上 下
57 / 82
第7章 東の大陸編

04 十魔将アスラ

しおりを挟む
 ローグ達は姿を消したままアスラを尾行していた。アスラは顔の良い冒険者を見つけては巧み相手を誘いだしつまみ食いを繰り返していた。もちろん一通り満足したら命を刈り取っている。しかもその方法は恐ろしく残忍だった。冒険者にとってはまさに天国から地獄。おそらくあれで得られる負の感情は通常よりかなり多いはずだ。そしてアスラの琴線に触れない醜い冒険者や、自分より美しい女冒険者達にはありとあらゆる嫌がらせをした後、その生を終わらせていた。

「……エグいな。これが冒険者ギルドを裏切った冒険者達の末路か」
「いやぁ~……、根性悪いわぁ~……。さすが魔族ね」

 ローグ達に観察されているとは思いもせず、アスラは次の標的を見つけ食いついていった。今度は苦戦中の冒険者にそれとなく力を貸し、恩を売り付けている。戦闘終了後、アスラはパーティーのリーダーらしき男に身体を擦り寄せて迫っていた。だが、冒険者の男はアスラの誘いを断り、仲間の女冒険者を抱き寄せて二人の仲を説明していた。それを受けアスラは冗談だと告げ、表面上は笑いながらその場を立ち去ろうとしていた。だが、アスラがこちら側を振り向いた瞬間の顔をローグ達は見てしまった。

「あ~……。ありゃ悪鬼だな。腸煮えくり返ってるんじゃ……。あ~あ、あんな顔真っ赤にして……」
「ぷぷぷ~っ! マジウケる~っ!」

 笑う水竜を制止しつつ、ローグはアスラの行動を注意深く観察していた。

「アクア、笑ってる場合じゃないぞ。あのパーティーってか、二人以外は多分魔族だぞ。二人は多分殺されるだろう。ほら、アスラが離れるフリをして、魔族に指示を出したぞ」
「セコッ! 自分でやらないのね。あ、どうやらパーティーはさらに奥へと向かうみたいよ。どうする?」

 ローグは水竜に指示を出す。

「アクアはあのパーティーの方を頼む。怪しい行動を確認したら後は好きに暴れていいぞ。俺はアスラを追う」
「大丈夫~? 相手は女よ~?」

 水竜はニヤニヤしながらローグに言った。

「あの怒った鬼のような顔見ただろ? あれは女じゃない。女を武器にしているだけの単なる敵だ。じゃあここからは二手にわかれよう」

 ローグはアスラの方へ、水竜は冒険者の方へと向かって行った。そしてアスラを追うローグは今、アスラに警戒されないよう、どう自然に接触しようかと考えた。

「……気が進まないがここは一つ演じるか」

 ローグはアスラをいったん追い抜き少し服を汚した後、まるで曲がり角の向こうから慌てて逃げてきているかのような演技をしつつアスラの前へと飛び出した。

「はぁっ、はぁっ! よ、良かった! 人が……人がいたっ! た、助かった!」

 アスラは突然前方に倒れるようにして現れたローグを一瞬警戒したが、ローグが顔を上げると目を見開き、極上の獲物が現れたと警戒を解除した。その時のアスラはつい先程フラれた事をなど頭から消えていた。
 アスラはローグを警戒させないようにしつつ、その目をハートにしてふらふらとローグに近付いていった。そして、上擦った声でこうローグに声を掛けた。

「ど、どうしたの? こんな階層まで一人で来るなんて……。仲間は? あなた一人なの?」

 ローグは心の中で釣れたと確信し、そこから情けない冒険者の姿を演じる。

「か、回復役の人と荷物持ちの人が俺を庇ってモンスターに!」
「えっ? それ、本当!? アナタ、怪我は?」
「あ、あぁ……。俺は二人のおかげでかすり傷程度だ」

 ローグはアスラにもっともらしい理由を告げる。

「実はこの先に隠し通路があって……。宝があると思った俺はよく確認もせずにそこへと入ってしまった! そこに宝なんてなくて……! 罠と大量の魔物で溢れていたんだっ! 俺はなんとか二人の仲間に逃がしてもらえたけど、あの二人は今頃っ………!」

 そう話し、ローグは悲しそうな振りをして下を向いた。アスラはそんなローグを自分の胸に抱き寄せ、こう言った。

「そう……、よく無事に逃げ出せたわね。でも気にしなくても良いのよ。私達が貸し出している回復薬役と荷物持ちはこういった事も業務に入っているのよ」
「け、けどっ!」
「大丈夫だって。ちゃんと脱出方法は教えてあるもの。二人はあなたが逃げ出す時間を稼いだだけ。さ、ここは危ないわ。一人じゃ帰れないでしょう? 私が地上まで送ってあげるわ」

 言ってる事は真面目だが、表情の端々に怪しさが滲み出ている。もう少し上手く演技できないのだろうか。
 ローグはそんなアスラの提案に対して首を横に振った。

「帰りたい……。帰りたいけどっ! 俺は……、俺にはどうしても金が必要なんだ! 親が病気でさ……俺はその治療費を稼がないといけないんだ」

 ローグは情に訴えてみた。魔族に情が通じるかどうかは不明だが、アスラには間違いなく通じると確信している。何故なら目の前にいる魔族は良い男に目がないからだ。ローグは一気に畳みかける。

「ここで初めて会ったあなたに頼むのも悪いと思うけど……。どうか俺に力を貸して欲しい! お願いだっ!」

 ローグは壁にアスラを押し付け、壁に手のひらをついた。そしてアスラの足の間に自分の足を滑り込ませ、目を見ながら懇願した。アスラは顔を真っ赤にし、されるがままになっていた。これまでの行動からサドだとばかり思っていたが、どうやらマゾだったらしい。

「なぁ、頼むよ……。この階層に一人でいるって事は強いんだろう?」

 美形のローグが向ける子犬のような眼差しはアスラの胸中をひどくかき乱した。
 
「わ、わわわわかったからっ! 力を貸してあげるから! それ以上そんな目で私を見ないでぇぇっ!」
「ほ、本当かっ! 助かるよっ!」

 ローグは壁についていた手をアスラの身体に回し、そのまま抱き締めた。

(や、ややややヤバい! この人間格好良すぎるっ! わ、私とした事が……。こ、こんな……な、何この胸の高鳴りはっ!? すぅ~……はぁ~……良い香り……。あ、も……だめ。私堕ちるかも……)

 顔を真っ赤にして震えるアスラを見たローグはゆっくりと身体を離した。

「あ……、す、すまない。希望が見えて少し舞い上がってしまっていたようだ」
「あ……」

 もっとローグに触れていたいと思ってしまったアスラはもう敵意などみじんも持ち合わせてはいなかった。それどころか、どうにかローグと一緒にいられないかと考えてしまっている。そんなアスラはロデオの事など頭から綺麗さっぱりと消し去り、ローグにこう告げた。

「ねぇ、アナタ……。私のモノにならない? 私、アナタが気に入っちゃったの」

 その言葉にローグはもう良いだろうと冷静にこう返した。

「……ふぅ。それは無理な相談だな。俺は魔族の仲間なんてごめんだね」
「っ!? あ、アナタっ!?」

 ローグの言葉にアスラは驚き、慌ててその場を離れようとするが背後の壁とローグに挟まれ、身動きが取れない状態に気付く。アスラは盛り上がっていた気分をいったんリセットし、なるべく冷静に言葉を選びローグに問い掛ける。

「いつ……バレたのかしら?」
「最初から全部知っていたさ。お前たち自由への翼が魔族の組織だって事もね。あぁ、ちなみに俺はゴッドランク冒険者だから。本当はこんなダンジョン何の問題もないんだよ。【クリーン】」

 ローグはわざと汚した格好を魔法で綺麗にした。そしてアスラは額から汗を垂らす。自由への翼を立ち上げる際、この港町周辺には強力な冒険者はいないとロデオが調査済みだったのだ。ロデオは危機管理を徹底していた。そのロデオをもってして、もしゴッドランク冒険者と遭遇しても決して関わるなときつく言われていたのである。つまり、一対一で戦っても勝ち目はないとアスラはわかっていた。

 そんなアスラはなんとか助かる道はないかと思考を巡らせローグに問い掛けた。

「何が目的なの? も、もしかして、この私の美しい身体!?」

 ローグはアスラの頭に手刀を落とした。

「あいたぁぁぁっ!」

 こいつからは水竜に似たベクトルを感じる。ローグはそう一瞬でアスラを理解してしまった。

「お前はバカか? 何で俺がお前の身体目当てにこんなダンジョンまでわざわざ来なきゃならないんだ!?」
「だ、だってそれ以外に思いつかないし……」
「はぁぁ……。目的はお前たち魔族から冒険者を救うために決まってるだろ。これまで散々貢がせといて、必要らなくなったら殺すとか、悪魔か、お前らは」
「え、魔族ですが? あいたぁっ!?」

 ローグは再びアスラの頭に手刀を落とした。この手の相手は精神的に疲れる。ローグは精神的に疲労感を覚えていた。

「バカにしてんの?」
「す、すみませんでしたっ!」

 ローグは身体を九十度に折り畳み謝罪するアスラに最後通告を出す。

「もう良い。アスラ、もしお前が今ここで改心し、今後一切人間に手を出さないと誓うなら助けてやろう。だが、もしこのままロデオと組んで暗躍を続けるつもりなら俺はお前をここで倒す」
「え? 改心したら見逃してもらえるの?」
「ああ、命は助けてやる。ジュカやワルプルギスも俺の仲間になっているからな。別に魔族を生かすのはお前が初めてってわけじゃないよ」
「ジ、ジュカ!? あの空間使いの!? アナタ……とんでもないわね。ジュカは十魔将の中でもトップスリーに入る程強いのよ?」
「知っているさ。ジュカとは本気で戦ったからな」

 ジュカと戦って生きている。それだけでアスラの生き方を変える十分な理由になったようだ。

「……誓うわ。もう人間に悪さするのは止める。元々私は暇だったからロデオと組んでただけだし。正直魔王なんてどうでも良いのよ」
「お前もか。どうやら魔王に心底心酔していたのはリューネだけのようだな」

「リューネ? あなたリューネも仲間にしたの!?」

 ローグは首を横に振った。

「いや、あいつはやりすぎた。さすがに万単位で人を殺したし、到底従うとも思えなかったからね。俺が倒した」
「……そう。リューネは逝ったのね」

 アスラは少し悲し気な表情を浮かべていた。だがすぐに真面目な表情に戻る。

「ねぇ、私も結構な数の冒険者を殺してるんだけど……」

 ローグはアスラを見てこう告げた。

「最初は倒す気満々だったんだけどね。まぁ、理由はどうあれ助けを求めた俺に親切にしただろ? あの男に袖にされた時はかなり怒っていた様子だったが、その場ですぐには殺さなかったし、お前……根はそんなに悪い奴じゃないんじゃないか?」
「そ、そんなことは! だって私は魔族だし! 優しいとか……ありえないわよ」

 アスラは顔を赤くして照れていた。

「ありえないかどうかは今後のお前を見て知っていくよ」
「……もう! ねぇ、名前……教えてよ」
「ローグだ」

 ローグはアスラと握手を交わし、彼女を新たな仲間に加える事にした。

「さてと、目的も果たしたしそろそろ行こう。仲間とも合流しないと」
「わかったわ、主さま」

 こうして、ローグは仲間に加えたアスラを連れ水竜の所へと向かうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

幕末の剣士、異世界に往く~最強の剣士は異世界でも最強でした~

夜夢
ファンタジー
幕末。人々は幕府側と倒幕派にわかれ血で血を洗う戦をしていた時代。 そんな時代で有名な猛者といえば新撰組だろう。新撰組とは誠の錦を掲げ京の治安を守っていた隊士達である。 その新撰組で最強と謳われていた美少年剣士【沖田 総司】。記録には一切残されていないが、彼には双子の兄、【沖田 総一朗】という者がいた。 その総一朗は弟の総司とは別の道、倒幕派として暗躍していたのである。そんな兄に引導を渡したのが総司だった。 「兄さん、僕は……っ」 「はっ、お前に討たれんなら仕方ねぇ……。あの世でまってるぜ……総司……」 それから数刻、死んだはずの総一朗はゆっくりと目を開く。 「ここは……はっ、死んだんだよな俺……」 死んだはずの総一朗が目にした世界。そこには見た事もない世界が広がっていた。  傍らにあった総司の愛刀【菊一文字】を手にした総一朗は新しい世界へと歩みを進めていく──

万能すぎる創造スキルで異世界を強かに生きる!

緋緋色兼人
ファンタジー
戦闘(バトル)も製造(クラフト)も探索(クエスト)も何でもこい! 超オールマイティスキルファンタジー、開幕! ――幼馴染の女の子をかばって死んでしまい、異世界に転生した青年・ルイ。彼はその際に得た謎の万能スキル<創造>を生かして自らを強化しつつ、優しく強い冒険者の両親の下で幸せにすくすくと成長していく。だがある日、魔物が大群で暴走するという百数十年ぶりの異常事態が発生。それに便乗した利己的な貴族の謀略のせいで街を守るべく出陣した両親が命を散らし、ルイは天涯孤独の身となってしまうのだった。そんな理不尽な異世界を、全力を尽くして強かに生き抜いていくことを強く誓い、自らの居場所を創るルイの旅が始まる――

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

アイテム•神の本に転生しました!?〜アイテムだけど無双します!〜

ねこねこォ
ファンタジー
中学2年生の柏田紫苑─私は死んだらしい。 というのもなんか気づいたら知らない部屋にいたから、うん! それでなんか神様っぽい人にあったんだけど、怒らせちゃった! テヘペロ。 でなんかビンタされて視界暗転、気づいたら転生してました! よくよく考えるとビンタの威力半端ないけど、そんな事は気にしないでとりあえず自分確認! それで機械音に促されるままステータスを開いてみると─え、種族•アイテム?! いやないだろ。 自分で起き上がれないし喋れねえじゃねえか。 とりあえず人化、今いる迷宮を脱出して仲間を探しにでかけますよ!

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺若葉
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

魔物をお手入れしたら懐かれました -もふプニ大好き異世界スローライフ-

うっちー(羽智 遊紀)
ファンタジー
3巻で完結となっております!  息子から「お父さん。散髪する主人公を書いて」との提案(無茶ぶり)から始まった本作品が書籍化されて嬉しい限りです! あらすじ: 宝生和也(ほうしょうかずや)はペットショップに居た犬を助けて死んでしまう。そして、創造神であるエイネに特殊能力を与えられ、異世界へと旅立った。 彼に与えられたのは生き物に合わせて性能を変える「万能グルーミング」だった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。