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第7章 東の大陸編
11 アクア、離脱す
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深淵の迷宮に入ったローグは、まずナギサにこの迷宮が何階まであるか確認させた。
《ここは地下五百階ですね。百五十階以降は全てワンフロアとなっており、それが延々と繰り返される仕様となっているようです。これは……攻略と言うよりは作業となるかと。マスターでもこれは飽きるかもしれませんね》
「なるほどね。あの冒険者たちが言っていた通りだね。しかし……ワンフロア、ワンボスを三百五十回繰り返すとはなぁ。帰るか、何だこの地獄のような迷宮は……」
早くもやる気がなくなりかけているローグにジュカが進言する。
「まぁまぁローグ様。とりあえず進んでみましょう。ここには目的である竜がいるかもしれないのでしょう?」
ローグは失念していた。そして隣にいたジュカに迫る。
「そうか! ジュカがいるじゃないか! ジュカ、最下層までショートカット出来ないか?」
「はわわわ……。ローグ様の御尊顔がこんなに近くに! し、少々お待ちください!」
顔を赤くしたジュカが空間スキルを展開しようとする。
「……申し訳ありません、無理みたいです。どうやらこの迷宮は特殊な造りになっているようで……」
そこでローグも転移系スキルの検証をする。しかし転移は出来なかった。階層内の空間転移も不可であり、地道に足で攻略するしかないらしい。
「……仕方ないね、諦めて進もう。ボスを倒したら転移石が出るんだっけ。一階から順に攻略するとしよう」
ローグはナギサに最短ルートを表示させ、サクサクと階層を進んでいく。浅い階層では駆け出しの冒険者だろうか、モンスター相手に四苦八苦していた。
「あれは駆け出し冒険者かな。まだ若いね。レベルもこの階層に丁度良さそうだし、良い訓練場所になってるみたいだ。さて、今日中にとりあえず地下百階まで行こうか。ジュカ、ちゃんとついて来てよ?」
「はいっ! では参りましょう」
ローグはジュカと二人で連携し迷宮をどんどん進んでいく。ちなみに水竜は未だ質の悪い酒のせいでジュカの亜空間内でキラキラを製造中だ。ローグは連れて来なければ良かったと思い始めていた。
しかし、ローグもジュカも猛者だ。今更この浅い階層で二人の敵となるようなモンスターは皆無であり、問題なく迷宮攻略を進めていった。
こうして深淵の迷宮挑戦初日、目標である地下百階まで到達したローグ達は、階層ボスを攻略し地下百階の転移石を入手する。そして道中手に入れた脱出石で地上へと戻った。地上に戻るとジュカが声を掛けてきた。
「ローグ様、アクアの状態が回復したようです」
「忘れてた。出してくれる?」
ジュカが亜空間を開き水竜を出す。
「アクア、反省した?」
「わ、私は悪くない! 悪いのは質の悪い酒を出したあの酒場よっ!」
水竜はまるで反省していなかった。
「質の問題か? 確かにそんな良い酒じゃなかったけど……。単に飲みすぎただけじゃないか」
「失礼ね。この私があんな量で潰れるわけないじゃない」
「とにかくだ、アクアはしばらくの間酒禁止ね」
「な、なんでよぉぉぉぉっ!?」
「迷宮攻略に支障が出るだろ!? 今日お前何もしてないじゃん!」
「うぐ……」
水竜はぐうの音もでなかった。
「アースガルドに帰るか?」
「それはイヤ! 暇すぎて死んじゃう!」
「じゃあ酒はやめるんだ。良い?」
「……はい」
今度こそしっかりと釘を刺し、ローグ達は先日訪れた酒場に向かった。酒場に入ると昨日会った冒険者二人がこちらに気付き、手を振っていた。
「あ、こっちこっち~」
別に拒否する理由もなかったのでローグ達はそこに向かった。席に着き注文を終えると冒険者が話し掛けてくる。
「ね、今日は迷宮に潜ったんでしょ? 何階まで行ったの?」
「ん? ああ、今日は地下百階までかな。君達は?」
「地下百階!? もうそんなに進んだの!? さすがゴッドランク冒険者ね。私達は今日も変わらず七十七階で荒稼ぎかな。そうだ、ローグ達は宿とかどうしてる? お金があって長く留まるならさ、宿に泊まるより自分の家を買っちゃった方が安いわよ?」
「家かぁ。でもそんな長く留まる気はないし……」
そこでローグは二人の様子を見て何かに気付いた。
「まさかとは思うけど……俺が家を買ったからって自分たちの宿代を浮かすために押しかけて来ないよね?」
そうカマをかけると二人は慌て挙動不審になった。
「ま、ままままっさかぁ~。ね、ねぇ? イリヤ?」
「そ、そうですよ~。純粋な親切心からですよ~。ね、エーラ」
二人の目は明らかに泳いでいた。そんな二人にローグはこう告げる。
「悪いけど本当に長居する気は無いんだ。目的は最下層だけど今日潜った感じだとそんなに時間かからないだろうし。ここに家を買うのは長くここで稼ぎたい冒険者達かボス部屋で自分を鍛えたい冒険者達だろう? どちらも俺の目的じゃない」
「そう……残念ね。でも攻略中に得た素材や転移石とかは売るんでしょ? 町にもお金落とさないと景気が悪くなっちゃいそうよ?」
「だから家を買えって? 金はあってもごめんだね。もし買うとしてもこんなむさ苦しくてごみごみした町の中じゃなくてさ、もっとこう景色の良い丘の上とかに買うよ」
「あぁ、それも良い……」
「ほ~う、ずいぶん景気が良いじゃねぇか」
「「「は?」」」
二人と家について会話をしていると、突然背後から男が声を掛けてきた。ローグはうんざりした様子で後ろを振り向く。
「兄ちゃん、見ねぇ顔だな? 女四人も侍らしやがって。見せつけてくれんじゃねぇか、あぁん? 家を買えるほど金が余ってるんなら俺たちが代わりに使ってやんよ。おら、有り金全部出しな」
いかにも悪そうな風貌で荒ぶる男の後ろでは似たような恰好をした三人の男達がニヤつきながら腕組みをし立っていた。この手の愚か者はどの大陸にもいるのだなと、ローグは罰を与えるためあえて挑発的なセリフを口にする。
「僻みか? 不味いのはそのゴブリンに似た顔だけにしてくれよ。それとも……人間の女に相手にされなくて自分が人間だって忘れかけてるのか?」
「「「「ぶふぅぅぅっ!!」」」」
エーラ達だけではなく、ローグ達の座る卓の周りの客も盛大に吹いていた。周囲から聞こえる笑い声に激高し、男はローグに向かって叫んだ。
「て、てめぇぇぇっ!! 表ん出ろや! ぶっ殺してやんよ!!」
そこでエーラが男の顔を思い出しローグに忠告する。
「ちょっ、ローグ、ローグ。アイツらはヤバいって。有名な極悪冒険者パーティーの【暁】よ!」
だがローグはそれがどうしたと言わんばかりに席を立つ。
「知らないな。まぁ、俺に手を出す事の愚かさを奴らにキッチリと教えてやるさ」
「じ、上等だゴラァァッ!」
ローグは一人酒場の外に出て冒険者パーティー四人と対峙する。酒場の前にはいつの間にかギャラリーが集まり、どちらが勝つか賭けを始めていた。
ローグは四人に囲まれながらもさらに挑発を上乗せする。
「来いよ、迷宮から逃げ出してきたゴブリン共。町の人様に迷惑を掛ける前に俺が退治してやろう」
「「「「死んだゾてめぇぇぇぇぇぇっ!!」」」」
暁の一味が鞘から剣を抜き一斉にローグに飛び掛かる。ローグは四人が自分の攻撃範囲に入った瞬間、腰に下げた刀を抜き、円を描くようにその場で回転し四人同時に斬り伏せた。もちろん峰打ちだが、四人の肋骨は綺麗に砕け散っているだろう。ローグはこの一刀で全てを片付けた。
ローグは一撃で気絶した四人を水魔法で無理矢理覚醒させ、肋骨が少し痛む程度まで回復してやり、地面に正座させた。
四人は胸の痛みに耐えつつ、地面に額を擦り付けるように謝罪を始めた。
「も、申し訳ありませんでした。酒に溺れていたみたいでして、に、二度とチョッカイかけませんので、どうか命だけは助けて下さい!」
「「「申し訳ありませんでしたぁぁっ!」」」
ローグは極悪冒険者の癖に酒に溺れていたはないだろうと思いつつも、しっかりと釘を刺しておいた。
「次はないぞ。今回はこれで見逃してやるけど……、もし今後他の冒険者に絡んでいる所を見ただけで次は冒険者ギルドに突き出す。そして噂が聞こえただけでも突き出す。わかったか?」
「「「「ひっ! も、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁっ!!」」」」
睨みをきかせたローグに怯え、暁の連中は飛ぶ様に町の喧騒の中へと消えて行った。ローグは何もなかったかのように振り向き、ウエイトレスにこう言った。
「騒がせてすまなかった。詫びと言ってはなんだけどさ、今酒場にいる人達の飲食代は全部俺が持つよ。いくらになるかな?」
「へ? ぜ、全員分ですか!?」
「うん。黒金貨一枚で足りるかな? 迷惑料込みで」
「は、はい! 十分です!」
ウエイトレスの返事を受けローグは店内に戻り中にいる全ての客に向かってこう宣言した。
「皆! 騒がせた詫びだ! 今日の代金は俺が払うから、今から好きなだけ飲み食いしてってくれ!」
「「「「お……おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」
店内に大歓声が溢れた。皆、酒を片手に次々と料理を注文していく。酒場のマスターは大急ぎで料理を作り始めた。ローグは感謝を述べる客達に手を振りながら卓に戻る。
「ただいま」
すると涼しい顔で戻ってきたローグに驚いた表情でエーラがこう言った。
「ローグ、あなたって……とんでもなく強いのね」
「そう? あんなの全員大した事なかったよ?」
「いやいや、あの人達の暁ってパーティーなんだけどさ、ああ見えて実力はゴールドランクの上位に入るのよ?」
それを聞き今度はローグが驚いた。
「は? あ、あれで? 冒険者の質も落ちたものだ。やれやれだなぁ……」
その後、エーラ達と他愛ない雑談をし、酒場に金を支払いローグ達は宿に戻った。
「もしかしてこの大陸の基準が甘いのかな? あれでゴールドランクとはなぁ。素行も悪いみたいだし」
それにジュカが自分の考えを述べる。
「おそらくはこの迷宮のせいかもしれませんね。ここで成果を出せば自然とランクが上がるのでは? 百五十階以降はワンフロアワンボスです。レベルを上げるための最適な環境が揃っているのだと思われます」
その意見にローグが頷く。
「なるほどねぇ。変に力だけつけた奴が調子に乗っていると。やれやれ、困ったものだ。転移石なんてものがあるから毎日ボス戦出来るせいで、レベルだけ上がっていったんだな。けどまぁ……奴らは絡む相手を間違えたな。まさか俺に絡んでくるなんてさ。ところで、アクアはどうした?」
ジュカは無言でトイレを指差した。
「おぅぇぇぇぇぇっ……。お、おかしいわっ! やたら食欲はわくし、ちょっと飲んだら吐き気が……っぷ」
水竜は叫びながらトイレに籠っていた。しかも酒を禁止したはずにも関わらず飲んだようだ。
「酒は禁止した……ん? 食欲がわく? 吐き気?」
ローグは水竜の状態を見てある状態が頭に浮かんだ。
「アクア、まさかとは思うがお前……。もしかしてだが妊娠……してるんじゃないのか?」
「はぁ? 妊娠? ……妊娠!? え、それって私とローグの子供が出来たって事!?」
ローグは呆れながら水竜に言った。
「アホか。そんな事は一切していないのに俺の子ができるわけがないだろう」
「……」
水竜はフイッと視線を外した。
「……アクア。正直に言え。してないよなぁ……?」
ローグの睨みに耐えきれず、水竜は自分のした所業を洗いざらい口にした。
「ご……ごめんなさぁぁぁぁいっ! 悪気はなかったの!」
「なっ!? いつだっ!」
「ちょっ! 待って待って! 竜は違うのよ!」
「何がだ!」
水竜は竜の生態について語り始める。
「り、竜は交尾をしなくても子が作れるのよ!」
「……は?」
「竜は自分の魔力と相手の魔力で子を作るのよ。じゃないと人化出来ない竜は別種と子を作れないでしょ?」
「魔力で……」
ローグは呆れながら話を聞いていた。
「だからってお前……。勝手に何してくれてんの!?」
「だってぇぇぇっ! 聖竜とかめっちゃローグ狙ってるんだもんっ! 後から来たくせに負けてらんないじゃないっ!」
「いやいや。そんなんで子供作るか? そこまでアホだったのか?」
「な、アホってなによ! 好きな相手と子供作りたいって思うのは普通でしょ!」
そう言って水竜は顔を赤らめた。ローグも少し顔が熱くなっている。
「お前……。はぁぁ……。とりあえず話はわかった。一応確認するからベッドに横になってくれ」
「う、うん……」
水竜は大人しくベッドに横になった。ローグは水竜の下腹部に手をかざし、スキャンを掛ける。
「……確かに妊娠してるなこれ。これは卵……か?」
「マジで!? 私……お母さんになれるのっ!?」
「ああ、どうやらそうみたいだな」
確認し子が宿っていると知った水竜はベッドの上で飛び跳ねた。
「や、ややや……やったぁぁぁぁっ! 私、ローグの子供できちゃった! きゃあ、きゃあ~っ!」
水竜は今まで見たこともないような幸せそうな表情を浮かべ、自分の腹を擦りながら喜んでいた。それを見たローグはもはや何も言えなくなった。そして起きてしまった現実を受け止め、水竜に尋ねる。
「起きてしまった事はどうにもならないな。まさかお前がそこまで俺に惚れていたとはな」
「はぁ? 事あるごとに告白してたじゃないの」
「……今一嘘くさかったんだよ」
「ぶっ飛ばすわよ!?」
イキる水竜をなだめつつ、ローグは質問を続ける。
「ところでさ、竜ってどうやって子を産むんだ?」
「そうね。ある程度まで卵が大きくなったらこう……口からポンって。それから肌で温めつつ殻の上から魔力を注いで孵化させるのよ」
「口から……」
水竜は幸せそうな顔で微笑んでいた。ローグはもはや諦めた。そしてコロン達にどう説明したものかと頭を悩ませる。
「はぁ……。アクア、コロン達にはお前からちゃんと説明するんだぞ? あの二人は俺の妻なんだからな?」
「……ちなみに二人とは……?」
「見ててわからなかつたか? そんな暇は微塵もなかっただろうに」
「あ、あはは。ねぇ、ローグ。私……殺されないよね?」
「さぁなぁ。なんとも言えないな。コロン辺りはちゃんと説明したら許してくれそうだけど……。フローラはわからないな。ご飯がスープだけになりかねない」
「そんなっ!? お腹の子が育たないじゃない!」
「魔力で育つんだろうが、全く。母親になるんだしそろそろそのお気楽な性格は直した方が良いぞ」
「……はい」
軽く説教をし、ローグはジュカに話し掛けた。
「じゃあジュカ。俺はアクアをアースガルドに戻してくるからさ、ジュカはここで待ってて」
「かしこまりました。では私はここで待っております」
「すまないね、ホント……」
ローグは水竜を連れ、アースガルド城へとに転移した。すると真っ先に第一王妃であるコロンに見つかってしまった。
「あら、ローグにアクア? どうしたの?」
「コ、コロン!? いや…その……。ほらアクア、説明してくれ」
珍しく対応に悩むローグをよそに、水竜は笑顔でコロンに宣言した。
「コロン、私ローグの赤ちゃんできちゃった!」
コロンは一瞬呆気にとられ、数秒後絶叫した。
「は、はぁぁぁぁっ!? あ、赤ちゃん!? う、嘘でしょっ!?」
「本当よ。さっきローグに調べてもらったもの」
するとコロンは鬼のような形相でローグに詰め寄ってきた。
「ロォォォォグ! あなたっ! 私という妻がいながら何してんのっ!?」
「ま、待てっ! 俺は神に誓って何もしてないっ!」
「だってアクアが!」
そこで水竜はコロンにも竜の生態について語った。
「ま、魔力で妊娠?」
「そうよ~。ローグが寝てる時にちょっとね。ごめんね~」
コロンは少し安堵していた。
「ま、まぁ……。第一王妃の私より先に作っちゃったのは許せないけど……。考えたらアクアも私と同じくらいローグと一緒にいるものね。まぁ……羨ましいっちゃ羨ましいけど……。気持ちもわからなくないから許してあげる」
「コロン~!」
水竜はコロンに抱きついていった。
「ああ、でも……フローラはなんて言うかしらねぇ……。出会いで言ったらフローラの方が私達より先にローグと会ってるじゃない? 多分滅茶苦茶怒るんじゃないかなぁ……」
「……コロン。助けて」
「い~や~です~。ちゃんと自分で納得させなさい」
「あぁぁぁぁ……」
水竜は地面に崩れ落ちるのだった。
そしてローグは中庭に水竜専用の部屋を作り、出産に備えさせた。魔力でできたとはいえ初めての子だ。なんだかんだ言いながらもローグは少しだけ胸を躍らせていた。
「じゃあ、アクア。あまり無理はしないようにな? それと、間違っても酒は飲むなよ?」
「うん、わかってるって。ちゃんと産んであげなきゃ」
「そうだな。なるべく早く東の大陸を攻略してくる。何かあったら遠慮なく仲間を頼るんだぞ」
「うんっ!」
ローグは水竜の頭を一撫でし、ジュカの待つ宿へと転移していった。水竜はローグの作った部屋に入り竜化を解除する。そして部屋の中央で丸くなり瞑想の態勢に入った。
「私とローグの赤ちゃん……。嬉しいなぁ……。ふふっ、絶対産んであげるからね……」
水竜はゆっくりと瞼を閉じ眠りに就くのだった。
《ここは地下五百階ですね。百五十階以降は全てワンフロアとなっており、それが延々と繰り返される仕様となっているようです。これは……攻略と言うよりは作業となるかと。マスターでもこれは飽きるかもしれませんね》
「なるほどね。あの冒険者たちが言っていた通りだね。しかし……ワンフロア、ワンボスを三百五十回繰り返すとはなぁ。帰るか、何だこの地獄のような迷宮は……」
早くもやる気がなくなりかけているローグにジュカが進言する。
「まぁまぁローグ様。とりあえず進んでみましょう。ここには目的である竜がいるかもしれないのでしょう?」
ローグは失念していた。そして隣にいたジュカに迫る。
「そうか! ジュカがいるじゃないか! ジュカ、最下層までショートカット出来ないか?」
「はわわわ……。ローグ様の御尊顔がこんなに近くに! し、少々お待ちください!」
顔を赤くしたジュカが空間スキルを展開しようとする。
「……申し訳ありません、無理みたいです。どうやらこの迷宮は特殊な造りになっているようで……」
そこでローグも転移系スキルの検証をする。しかし転移は出来なかった。階層内の空間転移も不可であり、地道に足で攻略するしかないらしい。
「……仕方ないね、諦めて進もう。ボスを倒したら転移石が出るんだっけ。一階から順に攻略するとしよう」
ローグはナギサに最短ルートを表示させ、サクサクと階層を進んでいく。浅い階層では駆け出しの冒険者だろうか、モンスター相手に四苦八苦していた。
「あれは駆け出し冒険者かな。まだ若いね。レベルもこの階層に丁度良さそうだし、良い訓練場所になってるみたいだ。さて、今日中にとりあえず地下百階まで行こうか。ジュカ、ちゃんとついて来てよ?」
「はいっ! では参りましょう」
ローグはジュカと二人で連携し迷宮をどんどん進んでいく。ちなみに水竜は未だ質の悪い酒のせいでジュカの亜空間内でキラキラを製造中だ。ローグは連れて来なければ良かったと思い始めていた。
しかし、ローグもジュカも猛者だ。今更この浅い階層で二人の敵となるようなモンスターは皆無であり、問題なく迷宮攻略を進めていった。
こうして深淵の迷宮挑戦初日、目標である地下百階まで到達したローグ達は、階層ボスを攻略し地下百階の転移石を入手する。そして道中手に入れた脱出石で地上へと戻った。地上に戻るとジュカが声を掛けてきた。
「ローグ様、アクアの状態が回復したようです」
「忘れてた。出してくれる?」
ジュカが亜空間を開き水竜を出す。
「アクア、反省した?」
「わ、私は悪くない! 悪いのは質の悪い酒を出したあの酒場よっ!」
水竜はまるで反省していなかった。
「質の問題か? 確かにそんな良い酒じゃなかったけど……。単に飲みすぎただけじゃないか」
「失礼ね。この私があんな量で潰れるわけないじゃない」
「とにかくだ、アクアはしばらくの間酒禁止ね」
「な、なんでよぉぉぉぉっ!?」
「迷宮攻略に支障が出るだろ!? 今日お前何もしてないじゃん!」
「うぐ……」
水竜はぐうの音もでなかった。
「アースガルドに帰るか?」
「それはイヤ! 暇すぎて死んじゃう!」
「じゃあ酒はやめるんだ。良い?」
「……はい」
今度こそしっかりと釘を刺し、ローグ達は先日訪れた酒場に向かった。酒場に入ると昨日会った冒険者二人がこちらに気付き、手を振っていた。
「あ、こっちこっち~」
別に拒否する理由もなかったのでローグ達はそこに向かった。席に着き注文を終えると冒険者が話し掛けてくる。
「ね、今日は迷宮に潜ったんでしょ? 何階まで行ったの?」
「ん? ああ、今日は地下百階までかな。君達は?」
「地下百階!? もうそんなに進んだの!? さすがゴッドランク冒険者ね。私達は今日も変わらず七十七階で荒稼ぎかな。そうだ、ローグ達は宿とかどうしてる? お金があって長く留まるならさ、宿に泊まるより自分の家を買っちゃった方が安いわよ?」
「家かぁ。でもそんな長く留まる気はないし……」
そこでローグは二人の様子を見て何かに気付いた。
「まさかとは思うけど……俺が家を買ったからって自分たちの宿代を浮かすために押しかけて来ないよね?」
そうカマをかけると二人は慌て挙動不審になった。
「ま、ままままっさかぁ~。ね、ねぇ? イリヤ?」
「そ、そうですよ~。純粋な親切心からですよ~。ね、エーラ」
二人の目は明らかに泳いでいた。そんな二人にローグはこう告げる。
「悪いけど本当に長居する気は無いんだ。目的は最下層だけど今日潜った感じだとそんなに時間かからないだろうし。ここに家を買うのは長くここで稼ぎたい冒険者達かボス部屋で自分を鍛えたい冒険者達だろう? どちらも俺の目的じゃない」
「そう……残念ね。でも攻略中に得た素材や転移石とかは売るんでしょ? 町にもお金落とさないと景気が悪くなっちゃいそうよ?」
「だから家を買えって? 金はあってもごめんだね。もし買うとしてもこんなむさ苦しくてごみごみした町の中じゃなくてさ、もっとこう景色の良い丘の上とかに買うよ」
「あぁ、それも良い……」
「ほ~う、ずいぶん景気が良いじゃねぇか」
「「「は?」」」
二人と家について会話をしていると、突然背後から男が声を掛けてきた。ローグはうんざりした様子で後ろを振り向く。
「兄ちゃん、見ねぇ顔だな? 女四人も侍らしやがって。見せつけてくれんじゃねぇか、あぁん? 家を買えるほど金が余ってるんなら俺たちが代わりに使ってやんよ。おら、有り金全部出しな」
いかにも悪そうな風貌で荒ぶる男の後ろでは似たような恰好をした三人の男達がニヤつきながら腕組みをし立っていた。この手の愚か者はどの大陸にもいるのだなと、ローグは罰を与えるためあえて挑発的なセリフを口にする。
「僻みか? 不味いのはそのゴブリンに似た顔だけにしてくれよ。それとも……人間の女に相手にされなくて自分が人間だって忘れかけてるのか?」
「「「「ぶふぅぅぅっ!!」」」」
エーラ達だけではなく、ローグ達の座る卓の周りの客も盛大に吹いていた。周囲から聞こえる笑い声に激高し、男はローグに向かって叫んだ。
「て、てめぇぇぇっ!! 表ん出ろや! ぶっ殺してやんよ!!」
そこでエーラが男の顔を思い出しローグに忠告する。
「ちょっ、ローグ、ローグ。アイツらはヤバいって。有名な極悪冒険者パーティーの【暁】よ!」
だがローグはそれがどうしたと言わんばかりに席を立つ。
「知らないな。まぁ、俺に手を出す事の愚かさを奴らにキッチリと教えてやるさ」
「じ、上等だゴラァァッ!」
ローグは一人酒場の外に出て冒険者パーティー四人と対峙する。酒場の前にはいつの間にかギャラリーが集まり、どちらが勝つか賭けを始めていた。
ローグは四人に囲まれながらもさらに挑発を上乗せする。
「来いよ、迷宮から逃げ出してきたゴブリン共。町の人様に迷惑を掛ける前に俺が退治してやろう」
「「「「死んだゾてめぇぇぇぇぇぇっ!!」」」」
暁の一味が鞘から剣を抜き一斉にローグに飛び掛かる。ローグは四人が自分の攻撃範囲に入った瞬間、腰に下げた刀を抜き、円を描くようにその場で回転し四人同時に斬り伏せた。もちろん峰打ちだが、四人の肋骨は綺麗に砕け散っているだろう。ローグはこの一刀で全てを片付けた。
ローグは一撃で気絶した四人を水魔法で無理矢理覚醒させ、肋骨が少し痛む程度まで回復してやり、地面に正座させた。
四人は胸の痛みに耐えつつ、地面に額を擦り付けるように謝罪を始めた。
「も、申し訳ありませんでした。酒に溺れていたみたいでして、に、二度とチョッカイかけませんので、どうか命だけは助けて下さい!」
「「「申し訳ありませんでしたぁぁっ!」」」
ローグは極悪冒険者の癖に酒に溺れていたはないだろうと思いつつも、しっかりと釘を刺しておいた。
「次はないぞ。今回はこれで見逃してやるけど……、もし今後他の冒険者に絡んでいる所を見ただけで次は冒険者ギルドに突き出す。そして噂が聞こえただけでも突き出す。わかったか?」
「「「「ひっ! も、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁっ!!」」」」
睨みをきかせたローグに怯え、暁の連中は飛ぶ様に町の喧騒の中へと消えて行った。ローグは何もなかったかのように振り向き、ウエイトレスにこう言った。
「騒がせてすまなかった。詫びと言ってはなんだけどさ、今酒場にいる人達の飲食代は全部俺が持つよ。いくらになるかな?」
「へ? ぜ、全員分ですか!?」
「うん。黒金貨一枚で足りるかな? 迷惑料込みで」
「は、はい! 十分です!」
ウエイトレスの返事を受けローグは店内に戻り中にいる全ての客に向かってこう宣言した。
「皆! 騒がせた詫びだ! 今日の代金は俺が払うから、今から好きなだけ飲み食いしてってくれ!」
「「「「お……おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」
店内に大歓声が溢れた。皆、酒を片手に次々と料理を注文していく。酒場のマスターは大急ぎで料理を作り始めた。ローグは感謝を述べる客達に手を振りながら卓に戻る。
「ただいま」
すると涼しい顔で戻ってきたローグに驚いた表情でエーラがこう言った。
「ローグ、あなたって……とんでもなく強いのね」
「そう? あんなの全員大した事なかったよ?」
「いやいや、あの人達の暁ってパーティーなんだけどさ、ああ見えて実力はゴールドランクの上位に入るのよ?」
それを聞き今度はローグが驚いた。
「は? あ、あれで? 冒険者の質も落ちたものだ。やれやれだなぁ……」
その後、エーラ達と他愛ない雑談をし、酒場に金を支払いローグ達は宿に戻った。
「もしかしてこの大陸の基準が甘いのかな? あれでゴールドランクとはなぁ。素行も悪いみたいだし」
それにジュカが自分の考えを述べる。
「おそらくはこの迷宮のせいかもしれませんね。ここで成果を出せば自然とランクが上がるのでは? 百五十階以降はワンフロアワンボスです。レベルを上げるための最適な環境が揃っているのだと思われます」
その意見にローグが頷く。
「なるほどねぇ。変に力だけつけた奴が調子に乗っていると。やれやれ、困ったものだ。転移石なんてものがあるから毎日ボス戦出来るせいで、レベルだけ上がっていったんだな。けどまぁ……奴らは絡む相手を間違えたな。まさか俺に絡んでくるなんてさ。ところで、アクアはどうした?」
ジュカは無言でトイレを指差した。
「おぅぇぇぇぇぇっ……。お、おかしいわっ! やたら食欲はわくし、ちょっと飲んだら吐き気が……っぷ」
水竜は叫びながらトイレに籠っていた。しかも酒を禁止したはずにも関わらず飲んだようだ。
「酒は禁止した……ん? 食欲がわく? 吐き気?」
ローグは水竜の状態を見てある状態が頭に浮かんだ。
「アクア、まさかとは思うがお前……。もしかしてだが妊娠……してるんじゃないのか?」
「はぁ? 妊娠? ……妊娠!? え、それって私とローグの子供が出来たって事!?」
ローグは呆れながら水竜に言った。
「アホか。そんな事は一切していないのに俺の子ができるわけがないだろう」
「……」
水竜はフイッと視線を外した。
「……アクア。正直に言え。してないよなぁ……?」
ローグの睨みに耐えきれず、水竜は自分のした所業を洗いざらい口にした。
「ご……ごめんなさぁぁぁぁいっ! 悪気はなかったの!」
「なっ!? いつだっ!」
「ちょっ! 待って待って! 竜は違うのよ!」
「何がだ!」
水竜は竜の生態について語り始める。
「り、竜は交尾をしなくても子が作れるのよ!」
「……は?」
「竜は自分の魔力と相手の魔力で子を作るのよ。じゃないと人化出来ない竜は別種と子を作れないでしょ?」
「魔力で……」
ローグは呆れながら話を聞いていた。
「だからってお前……。勝手に何してくれてんの!?」
「だってぇぇぇっ! 聖竜とかめっちゃローグ狙ってるんだもんっ! 後から来たくせに負けてらんないじゃないっ!」
「いやいや。そんなんで子供作るか? そこまでアホだったのか?」
「な、アホってなによ! 好きな相手と子供作りたいって思うのは普通でしょ!」
そう言って水竜は顔を赤らめた。ローグも少し顔が熱くなっている。
「お前……。はぁぁ……。とりあえず話はわかった。一応確認するからベッドに横になってくれ」
「う、うん……」
水竜は大人しくベッドに横になった。ローグは水竜の下腹部に手をかざし、スキャンを掛ける。
「……確かに妊娠してるなこれ。これは卵……か?」
「マジで!? 私……お母さんになれるのっ!?」
「ああ、どうやらそうみたいだな」
確認し子が宿っていると知った水竜はベッドの上で飛び跳ねた。
「や、ややや……やったぁぁぁぁっ! 私、ローグの子供できちゃった! きゃあ、きゃあ~っ!」
水竜は今まで見たこともないような幸せそうな表情を浮かべ、自分の腹を擦りながら喜んでいた。それを見たローグはもはや何も言えなくなった。そして起きてしまった現実を受け止め、水竜に尋ねる。
「起きてしまった事はどうにもならないな。まさかお前がそこまで俺に惚れていたとはな」
「はぁ? 事あるごとに告白してたじゃないの」
「……今一嘘くさかったんだよ」
「ぶっ飛ばすわよ!?」
イキる水竜をなだめつつ、ローグは質問を続ける。
「ところでさ、竜ってどうやって子を産むんだ?」
「そうね。ある程度まで卵が大きくなったらこう……口からポンって。それから肌で温めつつ殻の上から魔力を注いで孵化させるのよ」
「口から……」
水竜は幸せそうな顔で微笑んでいた。ローグはもはや諦めた。そしてコロン達にどう説明したものかと頭を悩ませる。
「はぁ……。アクア、コロン達にはお前からちゃんと説明するんだぞ? あの二人は俺の妻なんだからな?」
「……ちなみに二人とは……?」
「見ててわからなかつたか? そんな暇は微塵もなかっただろうに」
「あ、あはは。ねぇ、ローグ。私……殺されないよね?」
「さぁなぁ。なんとも言えないな。コロン辺りはちゃんと説明したら許してくれそうだけど……。フローラはわからないな。ご飯がスープだけになりかねない」
「そんなっ!? お腹の子が育たないじゃない!」
「魔力で育つんだろうが、全く。母親になるんだしそろそろそのお気楽な性格は直した方が良いぞ」
「……はい」
軽く説教をし、ローグはジュカに話し掛けた。
「じゃあジュカ。俺はアクアをアースガルドに戻してくるからさ、ジュカはここで待ってて」
「かしこまりました。では私はここで待っております」
「すまないね、ホント……」
ローグは水竜を連れ、アースガルド城へとに転移した。すると真っ先に第一王妃であるコロンに見つかってしまった。
「あら、ローグにアクア? どうしたの?」
「コ、コロン!? いや…その……。ほらアクア、説明してくれ」
珍しく対応に悩むローグをよそに、水竜は笑顔でコロンに宣言した。
「コロン、私ローグの赤ちゃんできちゃった!」
コロンは一瞬呆気にとられ、数秒後絶叫した。
「は、はぁぁぁぁっ!? あ、赤ちゃん!? う、嘘でしょっ!?」
「本当よ。さっきローグに調べてもらったもの」
するとコロンは鬼のような形相でローグに詰め寄ってきた。
「ロォォォォグ! あなたっ! 私という妻がいながら何してんのっ!?」
「ま、待てっ! 俺は神に誓って何もしてないっ!」
「だってアクアが!」
そこで水竜はコロンにも竜の生態について語った。
「ま、魔力で妊娠?」
「そうよ~。ローグが寝てる時にちょっとね。ごめんね~」
コロンは少し安堵していた。
「ま、まぁ……。第一王妃の私より先に作っちゃったのは許せないけど……。考えたらアクアも私と同じくらいローグと一緒にいるものね。まぁ……羨ましいっちゃ羨ましいけど……。気持ちもわからなくないから許してあげる」
「コロン~!」
水竜はコロンに抱きついていった。
「ああ、でも……フローラはなんて言うかしらねぇ……。出会いで言ったらフローラの方が私達より先にローグと会ってるじゃない? 多分滅茶苦茶怒るんじゃないかなぁ……」
「……コロン。助けて」
「い~や~です~。ちゃんと自分で納得させなさい」
「あぁぁぁぁ……」
水竜は地面に崩れ落ちるのだった。
そしてローグは中庭に水竜専用の部屋を作り、出産に備えさせた。魔力でできたとはいえ初めての子だ。なんだかんだ言いながらもローグは少しだけ胸を躍らせていた。
「じゃあ、アクア。あまり無理はしないようにな? それと、間違っても酒は飲むなよ?」
「うん、わかってるって。ちゃんと産んであげなきゃ」
「そうだな。なるべく早く東の大陸を攻略してくる。何かあったら遠慮なく仲間を頼るんだぞ」
「うんっ!」
ローグは水竜の頭を一撫でし、ジュカの待つ宿へと転移していった。水竜はローグの作った部屋に入り竜化を解除する。そして部屋の中央で丸くなり瞑想の態勢に入った。
「私とローグの赤ちゃん……。嬉しいなぁ……。ふふっ、絶対産んであげるからね……」
水竜はゆっくりと瞼を閉じ眠りに就くのだった。
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