Coffee first, Schemes later

雨ノ森

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4. shakerato / americano

Coffee first, Schemes later

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[shakerato]
 
 「昨日の飲み会どうだった?可愛い子いた?」
学食で昼飯を食いながら向かいの拓未に聞く。高校の時から付き合っていた彼女と半年前に別れてから、積極的に合コンや飲み会に顔は出していて、デートはしてるようだけど決まった子はなかなか現れないようだった。

 同じ高校だった俺は彼女のことも知っていた。どこか落ち着いて大人っぽい二人はとてもお似合いで実際とても自立した仲の良いカップルだった。仲がいいと思っていたが、数か月前に突然「別れた」と拓未から告げられ、当然なぜ別れたのか聞いたがそれについては話したがらなかった。
比べちゃったりしてんじゃないの?と茶々を入れると「うるせーよ」と一蹴された。
「あー、もしかして俺に先に恋人出来たからって拗ねてる?」と揶揄うと
「お前のそういうとこ、ムカつくんだよ」と言って立ち上がり、まだ食べかけのうどんが乗ったトレーを持ってガタンと音を立てて席を立った。
 安定のやり取りと思っていたが、今までにない反応が帰って来て面食らう。見ていた同じゼミのやつが「なになに喧嘩?」と寄ってくる。「そんなんじゃねーよ」と言ったものの、いつもと同じに行かない違和感を感じてもやもやした気分だけ残った。
 拓未は多分自分に苛ついてる。そしてその原因に蓋をしたいのに中を覗きに来る俺に警戒してるのだ。警戒心が高まり俺を跳ね返そうと強い言葉と態度で拒絶する。そこまでして見られたくないものは何なのだろう。
 
 翌日新館のカフェテリアで拓未を見つけ、昨日の疑問をぶつけに行く。
「拓未、昨日のことだけどよ」
「あのさ悪ぃ、少し放っておいてくんねぇ?」とうんざりした顔をした。
「彼女出来なくてイライラしてるだけに見えねぇんだけど、なんか俺に文句ある?」
「性欲の権化みたいに言うなよ。文句あんのは毎度そういう執拗いとこと無神経なとこ」と言った。
拓未がこういう態度に出る時はこれ以上拗らせて険悪にならないよう俺を追い払うためだ。
「執拗いかなぁ、史緒にもこないだ言われたけど」と言うと
「誰?ふみお?」
「史緒だよ、鹿野史緒。」
「え、お前鹿野さんのこと呼び捨てなん?」と嫌な顔をする。
「え?何でおかしい?」
「え?あぁ別に何でもない」と顔を逸らして口を噤んだ。そのまま考え事をしてるような様子で開いていたPCに目を落とす。
「それだけなら話すことねぇよ、もういいだろ?」吐き捨てるように言うと荷物をリュックに放り込んでカフェテリアを出て行ってしまい、飲みかけのコーヒーだけが残された。「ったく何なんだよ」普段聡い友人の不安定な様子に俺もお手上げだった。
 
 週末は史緒のマンションで二人きりの時間を過ごす。
対面座位で抱き合い、ゆったりと一定のリズムで奥を突き時間をかけて徐々に快感を高めていく。ナカが熱い。史緒の腰も揺れ始め、自ら快感を拾いに来る。「あ、あ、」と肩越しに声が漏れ始める「史緒、気持ちぃ?」と聞くと首元に顔を埋めながらコクコクと頷いた。

そういえば、と思い出す。
最近拓未が機嫌を悪くするのは史緒の話が出た時じゃないか。史緒の話をする俺が嫌なのか。
いやそんなはずがない、まさかの気持ちもあったが、そうなると答えは一つだった。
「…陸?」我に返ると史緒が息を整えながら不思議そうに見ている。
「考え事?」
そう言われて動きを止めていた自分に気づいてはっとする。
「気分が乗らない?」
「ごめん、もう考え事終わり」
そっと身体を倒すと史緒が好きなな浅い所をゆっくり掻き回した。
 
「ねぇ史緒」
シャワーを浴びて新しいシーツを纏う。拓未が最近変って言ったじゃん。と言うと「うん」と少し眠たそうに返事をする。
「何となく、理由が分かったんだよね。」
「それ、河井くんに直球で聞くの?」
「多分、その方がいいと思う」
「そっか。でも回避できる選択肢を用意してあげるんだよ」と言って俺の首元に顔を埋める。俺は正論をぶつけ、相手を理詰めにしてしまう傾向があるのでそれを心配してくれているのだ。
「ありがと、分かってる」史緒の言葉に頷き、亜麻色の柔らかい癖毛をそっと指に搦めた。
「仲が良くても、踏み込んじゃ行けない領域もきっとあると思う。河井くんから話せる時が来るのを待つのもそれは陸の選択肢だよ」

 俺と拓未の仲を知っていて史緒は心配してくれている。
きっと二人はお互いを補完し合ってるんだね、といつか言われたことがある。俺たちはいつも違うものを選ぶがお互いがどれを選ぶかも間違いなく分かるのだ。
 史緒のお陰で元気出たからもう一回しよ?と囁くと「え?無理無理、今日はもう無理!」と抵抗したが史緒は明日休みでしょ?と言うと「んんん」と恨めしそうに上目遣いをする。そしてもちろん一回じゃ終われなかった。
 

   五限終わりで喫煙所に行くと拓未がいた。 
「何だお前かよ」と非喫煙者の俺に悪態をつく。
「ちょっと話しようぜ」と喫煙所から連れ出し、夕方になって閑散とした中庭のベンチに腰掛けた。
「最近のお前のアレだけどさ」と切り出すと「しつけぇな何だよ、何度も言うけどお前と喧嘩する気はないからな」と牽制する。
「お前、史緒のこと好きなんじゃねえのかなって」とズバリ聞くと河井は目を丸くしてフリーズした。
 拓未は恐らく何か言わねばと口を動かしていたが、声にならなかった。実際それくらい驚いていて、思っていた以上に動揺する親友に史緒の助言が過ぎった。
視線を逸らし、身体ごと横を向くと
「何バカなこと言ってんだよ、俺がゲイじゃないって知ってんだろ」とやっとそれだけ言った。
「知ってる、でも史緒のこと」
「お前、仮にそうだったとして、そんなこと俺に言わせてどうするつもりなんだよ。『俺が彼氏ですけど』ってマウント取るのかよ」
拓未の口調は静かだが、怒りと動揺を抑えているのは僅かに震える声で分かる。
「俺はお前とこれからも友達でいたいからさ、だからわだかまりみたいなの無かったことにしたくないし、例えちゃんと解決出来なくてもせめて共有させろよ。」
 そして「このままじゃ、前みたく付き合えないじゃん」と言うと拓未は盛大にため息をついた。
「ホントにお前は人の気も知らねえでいつも土足でズカズカ入ってくんだよな」と呆れたような様子で言った。
 そして何か決心をつけるようにじっと考えていたが、やがて前を見据えたまま
「俺とお前の仲だからな、絶対誰にも言うなよ」と前置きした。
 
 
[americano]
 
「始めはいわゆる年上の同性への憧れ、だったと思う。」
俺、長男であと妹だし、そういうのは昔から何となくあったんだよと前置きした。
「素敵な人だな、って思っていて何となくそれが『好き』なのかなって思う瞬間が何度かあって、目で追ったり会話を必要以上に意識したり。そしたら彼女と居てもなんだかそれまでみたいな気持ちになれなくなっちゃって。
 彼女も結構敏感にそれ感じててさ、最終的に『私に飽きたんでしょ』って言われてさ。でもなんか申し訳ないけど俺がこんなんだからか最後の方は喧嘩ばっかで疲れてたからちょっとホッとしたところもあったんだ。でもそれとは別に、やっぱ女の子に目を向けないとマズイって思って合コンとか行っても全然意識できなくて。」
それで鹿野さんに会わないようにバイト辞めようって思って。とポケットからタバコを出して一度咥えたが、喫煙所でないことを思い出してまたしまった。
「だからって男にしか目がいかないとか言うんじゃないんだ。多分鹿野さんだけ…なんだと思う。」
 まさか拓未がバイトを辞めた理由が史緒だとは思いもしなかった。

   拓未はあまり思いつきや頭に浮かんだ言葉や感情をそのまま口から出すことは少ない。どちらかと言うと言葉を吟味して最適な言葉を選んで伝えるタイプなので結論を急いだりすると口を噤んでしまうからなるべく口を挟まず話したいだけ話させようと思った。
「そういうの分かる?」と急に話を振られ「うん」と返事をする。
「何で鹿野さん、ゲイなんだよ」と呟く。「そしたら可能性があったかも、とか思わないで済んだのに」と言って俯いた。「お前に当たるのは筋違いだとわかってる。だからいつも後でめちゃくちゃ落ち込んで…でも惚気けてるお前見ると無性にムカつくじゃん」と恨めしげに睨んだが口元には自嘲の笑みを浮かべていた。
「鹿野さんのこと、大切にしろよ」
拓未の目には薄ら涙が浮かんでいた。俺は咄嗟にその涙を見なかった振りをした。その涙が史緒に対する叶わない恋なのか、同性を好きになった自分への悔しさなのか。
「お前、俺にめちゃくちゃ恥ずかしい話させたんだから」と滲む涙をパーカの袖で押さえた。
「別に恥ずかしくないだろ」と言ってハンドタオルを手渡した。拓未はタオルに顔を埋めて落ち着くまでじっとしていた。
「悲しいとかじゃなくて、何か涙が出るだけ」拓未の精一杯のプライドに俺は「うん」と言って落ち着くのを隣に座って待った。
 
「俺、月末からロスに研修で行くんだわ」拓未がおもむろに口を開いた。「向こうでアタマ冷やして来るわ」
「前に言ってた英文科の強化プログラムか。すげえな、審査通ったんだ」成績上位者の中の更に選抜組が参加出来るとかで、企業でのインターンシッププログラムもあるらしく、以前から拓未は選抜試験に向けて対策していた。
「どのくらい行ってんの?」
「2ヶ月弱かな」
「寂しいじゃん」
「嘘つけ」と言ってベンチから立ち上がった。「このハンカチ、貰っていい?今度買って返すわ」と言ってブルゾンのポケットに捩じ込みリュックを肩にかけた。
「どうする?飲んでく?」と聞くと「やめとく」と答えてじゃあなと正門方向へ歩いていった。それから拓未には会えなかった。出発前に定型文のような短いメッセージをやり取りした後そのまま旅立った。
 
 
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