monochrome dawn

雨ノ森

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September song

September song

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いつの間にか見上げた空は高くなっていた。
時折抜けていく風は涼しく、肌で感じる秋の気配は8月の茹だるような暑さからの解放を感じさせ気持ちを軽くした。

「はあー、寂しいなぁ」
「以千佳ちゃん執拗い」
カウンターに並んで牛丼を待つ間、ついまた言ってしまう。
「送別会とかあるんですか」
「おう、人気モンだからな」
 俺のお椀を見ながらやっぱりあさり汁にすればよかったとかどうでもいいことを言いながら牛丼を口に運ぶ。
外では雑キャラを張ってるくせに、ちゃんと見ていると食事やふとした仕草に品があってドキリとさせられる。
「以千佳ちゃん」
「え?あ、はい」
「見過ぎ」
 顔を赤くして真白さんが呟く。どうやら丼を持ったまま眺めていたようで我ながらぼうっとし過ぎだろうと反省した。
 
真白さんとの最後の仕事はコンパクトサイズのシェーバーで、一見それとは見えないシンプルでスタイリッシュなフォルムには賛否両論あったが最終的に企画の俺が推しまくって商品化まで持っていった。そして来週のプレス発表を待たずに真白さんは退職する。
「あんなカッコイイの次のところに持っていかなくて良かったんですか?」
「以千佳ちゃんとの最後の仕事だしね、推してくれて良かった」
「最後の仕事」という言葉に切なくなる。
「ま、後は頑張ってガンガン売ってくれや」
そう言うとさっさと席を立ち、俺の分まで先を越して一緒に支払ってしまう。
「メシ奢られたくらいでそんな絶望的な顔すんなよ、その分後輩世話してやんな」
とっつきにくそうにしているのにこういうところは実に兄貴気質だ。距離が近くなって見えてくる真白さんは本当に気遣いの人で頭が上がらない事ばかりだった。
「そうですね、真白さんのそういうとこ見習いたいです」
「以千佳ちゃんはごちゃごちゃ考えすぎんだよ」
のんびり歩いて戻っているとマーケから連絡が入る。何でもプレス発表の打ち合わせの時間を早めたいということだった。
引継ぎもない真白さんは担当していた仕事の入稿を終え、ここ数日は社内ニート状態だと言う。暇だ暇だと言いながらデザイン部の過去のアーカイブやらファイルやらの整理をしているらしかった。
 
オフィスに戻ると向かいの席の子が待ってましたとばかりに俺に声をかける。
「目黒先輩ってデザインの小林さんと仲良いんですよね?飲みに行ったりするんですか?」
今まで小林さんのコの字も言わなかったのに急にこれだ。
「うん、たまにね」
「えー、今度行く時誘ってくださいよぉ」
「吉原さん、小林さん苦手って言ってなかったっけ?」
後輩の女の子相手につい邪な嫉妬心が出てしまい意地悪を言ってしまう。
「えー、でもよく見たらカッコイイじゃないですかぁ、それに社外の人になるしちょっといいかなって」
うんざりした表情を出さないように頑張って笑顔を作り「じゃあ今度、機会があったらね」
真白さんには指1本だって触らせるものかと早々に話を切りあげ、打ち合わせに向かった。
 
会議室に入ると何故か真白さんが居た。ぽかんと見ているとマーケの担当が「ほら、もう始めるんで出て下さいよ」と帰そうとする。
「まま、俺の事は気にすんなよ。さあさあはじめてはじめて~」と隅の椅子をガタガタと出して勝手に座った。
 マーケもさすがに担当デザイナーの真白さんにはそれ以上言えず、諦めてPCを開いた。
 当初真白さんはフリーランスになるのではという噂がまことしやかに囁かれていた。言動は確かにサラリーマン向きではないように見えるが「サラリーマンが一番ラク」と割り切っていた。
競合他社にヘッドハントされた事をあれこれ言う奴もいる。だからこそこのヒットするであろう仕事を最後に置いていくのだ。
今日はプロモーションで使う画像と進行の最終確認だったのであっさりとしたものだった。
「えー、終わり?時間潰せないじゃん」
ぶつぶつ文句を言いながら真白さんは出ていった。暇潰しにされたマーケは怒り心頭で「だからアイツ嫌いなんだよ」と乱暴にPCを閉じる。俺は彼を宥めながらも真白さんらしくて笑ってしまった。

その夜は真白さんの家に寄った。
もう通い慣れた道だった。職場が変われば今とはやはり同じとは行かない。新しい人間関係もあるだろうし、一緒に過ごす時間は確実に減っていくだろうと思うと勝手に寂しさを感じていた。
新しい生活を応援したい気持ちはあるが、自分は現状変わらぬまま真白さんの居なくなる会社に張り合いを無くしている。一緒に住みたいと何度か喉まで出かかったが、付き合ってまだ間もなかったし真白さんが何処まで考えているか分からなかった。余りベタベタしない彼からすれば束縛しているように思われるかもしれない、そう思っていつも言葉を飲み込んだ。

「真白さん、引越さないですよね?」
「うーん、乗り換え1回あるけど通勤時間は変わらんからね、面倒だし」
そう言って俺が買ってきたメンチカツを頬張る。
「しかしメンチカツと唐揚げってさ」
「あ、違いますよ、唐揚げはおばちゃんがオマケしてくれたんですよ」
真白さんは唐揚げを箸で持ち上げながら
「あのおばちゃん以千佳ちゃん行くと絶対オマケしてくれるよな」
「おばちゃんにはモテるんですよ」
「おっさんにもモテてるで」と言って笑った。
「そう言えばウチの女の子、吉原さんって分かります?」
「んー、さあ?わかんないけど」
「俺の向かいの席の子です。真白さんと飲み行きたいって言ってましたよ」
お、俺もモテ期到来か、と軽口を叩きながら「ご馳走様」と手を合わせる。
「女の子と2人とかダメですからね」
背後から抱き寄せると興味無いよと笑った。
「も少し飲む?それともコーヒーにする?」
洗い物を終えて濡れた手を拭きながら振り返る。
「コーヒーにしようかな、真白さんは?」
いただきもののチョコがあったと冷蔵庫を開けながら「したらコーヒーだわな」と嬉しそうに綺麗な柄の箱を出した。そんな真白さんを見て、一度ダメ元で言ってみようと思った。

「ねぇ真白さん、一緒に住みませんか」
真白さんは全く想像すらしていなかった様子で丸い大きな目をさらに大きくして俺を見た。
うーんと唸りながら頭を抱える真白さんを見て、充分だった。
「すいません、困らせるつもりじゃ無かったんです。忘れてください」
「えーっと、いいとかダメとかの以前にあんま考えて無かったわ」
「近くに住んでるってだけで奇跡なのに欲張り過ぎですね」
話を終わらせようとする俺を制してちょっとだけ待って、と真白さんは言って組んだ指先を見つめる。マンションの更新が半年後らしく、それまで考えさせて欲しいということだった。
 考えてみれば真白さんは退職前の激務からやっと解放されたばかりで、プライベートでは退職と入社の手続きなどで忙しかった。環境の変化のどさくさにここで引越しまでさせようなんて俺のエゴでしかない。
 ぽすんと隣に座る俺の肩に凭れてくる。まだまだ甘えるのが下手な真白さんのこれが精一杯の甘え方だと知っている。
「わかってます、気にしないでください」
肩を抱き寄せてこめかみにキスをした。
「これからも今まで通り好きに行き来していいから」
俺が気兼ねしないようにそっとフォローしてくれる。
「真白さんありがとう、優しい」
身体を寄せていると自然に反応し始めてしまう。真白さんを抱えるように膝に乗せて後ろから抱きしめるとそっと凭れて来るのでそのままするりとTシャツに手を滑り込ませた。
真白さんのも既に半勃ちで服の上からそっと握り込むと「んん」と小さく呻いた。
「何か今日、ずっと、したくて」
俯いて呟く真白さんの表情は見えなかったが、俺を煽るのには十分だった。耳に舌を差し込むとじっと身を固くする。
「力抜いて、気持ちよくなりましょ」
そう言って下着の中に手を滑り込ませた。


 3日後、真白さんは真っ白な花束を抱えて晴れやかに退社した。もう27階には真白さんは居なくて、この企画室に怒鳴り込んで来ることもない。
「小林さん、カッコイイ人でしたよね」
末席でいつも真白さんに絡まれていた後輩と契約デザイナーとの打ち合わせに出向いた帰りだった。
プレゼン資料が上手く纏まらず社内のフリースペースで残業していた時、ふらりと現れた真白さんにデザイン・機能寄りのプレゼンと企画・マーケ重視のプレゼンでのアピールの違いや効果的なパワポの資料の作り方など教えてくれたという。
そしてその後も何度か飲みに行ったり交流もあったようだ。
そう言えば先月の新人コンペのプレゼンは見違えるように良くなっていたのを思い出した。
「ああいう部署とかとっぱらって、スキルとか知識とか惜しげなく教えてくれる人ってカッコイイですよね」
それを聞いて真白さんがこいつを遠慮なく小突いてたのはそういう事かと分かった。
「小林さんと目黒先輩はいいバディでしたよね。あんなシェーバー俺も作りたいなぁ」
そう言ってから先ずはシェーバーを任されるようにならないとですねと恐縮した。
「俺も頑張らないとな」
そろそろ気持ちを入れ替えないとと自分に言い聞かせた。

「へぇ、あいつがね」
今日のやり取りをフォークにパスタを巻き付けながら聞いていた真白さんは他人事のように言った。
「まぁでも俺にとってラッキーだったのは企画に以千佳ちゃんが居たことだけど」
「え?どういう意味です?」
 初めて聞く言葉に驚いて思わず身を乗り出してしまう。
「相性っていうか、同じ方向を向いてる人間が企画に居たのはやっぱりやりやすかったし。横山さん時は話通じなくていつ殴ってやろうかって」
「やめてくださいよ…今度のチームはどんな感じです?」
「さあね、まぁまだどっちも様子見じゃない」
今週は新しい環境でだいぶ神経を使って疲れている様子だった。気が付けばワインをだいぶ飲んでいてもうウトウトし始めていた。
「もう飲みすぎですよ」
グラスに半分程残っているワインを飲み干そうとするのを取り上げる。

 洗い物を終えてソファに居る真白さんの隣に腰掛ける。規則正しい小さな寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。
 ローテーブルの下の段のクロッキー帳を手に取りぱらぱらと捲る。真白さんのアイデア帳のようなもので偶に鉛筆を動かしていることがあった。柔らかな線で描かれた図形の隣にスイッチのディテールがあったりと見ているだけで普段からのインプットやアウトプットを欠かさない職人気質のような人だと思った。
途中、人物の横顔のデッサンを見つけた。少ない線でザザッと描いたものだったが、面長な輪郭とセンターパートの前髪に見覚えがあった。
「え、俺?」
 思わず声に出してしまい、ちらりと隣を見遣ったが気持ちよさそうに眠ったままだった。

 翌朝休みにも関わらずいつも通りの時間に目覚め、そのままウトウトと微睡んでいると真白さんが寝返りを打って腕の中に収まった。
「起きてる?」胸に顔を埋めたままそう聞く恋人に「起きてますよ、真白さんおはよう」と答えると胸に額を擦り付けた。
「真白さん」
「ん?」まだ眠そうな顔で見上げる。顔を隠す長い前髪を指で梳いて額にキスを落とす。
クロッキー帳のことを聞こうかと思ったが、何だか野暮な気がしてそのままにすることにした。何でもないです、と言うと差ほど興味無さそうに欠伸をひとつした。
 ひとりの夜に俺を想って描いてくれたのだとすれば、それだけでもう俺には十分だった。
「真白さん、今日ドライブ行きません?」
カーテンから差し込む9月の陽射しは柔らかく、きっとドライブには最適な日だと思った。
 
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