティライブの本社ビル。通称、無限ビルの一角にあるミーティングルームは十人ほどが入れる個室であったけれど、今この中にいるのは、ニコとマネージャーである田中だけだった。
直接聞いたことはないが、三十代中頃だと思う。ひょろりとした薄い体とフレームレスの眼鏡が特徴的な男は、いつものようにくっとペンの先でレンズを押し上げた。
「……はい」
緊張で体が強張る。
呼ばれた理由はなんとなくわかっていた。いや、なんとなくどころではない。きっと、もうそれしかないだろうという理由にまで思い至っていた。
この無限ビルには、基本的にはインフィニティライブの社員か、所属タレント――ライバー――しか出入りすることは出来ない。セキュリティも厳重で、指定のIDカードがなければどの扉も通過することが出来なかった。
ニコは後者だ。このインフィニティライブに所属するタレント、つまりバーチャルライバーである。
Wizardsというユニットで活動する、まだデビューしてようやっと一年経ったばかりの新人。
Wizardsは、その名の通り魔法使いをコンセプトにしたユニットで、ロゼ、イチカ、ニコ、ミカドの男性ライバー四人で構成されている。
そんな新人が、定期ミーティングの日に一人だけ早く呼ばれた理由――。
「率直に言うと、ニコくんのチャンネルに関することなんですが」
「はい」
「あんまり驚かない?」
「呼ばれた原因に心当たりがあるというか、自覚があるというか。ちょっと覚悟して来たので……」
ハハ、と乾いた笑いを零すと、田中は困ったように肩を竦める。
「そう身構えないでください。今すぐに卒業どうこうって話じゃないです」
(今すぐに……)
ってことは、近く結果を出せなければ、将来的には十分にありえる話……ということだ。田中は基本的には良い人だと思うのだけれど、ときどきびっくりするようなナイフを喉元に突きつけてくるので、そのたびに、ニコは笑みの裏でぐっと奥歯を噛みしめる。
いつか、こういう話になるだろうと覚悟していた。むしろ、遅かったぐらいだ。新人ということで目を瞑ってくれていた部分が多くあるのだろうと思う。
「再生数の伸び、それからチャンネル登録者数が、今のままのペースだとちょっと厳しいかなと思っています」
同じ0からスタートしたはずなのに、グループの中でニコだけが飛び抜けて遅れを取っていた。
「ニコくんは養成所出身ではないですし多少仕方がない部分もあると思うのですが、それを差し引いても、新人の数字としてちょっと伸び悩んでしまっているかなと」
「……はい」
「他のメンバーと比べてここまで差が出てしまうのは、リスナーへの印象としても、ニコくんへの影響としてもあまりよくないかな、というのが社内で出ている意見です」
ニコ以外の三人は、前述の自社養成所の卒業生だった。
養成所では、スキルを身につけるカリキュラムの一環として、専用チャンネルでの配信なども行われる。熱心なファンはそこから推しを見つけ出し応援を始めるので、デビューしたての新人といっても、養成所出身者はすでに数万単位のリスナーを持っていることが少なくない。
まったくの素人であるニコとは、ベースにあきらかな差があるのだ。
一番特徴的なのが、他社と異なり自社で運営する養成所があることだろう。そこでこの業界のノウハウを学んだライバーたちは、デビューをしてからも安定した活動を続けており、確実なスキルでもってこのコンテンツを盛り上げている。
「今日、お呼びした理由なんですが」
インフィニティライブの本社ビル。通称、無限ビルの一角にあるミーティングルームは十人ほどが入れる個室であったけれど、今この中にいるのは、ニコとマネージャーである田中だけだった。
直接聞いたことはないが、三十代中頃だと思う。ひょろりとした薄い体とフレームレスの眼鏡が特徴的な男は、いつものようにくっとペンの先でレンズを押し上げた。
「……はい」
緊張で体が強張る。
呼ばれた理由はなんとなくわかっていた。いや、なんとなくどころではない。きっと、もうそれしかないだろうという理由にまで思い至っていた。
この無限ビルには、基本的にはインフィニティライブの社員か、所属タレント――ライバー――しか出入りすることは出来ない。セキュリティも厳重で、指定のIDカードがなければどの扉も通過することが出来なかった。
ニコは後者だ。このインフィニティライブに所属するタレント、つまりバーチャルライバーである。
Wizardsというユニットで活動する、まだデビューしてようやっと一年経ったばかりの新人。
Wizardsは、その名の通り魔法使いをコンセプトにしたユニットで、ロゼ、イチカ、ニコ、ミカドの男性ライバー四人で構成されている。
そんな新人が、定期ミーティングの日に一人だけ早く呼ばれた理由――。
「率直に言うと、ニコくんのチャンネルに関することなんですが」
「はい」
「あんまり驚かない?」
「呼ばれた原因に心当たりがあるというか、自覚があるというか。ちょっと覚悟して来たので……」
ハハ、と乾いた笑いを零すと、田中は困ったように肩を竦める。
「そう身構えないでください。今すぐに卒業どうこうって話じゃないです」
(今すぐに……)
ってことは、近く結果を出せなければ、将来的には十分にありえる話……ということだ。田中は基本的には良い人だと思うのだけれど、ときどきびっくりするようなナイフを喉元に突きつけてくるので、そのたびに、ニコは笑みの裏でぐっと奥歯を噛みしめる。
いつか、こういう話になるだろうと覚悟していた。むしろ、遅かったぐらいだ。新人ということで目を瞑ってくれていた部分が多くあるのだろうと思う。
「再生数の伸び、それからチャンネル登録者数が、今のままのペースだとちょっと厳しいかなと思っています」
同じ0からスタートしたはずなのに、グループの中でニコだけが飛び抜けて遅れを取っていた。
「ニコくんは養成所出身ではないですし多少仕方がない部分もあると思うのですが、それを差し引いても、新人の数字としてちょっと伸び悩んでしまっているかなと」
「……はい」
「他のメンバーと比べてここまで差が出てしまうのは、リスナーへの印象としても、ニコくんへの影響としてもあまりよくないかな、というのが社内で出ている意見です」
ニコ以外の三人は、前述の自社養成所の卒業生だった。
養成所では、スキルを身につけるカリキュラムの一環として、専用チャンネルでの配信なども行われる。熱心なファンはそこから推しを見つけ出し応援を始めるので、デビューしたての新人といっても、養成所出身者はすでに数万単位のリスナーを持っていることが少なくない。
まったくの素人であるニコとは、ベースにあきらかな差があるのだ。
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