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2巻
2-2
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「や、やっちまえっ! 俺らギルオネス兵の恐ろしさを思い知らせてやれっ!」
「おらぁぁぁっ! ……は? …………あぐっ」
兵長の合図を受け、ギルオネス兵が剣を振り上げるが……ローグに腹を斬られ、そのままの姿勢で動きを止めた。
斬られた男は、自分の身に何が起こったか分からず、突然襲ってきた激痛に悶絶する。
「お、おいっ! こいつ……強ぇぇぞ!? ぎゃぁっ!」
ローグの動きを見て警戒を呼び掛けた別の男も、次の瞬間には肩から腰まで斬られ、真っ二つに両断された。
「や、やべぇ……逃げっ! がはぁっ……!」
愚かにもローグに背を向けたギルオネス兵は、そのまま後ろから斬られて地に伏した。
あっという間に三人を失った兵長は、残った一人に声を張り上げる。
「く、くそがっ! おいっ、二人で同時に掛かるぞ!!」
「ひっひぃぃぃっ! でも俺、腕が……!」
「ちっ! 役立たずがっ!」
兵長は怯えていた兵の背を蹴り飛ばし、ローグへの目眩ましに使った。
ローグは飛んできた兵を横蹴りで落とし、残った兵長を追う。だが、その隙に兵長は既に百メートルほど先まで逃げ出していた。しかし、ローグ相手にその距離では、安全とは言えない。
「部下を犠牲にして逃げ出すとはな。【サンダーランス】!」
直後、ローグの指先から雷の槍が放たれた。
雷は逃げ出したギルオネス兵を背後から光の速さで貫き、その身体を黒焦げにした。
「終わったかな。さて、大丈夫でしたか?」
ローグは武器を納めながら荷台の裏に隠れていた商人家族に声を掛ける。
商人は状況が把握出来ず、困惑していた。
「へ? あ……。た、助かった……のか?」
「ええ。ギルオネス兵はあの五人だけですよね? 全員撃退しましたよ」
「し、信じられん……と、とにかく助かった」
頭を下げる商人の後ろから、隠れていた妻と娘が恐る恐る顔を出した。
「あ、ありがとうございます! 助かりましたっ! あなたがいなければ、今頃……」
「いえ、偶然通り掛かっただけです。そこまで畏まらなくても大丈夫ですよ。それより……【クリーン】【ドライ】」
ローグは汚れていた女性の服を、魔法で瞬時に清める。
「あ……わ、私ったら……恥ずかしいですわ……」
「あんな奴らに襲われたら仕方ないですよ。それで、あなた方はこれからどうするのですか?」
商人がローグの質問に答えた。
「わ、私達はギルオネス帝国から逃げて来たんだ。ザルツ王国のザリック商会を頼ろうとしていたのだが、戦で国境が塞がれていてね。ローカルム経由でザルツ王国に行こうとしたらこの有様さ。もう安全な場所はないよ……」
ローグは商人が口にした商会の名に覚えがあった。以前その商会の娘を助けた事があるのだ。
「ザリック商会? それはザルツ王国の首都ポンメルにある商会ですよね? もしかして関係者とか?」
「おや? 商会を知っているのかい。私達はそのザリック商会の傘下なんだ。ギルオネス方面の商いを任されていたのだが、税は法外で、役人は何かと難癖をつけては賄賂を要求してくる。憲兵は悪人を取り締まるどころか、それらを目こぼしして袖の下を受け取る有様。これではまともに商売が成り立たん。私達は帝国での商売に見切りをつけ、撤退してきたのだよ」
商人の話から、ギルオネス帝国の内情が窺える。
不正が横行し、町の治安も悪く、商人に逃げられるようでは、先はない。
「なるほど、分かりました。では、ポンメルまで送りましょうか?」
商人達一家は、強行軍と今の強襲で大分疲労が溜まっている様子だった。
「それは助かるのだが……君はノールに向かっているのではないのかな?」
「確かに俺はノールに向かっていますが、【転移】スキルが使えるんです。一度行った事のある場所に瞬時に戻れます。だから、あなた達を送ってもすぐにここに帰って来られますよ。どうしますか?」
「なら、申し訳ないがお願いしたい。正直、もう限界だったのだ……」
「分かりました。では、荷物を纏めて荷台に入ってくれます? よっと」
ローグは倒れていた荷台を軽々と起こし、元に戻した。
商人はそれに驚きながらも、散乱していた荷物を集めはじめる。全員が乗り込んだ事を確認したローグは荷台に触れてスキルを使う。
「忘れ物はありませんか? じゃあ、行きますよ? 【転移】!」
馬車は光に包まれ、その場から消えた。
商人が恐る恐る目を開くと、目の前にザリック商会の看板があった。
あちこちから商人達の客引きの声が聞こえ、道を行き交う人々は活気に溢れている。
「ここは……ポ、ポンメルだ! ザリック商会の前じゃないかっ! ほ、本当に助かったのか!」
困難続きの旅の緊張から解放された三人は、抱き合って喜びを爆発させる。しかし、商人はすぐに姿勢を正し、ローグに頭を下げた。
「すまない、取り乱してしまった。私はゴズウェルという商人です。もし、商人の力が必要になった際には喜んで力になるので、どうか忘れないでいてほしい。この度は本当にありがとう」
「ゴズウェルさんですか。今後ともよろしくお願いします。実は……俺、国王なんですよ」
突然身分を明かされた商人は、ローグが何を言っているか呑み込めず、瞬きを繰り返す。
「は、はい? こ、国王……様?」
「ええ。つい先日、ザルツ王国のセルシュ領とグリーヴァ王国があった地に、新しく国を作ったんです。もしゴズウェルさんがザルツ王国との流通を担ってくれたら、俺としては助かるんですが」
「あ、あの地に新しい国が!? す、すぐにランドル様に聞いてみますっ! 必ず助けになりますから、またお会いしましょう! ランドル様ぁぁっ!」
商人は興奮した様子で商会へと入って行き、妻と娘が慌てて追いかける。元気そうな三人の背中を見届け、ローグは一安心した。
「これでもう大丈夫かな。さて、俺は戻ろう。【転移】」
再び馬車が襲われていた場所へと戻ったローグは、溜め息をつく。
「やれやれ、いきなり人助けとは、荒れてるなぁ……」
《今のなんて、まだマシな方ですよ、多分。あの兵の質から想像すると、恐らくノールの方はもっと酷いでしょうね》
「それなら……なおさら早く行かないとな……。急ごう!」
ローグは気を引き締め、ノールを目指して空を飛ぶ。
《マスター。またギルオネス兵が悪事を働いています》
「了解。雷の雨に打たれよ……【サンダーレイン】!」
「「「ぐぎゃぁぁぁぁっ!」」」
ローグは空を飛びながら、道中で遭遇したギルオネス兵達を残さず雷魔法で殲滅していく。兵士に襲われていた民の中には、敵兵だけを狙って落ちる雷を天罰だと思って、祈りを捧げる者もいた。
順調に飛行を続けたローグの視界に、大きな町が見えてきた。
《マスター、間もなくノールです。近くに敵影はありません。残りはノールにいる兵だけです》
「分かった。なら、ここからは歩いて行こう。飛んで行ったら警戒されるしね……っと」
ローグは人気の少ない森を探し、地上に下りた。
「ふぅ……ここからなら一時間もしないで着くかな? 早く向かおう」
道中度々ギルオネス兵と遭遇しているので、かなりの数の帝国兵が首都ノールに侵攻している可能性が高い。ローグは全速力で目指す。
しばらく走り続けていると、町の門らしきものが見えてきたので、ローグは速度を落とした。
「あれがノールの門かな?」
《マスター、あそこに立っている門番……ギルオネス兵です》
「まさか……ノールはもう落ちたのか?」
《恐らくは。国境での戦いに全兵力を投入した結果、首都の防備が手薄になっているのでしょう》
「民がいなければ国など回らないのに? ローカルム王は何を考えているんだ……」
《あっさり占領されているところを見ると、既に王が討たれてしまったのかもしれませんね》
「なるほど……あり得るな。ナギサ、ローカルムの城はどこにあるか分かる?」
《あの入り口からまっすぐ行けば、正面に見えるはずです》
「分かった。ひとまず、ノールの町をギルオネス兵から解放しようか」
《そうですね、城は後でもいいでしょう》
「だね。じゃあ……目の前の敵から片付けよう」
ローグは鞘から刀を抜き放ち、堂々と歩いて門番へと近付いていく。
「止まれっ! 貴様、その武……ぐはぁっ!」
「な、何を……ぐふぅっ……!」
誰何するギルオネス兵をローグは問答無用で切り倒す。
「て、敵襲だっ!! 急いで警鐘を鳴らせっ!! ぐがぁぁっ!!」
すぐさまノールの町に鐘の音が響き渡る。それを聞きつけたギルオネス兵達が、町の北門に殺到した。
「貴様……我々がギルオネス兵と知って手を出したんだろうな?」
凄む敵兵に、ローグは容赦なく魔法を放つ。
「当たり前だ。平和を脅かす悪人共めっ! 爆ぜろ……【エクスプロージョン】!」
ギルオネス兵が密集していた場所を中心に、高威力の爆発が起きた。
直後、轟音が響き、多数の兵士が爆発に呑まれて跡形もなく吹き飛んだ。
周辺部にいた兵は軽い火傷で済んだものの、いきなり吹き飛ばされた味方を見て混乱に包まれる。
「な、仲間達が一瞬で……お、おいっ、お前、今すぐ城に行ってる奴らを呼んでこい! こいつヤバいぞっ!!」
「わ、分かった!」
一人の兵が城に仲間を呼びに走ったが、ローグはそれを黙って行かせる。
「は、ははっ! バカめ、すぐに仲間が来るぞっ! これでお前も終わりだ! ギルオネスに手を出した事を悔やみながら死ぬがいいっ!」
遠巻きに威嚇する兵士に、ローグは現実を突きつける。
「あえて行かせたんだよ。どうせなら纏めて倒した方が片付けも楽だしね。あぁ、今から片付けられるお前達には関係ない話だったか」
「ぬかせっ! お前ら、一斉に掛かるぞ! 間違っても固まるなよっ! またあの魔法が来る! 行くぞ、オラァッ!」
散開する敵に対し、ローグは魔法ではなく、剣術スキルを使う事にした。
「領域――【円】」
ピィンッと、ローグを中心に、彼にしか分からない間合いの領域が展開される。
剣術の達人は自分の刀が届く範囲を感覚で知る事が出来るのだ。
「俺の間合いに入った奴から死ぬ。それでもいいなら来いっ!」
「そんな細い剣で何が出来るってんだ! 行くぞっ!」
どうやら刀を知らないらしい。ローグは刀を鞘に収め、居合いの構えをとった。
ローグが納刀したのをチャンスと見て、ギルオネス兵は四方向から一斉に斬り掛かる。
「忠告はしたよ? はっ!!」
直後、ローグの刀が閃き、神速の抜刀術でギルオネス兵が真っ二つになる。
正面に横薙ぎを見舞ったのに続き、右に袈裟斬り、後ろは逆袈裟斬り、左には突きと連続で放ち、掛かってきたギルオネス兵は、四人ほぼ同時に倒れた。
ローグの領域に入るという事は、死を意味する。
「バ、バケモンだっ! 勝てるわけねぇっ!!」
「く、くそがっ!! おい、魔法兵っ! 奴に遠距離から魔法を放てっ!」
「「「は、はいっ! 【ファイアーボール】!」」」
すっかり腰が引けた兵士に代わって、魔法兵が無数の火の玉を放つ。
「【バースト・リフレクト】!」
しかし、放たれた火球はローグには当たらず、あろう事かそれを撃った魔法兵に返っていった。
「「「ぎゃぁぁぁぁっ! あぢぃぃぃぃっ!!」」」
ローグの反射増幅魔法で威力が倍加された【ファイアーボール】が魔法兵を焼き尽くす。
その場に肉が焦げる不快な臭いが立ちこめた。
「どうした、もう掛かって来ないのか? なら……今度は俺から行くぞっ!」
ローグが一歩足を前に出すと、怯えた敵兵達が後退る。しかし、みすみす逃すローグではない。
「ひっひぃっ! 来るなぁっ!!」
ローグは【縮地】を使って高速移動し、目にも留まらぬ速さで次々とギルオネス兵を斬っていく。たちまち、町の入り口には動かなくなったギルオネス兵の山が出来上がった。いつしかその光景を見守っていた町の人達が屋内から出てきて、ローグに声援を送りはじめた。
「が、頑張れぇぇぇっ!」
「ギルオネス兵達を全部やっつけてぇ~!」
ローグは最後の一兵を屠り、声援を送る町の人達に向かって叫んだ。
「この中に冒険者はいるかっ! 俺はプラチナランクの冒険者のローグ!! もしいたら、このギルオネス兵達を片付けておいてくれっ! 俺はこのまま城へ救援に向かう!」
その声に応え、ローグの周りに冒険者達が集まってきた。
その中の一人、白髪交じりの中年の男が口を開く。
「あんたが噂に聞く覇竜のローグだったのか……! 話はポンメルのギルド長からも聞いてる。凄い奴が現れたってな? 俺はノールのギルド長をやっている者だ。あまりに多勢に無勢で、ろくに抵抗出来なかった。恥ずかしい限りだぜ。正面からギルオネス兵と戦う勇気はなかったが、ここは俺達に任せてくれ。片付けくらいは手伝うさ」
「ギルド長でしたか。では死体の埋葬をお願いします」
「ああ、長期間放置された死体は大気中の魔力を吸収して生ける屍になる可能性があるからな」
「そうです。せっかく倒したのにアンデッドになられたら面倒なので、お願いします。それと、怪我人がいたら後で纏めて治療するので、どこか広い場所に集めておいてくれますか?」
「任せろ」
ギルド長にこの場を任せて城へ向かおうとするローグに、別の冒険者が声を掛ける。
「覇竜のローグ。今ローカルム城にはギルオネス帝国の猛将ライオネル将軍が来ているはずだ。アイツはお前でも簡単には殺れないかもしれないぜ?」
ローグは納刀しつつその冒険者を見る。
「たとえ誰だろうと、平和を脅かす奴は許さないよ。ここを頼むよ」
「ははっ。ああ、頑張れよ! 覇竜のローグ!」
ローグはこの冒険者達に町を任せ、メインストリートを城へとまっすぐ走る。城までの道は一本道だ。この間敵兵の姿はなく、抵抗もない。
城に着くと、ギルオネス兵が城を取り囲んで陣を敷いていた。どうやら城はまだ落ちてはおらず、中に立て籠もっている者がいるらしい。
ローグは止まらず、勢いに乗ったまま敵陣に突入する。
「ぎゃぁぁっ!」
「な、なんだ!? この野郎っ! 何もん……ごふっ!」
突然の背後からの強襲で敵陣に混乱が広がる。
先程戦った連中よりは統率が取れており、手練れと言えるが、ローグにとっては大した違いはない。当然のように次々と倒していく。ローグが通った道にはギルオネス兵の死体が折り重なり、血の川が出来ていた。ローグはそのまま無傷で敵陣を駆け抜け、城へと続く門の前にたどり着く。
ローグはそこで反転し、門に背を向けて敵と相対した。
ローグは両手に二刀を構え、城を守るような形で立ちはだかる。
すると、一際大きな男が兵士達を掻き分けてローグの前に出てきた。
黒く日焼けした肌に鮮血のような赤い髪、そして身の丈よりも大きいハルバードを担ぎ、ローグの前に立つ。その姿はまさに威風堂々。他の者とは一線を画す強者の気配を纏っていた。
「そこで止まれ! 俺はギルオネス帝国将軍ライオネル! 軍を預かる将として、貴様に一騎討ちを申し込む! 俺が負けたら兵は引かせる! これを受けるか!」
ローグは刀の切っ先を将軍に向けて言い放つ。
「当然受けるけど……兵を引かせる必要はないよ。これまで散々町の皆を苦しめたんだろう? 全員捕まえて裁きを与える」
「くっ! 見逃す気はないと言うのか……」
あの強襲の一瞬でローグの強さを見抜いたライオネルは、兵達の身を案じて歯噛みする。
「駄目だね。ここで見逃せば、どうせまた違う場所で同じ事を繰り返すんだろう? 一度略奪や暴行を働いた奴はな、その味を忘れられなくなるんだよ。せめて、騎士としてここで終わらせてやる」
ライオネルは瞼を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。
「略奪や暴行か……。そんな指示を出した覚えはないのだがな。それも俺の至らなさ故か。だが、無駄に部下の命を散らすわけにはいかん。見逃してもらえぬのならば……貴様をここで倒すのみだっ! 行くぞっ!!」
ライオネルは気合いの叫びと共に、巨大なハルバードを上段に構えて突進する。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
地面を砕くほどに強く踏み込んだ足で、爆発的な加速をするライオネル。
だが、ライオネルのハルバードが間合いに達する前に、ローグが二本の刀を同時に振るう。
「遅いっ! 刀技【飛刃・雷】!」
雷を纏った二つの斬撃がライオネルの両肩にヒットし、彼の身体に電流を流した。
「うがあぁぁぁぁっ!!」
雷に打たれたライオネルは、麻痺して立ち尽くす。ローグは【縮地】で懐に飛び込み、胴に峰打ちを打ち込んだ。
「がっ! はっ……!」
「そこで眠ってろ、ライオネル。目が覚めたら裁きの時間だ。ローカルム王に言う謝罪の言葉でも考えておくといい」
「くっ! つ……強えぇなぁぁ。さ、最期にっ……真っ当な……決闘をしてっ……! はぁっ……ま、満足……だ。がふっ……!」
ライオネルは血を吐きながらそう呟き、膝から崩れ落ちた。
「もし……違う出会い方をしていたら、良い仲間になったかもしれないな。身体を張って仲間を庇うなんて、良い将軍に違いない。だが、部下の暴走を許す甘さは見逃せないよ。兵士と賊は違う。戦の名のもとに好き勝手する誇りを失った兵士など、救うに値しない」
将軍が倒れ、残っていたギルオネス兵達に動揺が広がる。
「し、将軍がっ! お、お前らっ! 仇討ちだっ! 将軍の無念を晴らすぞっ!」
「「「おぉぉぉぉっ!!」」」
将が討たれて降伏するかと思いきや、残っていた兵は仇討ちに燃えて士気を高める。
しかしそこで、ローグの後ろの門が開いた。
「今が勝機だっ!! 皆っ! ギルオネス兵を一掃するぞっ! 私に続けっ!!」
「「「「おぉぉぉぉぉっ!!」」」」
若い男に率いられ、門の中からローカルム王国の騎士達が現れた。
ローグが敵兵を減らした結果、ローカルム王国の騎士は生き残ったギルオネス兵の三倍はいる。
「ちっ!! ここでローカルム騎士団かっ! もはや、これまでっ……! お前らっ! ここが俺達の死に場所だっ! 死ぬ気で相手を道連れにしてやれっ!」
「「「おぉぉぉっ!!」」」
いよいよここが死地と覚悟を決めたギルオネス兵達は、取り囲まれながらも、相手を道連れにしようと奮起した。先程町の北門で戦った犯罪者紛いの連中とは一味違うギルオネス兵を見て、ローグは問い掛ける。
「少しは骨のある奴がいるみたいじゃないか。君達、投降する気はある?」
「あるわけないだろうがっ! ライオネル将軍を殺られて、黙っていられるかよっ!!」
ローグはギルオネス兵に間違いを指摘する。
「あー、待て、殺ってないぞ。あれは峰打ち。彼はまだ生きてるよ?」
「な、なにっ!?」
ちょうどその時、ライオネルがむくりと上体を起こした。
「い……ってぇぇぇっ! かぁぁっ……肋骨イッてるな、こりゃ……」
「「「「し、将軍っ! ご無事でっ!?」」」」
「んあ?」
将軍が無事だと分かった瞬間、ギルオネス兵達は次々と武器を捨て、投降した。
「……投降する。裁いてくれ」
「裁くのはローカルム王だよ。どうやら君達は野盗まがいの兵士とは違うようだね。それでも、戦を仕掛けた事実は変わらない」
「ああ、報いは受ける。将軍を殺さないでくれてありがとう……」
こうして、ノールでの攻防戦は幕を下ろしたのであった。
†
首都ノール内にいるギルオネス兵を全て投降もしくは戦闘不能状態にしたローグは今、ローカルム王国の王ソーン・ローカルムと謁見の間で対面していた。
王と名乗った男はまだ若く、二十歳にも満たないように見える。だが、その瞳には強い意志の力を感じた。
「大変世話になりました、ローグ殿。あなたがいなければ、我が国はギルオネス帝国の手に落ちていたでしょう。恩にきますっ!」
そう言ってソーンは頭を下げた。
「こちらも目的があって助けたまでの事です。そう畏まらないでください。これでも俺は神国アースガルドの国王です。戦火に喘ぐ隣国を放っておいたりしません」
ソーンは首を傾げ、ローグに問い掛けた。
「アースガルド? 聞いた事のない国ですね?」
「はは、つい最近建国したので、戦争中の貴国には情報が入っていなかったのでしょう。ザルツ王国にあるセルシュ領とグリーヴァ王国を合わせた場所です」
それを聞き、ソーンは納得の表情を浮かべる。
「セルシュ領……? あぁっ! もしかして、あなたがあのザルツ王国のローグ・セルシュ男爵ですか! 双竜勲章を受けたという、あのローグ殿でしたか! なるほど……それならライオネル将軍すら圧倒したあの強さも納得です」
無邪気なソーンの反応は、一国の王というよりも、普通の若者という印象だった。
ローグは素直に気になった事を尋ねる。
「失礼ですが、ソーン殿はいつからローカルムの王を?」
「いえ、私が王位を継いだのはつい先日です。父が国境での戦で倒れ、この国を引き継いだばかりなのです」
「なるほど。王になったばかりですか。俺と同じですね。それで……ローカルムはこれからどうするおつもりでしょうか?」
ローグの質問に、ソーンは首を捻る。
「どう……とは?」
「単独でギルオネス帝国に対抗するのか、それとも他国と同盟を組むのか。あるいは……まさかないとは思いますが、このままギルオネス帝国に屈するのか。それを聞いているのです」
ようやく質問の意味を理解したソーンは椅子から立ち上がり、ローグに言った。
「な、何をっ! 敬愛する我が父を奪ったギルオネス帝国に屈する事などありえませんっ! しかし……我が国単独では……ギルオネス帝国に対抗するのは難しい……」
そう言い、ソーンは力なく椅子に座り落ち込んでしまった。そんなソーンを思い、ローグは優しく声を掛ける。
「なら……我が国が力を貸しましょうか? ただし、条件はつけますが」
「条件? それは一体?」
ローグはソーンに考えを述べる。
「おらぁぁぁっ! ……は? …………あぐっ」
兵長の合図を受け、ギルオネス兵が剣を振り上げるが……ローグに腹を斬られ、そのままの姿勢で動きを止めた。
斬られた男は、自分の身に何が起こったか分からず、突然襲ってきた激痛に悶絶する。
「お、おいっ! こいつ……強ぇぇぞ!? ぎゃぁっ!」
ローグの動きを見て警戒を呼び掛けた別の男も、次の瞬間には肩から腰まで斬られ、真っ二つに両断された。
「や、やべぇ……逃げっ! がはぁっ……!」
愚かにもローグに背を向けたギルオネス兵は、そのまま後ろから斬られて地に伏した。
あっという間に三人を失った兵長は、残った一人に声を張り上げる。
「く、くそがっ! おいっ、二人で同時に掛かるぞ!!」
「ひっひぃぃぃっ! でも俺、腕が……!」
「ちっ! 役立たずがっ!」
兵長は怯えていた兵の背を蹴り飛ばし、ローグへの目眩ましに使った。
ローグは飛んできた兵を横蹴りで落とし、残った兵長を追う。だが、その隙に兵長は既に百メートルほど先まで逃げ出していた。しかし、ローグ相手にその距離では、安全とは言えない。
「部下を犠牲にして逃げ出すとはな。【サンダーランス】!」
直後、ローグの指先から雷の槍が放たれた。
雷は逃げ出したギルオネス兵を背後から光の速さで貫き、その身体を黒焦げにした。
「終わったかな。さて、大丈夫でしたか?」
ローグは武器を納めながら荷台の裏に隠れていた商人家族に声を掛ける。
商人は状況が把握出来ず、困惑していた。
「へ? あ……。た、助かった……のか?」
「ええ。ギルオネス兵はあの五人だけですよね? 全員撃退しましたよ」
「し、信じられん……と、とにかく助かった」
頭を下げる商人の後ろから、隠れていた妻と娘が恐る恐る顔を出した。
「あ、ありがとうございます! 助かりましたっ! あなたがいなければ、今頃……」
「いえ、偶然通り掛かっただけです。そこまで畏まらなくても大丈夫ですよ。それより……【クリーン】【ドライ】」
ローグは汚れていた女性の服を、魔法で瞬時に清める。
「あ……わ、私ったら……恥ずかしいですわ……」
「あんな奴らに襲われたら仕方ないですよ。それで、あなた方はこれからどうするのですか?」
商人がローグの質問に答えた。
「わ、私達はギルオネス帝国から逃げて来たんだ。ザルツ王国のザリック商会を頼ろうとしていたのだが、戦で国境が塞がれていてね。ローカルム経由でザルツ王国に行こうとしたらこの有様さ。もう安全な場所はないよ……」
ローグは商人が口にした商会の名に覚えがあった。以前その商会の娘を助けた事があるのだ。
「ザリック商会? それはザルツ王国の首都ポンメルにある商会ですよね? もしかして関係者とか?」
「おや? 商会を知っているのかい。私達はそのザリック商会の傘下なんだ。ギルオネス方面の商いを任されていたのだが、税は法外で、役人は何かと難癖をつけては賄賂を要求してくる。憲兵は悪人を取り締まるどころか、それらを目こぼしして袖の下を受け取る有様。これではまともに商売が成り立たん。私達は帝国での商売に見切りをつけ、撤退してきたのだよ」
商人の話から、ギルオネス帝国の内情が窺える。
不正が横行し、町の治安も悪く、商人に逃げられるようでは、先はない。
「なるほど、分かりました。では、ポンメルまで送りましょうか?」
商人達一家は、強行軍と今の強襲で大分疲労が溜まっている様子だった。
「それは助かるのだが……君はノールに向かっているのではないのかな?」
「確かに俺はノールに向かっていますが、【転移】スキルが使えるんです。一度行った事のある場所に瞬時に戻れます。だから、あなた達を送ってもすぐにここに帰って来られますよ。どうしますか?」
「なら、申し訳ないがお願いしたい。正直、もう限界だったのだ……」
「分かりました。では、荷物を纏めて荷台に入ってくれます? よっと」
ローグは倒れていた荷台を軽々と起こし、元に戻した。
商人はそれに驚きながらも、散乱していた荷物を集めはじめる。全員が乗り込んだ事を確認したローグは荷台に触れてスキルを使う。
「忘れ物はありませんか? じゃあ、行きますよ? 【転移】!」
馬車は光に包まれ、その場から消えた。
商人が恐る恐る目を開くと、目の前にザリック商会の看板があった。
あちこちから商人達の客引きの声が聞こえ、道を行き交う人々は活気に溢れている。
「ここは……ポ、ポンメルだ! ザリック商会の前じゃないかっ! ほ、本当に助かったのか!」
困難続きの旅の緊張から解放された三人は、抱き合って喜びを爆発させる。しかし、商人はすぐに姿勢を正し、ローグに頭を下げた。
「すまない、取り乱してしまった。私はゴズウェルという商人です。もし、商人の力が必要になった際には喜んで力になるので、どうか忘れないでいてほしい。この度は本当にありがとう」
「ゴズウェルさんですか。今後ともよろしくお願いします。実は……俺、国王なんですよ」
突然身分を明かされた商人は、ローグが何を言っているか呑み込めず、瞬きを繰り返す。
「は、はい? こ、国王……様?」
「ええ。つい先日、ザルツ王国のセルシュ領とグリーヴァ王国があった地に、新しく国を作ったんです。もしゴズウェルさんがザルツ王国との流通を担ってくれたら、俺としては助かるんですが」
「あ、あの地に新しい国が!? す、すぐにランドル様に聞いてみますっ! 必ず助けになりますから、またお会いしましょう! ランドル様ぁぁっ!」
商人は興奮した様子で商会へと入って行き、妻と娘が慌てて追いかける。元気そうな三人の背中を見届け、ローグは一安心した。
「これでもう大丈夫かな。さて、俺は戻ろう。【転移】」
再び馬車が襲われていた場所へと戻ったローグは、溜め息をつく。
「やれやれ、いきなり人助けとは、荒れてるなぁ……」
《今のなんて、まだマシな方ですよ、多分。あの兵の質から想像すると、恐らくノールの方はもっと酷いでしょうね》
「それなら……なおさら早く行かないとな……。急ごう!」
ローグは気を引き締め、ノールを目指して空を飛ぶ。
《マスター。またギルオネス兵が悪事を働いています》
「了解。雷の雨に打たれよ……【サンダーレイン】!」
「「「ぐぎゃぁぁぁぁっ!」」」
ローグは空を飛びながら、道中で遭遇したギルオネス兵達を残さず雷魔法で殲滅していく。兵士に襲われていた民の中には、敵兵だけを狙って落ちる雷を天罰だと思って、祈りを捧げる者もいた。
順調に飛行を続けたローグの視界に、大きな町が見えてきた。
《マスター、間もなくノールです。近くに敵影はありません。残りはノールにいる兵だけです》
「分かった。なら、ここからは歩いて行こう。飛んで行ったら警戒されるしね……っと」
ローグは人気の少ない森を探し、地上に下りた。
「ふぅ……ここからなら一時間もしないで着くかな? 早く向かおう」
道中度々ギルオネス兵と遭遇しているので、かなりの数の帝国兵が首都ノールに侵攻している可能性が高い。ローグは全速力で目指す。
しばらく走り続けていると、町の門らしきものが見えてきたので、ローグは速度を落とした。
「あれがノールの門かな?」
《マスター、あそこに立っている門番……ギルオネス兵です》
「まさか……ノールはもう落ちたのか?」
《恐らくは。国境での戦いに全兵力を投入した結果、首都の防備が手薄になっているのでしょう》
「民がいなければ国など回らないのに? ローカルム王は何を考えているんだ……」
《あっさり占領されているところを見ると、既に王が討たれてしまったのかもしれませんね》
「なるほど……あり得るな。ナギサ、ローカルムの城はどこにあるか分かる?」
《あの入り口からまっすぐ行けば、正面に見えるはずです》
「分かった。ひとまず、ノールの町をギルオネス兵から解放しようか」
《そうですね、城は後でもいいでしょう》
「だね。じゃあ……目の前の敵から片付けよう」
ローグは鞘から刀を抜き放ち、堂々と歩いて門番へと近付いていく。
「止まれっ! 貴様、その武……ぐはぁっ!」
「な、何を……ぐふぅっ……!」
誰何するギルオネス兵をローグは問答無用で切り倒す。
「て、敵襲だっ!! 急いで警鐘を鳴らせっ!! ぐがぁぁっ!!」
すぐさまノールの町に鐘の音が響き渡る。それを聞きつけたギルオネス兵達が、町の北門に殺到した。
「貴様……我々がギルオネス兵と知って手を出したんだろうな?」
凄む敵兵に、ローグは容赦なく魔法を放つ。
「当たり前だ。平和を脅かす悪人共めっ! 爆ぜろ……【エクスプロージョン】!」
ギルオネス兵が密集していた場所を中心に、高威力の爆発が起きた。
直後、轟音が響き、多数の兵士が爆発に呑まれて跡形もなく吹き飛んだ。
周辺部にいた兵は軽い火傷で済んだものの、いきなり吹き飛ばされた味方を見て混乱に包まれる。
「な、仲間達が一瞬で……お、おいっ、お前、今すぐ城に行ってる奴らを呼んでこい! こいつヤバいぞっ!!」
「わ、分かった!」
一人の兵が城に仲間を呼びに走ったが、ローグはそれを黙って行かせる。
「は、ははっ! バカめ、すぐに仲間が来るぞっ! これでお前も終わりだ! ギルオネスに手を出した事を悔やみながら死ぬがいいっ!」
遠巻きに威嚇する兵士に、ローグは現実を突きつける。
「あえて行かせたんだよ。どうせなら纏めて倒した方が片付けも楽だしね。あぁ、今から片付けられるお前達には関係ない話だったか」
「ぬかせっ! お前ら、一斉に掛かるぞ! 間違っても固まるなよっ! またあの魔法が来る! 行くぞ、オラァッ!」
散開する敵に対し、ローグは魔法ではなく、剣術スキルを使う事にした。
「領域――【円】」
ピィンッと、ローグを中心に、彼にしか分からない間合いの領域が展開される。
剣術の達人は自分の刀が届く範囲を感覚で知る事が出来るのだ。
「俺の間合いに入った奴から死ぬ。それでもいいなら来いっ!」
「そんな細い剣で何が出来るってんだ! 行くぞっ!」
どうやら刀を知らないらしい。ローグは刀を鞘に収め、居合いの構えをとった。
ローグが納刀したのをチャンスと見て、ギルオネス兵は四方向から一斉に斬り掛かる。
「忠告はしたよ? はっ!!」
直後、ローグの刀が閃き、神速の抜刀術でギルオネス兵が真っ二つになる。
正面に横薙ぎを見舞ったのに続き、右に袈裟斬り、後ろは逆袈裟斬り、左には突きと連続で放ち、掛かってきたギルオネス兵は、四人ほぼ同時に倒れた。
ローグの領域に入るという事は、死を意味する。
「バ、バケモンだっ! 勝てるわけねぇっ!!」
「く、くそがっ!! おい、魔法兵っ! 奴に遠距離から魔法を放てっ!」
「「「は、はいっ! 【ファイアーボール】!」」」
すっかり腰が引けた兵士に代わって、魔法兵が無数の火の玉を放つ。
「【バースト・リフレクト】!」
しかし、放たれた火球はローグには当たらず、あろう事かそれを撃った魔法兵に返っていった。
「「「ぎゃぁぁぁぁっ! あぢぃぃぃぃっ!!」」」
ローグの反射増幅魔法で威力が倍加された【ファイアーボール】が魔法兵を焼き尽くす。
その場に肉が焦げる不快な臭いが立ちこめた。
「どうした、もう掛かって来ないのか? なら……今度は俺から行くぞっ!」
ローグが一歩足を前に出すと、怯えた敵兵達が後退る。しかし、みすみす逃すローグではない。
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ローグは【縮地】を使って高速移動し、目にも留まらぬ速さで次々とギルオネス兵を斬っていく。たちまち、町の入り口には動かなくなったギルオネス兵の山が出来上がった。いつしかその光景を見守っていた町の人達が屋内から出てきて、ローグに声援を送りはじめた。
「が、頑張れぇぇぇっ!」
「ギルオネス兵達を全部やっつけてぇ~!」
ローグは最後の一兵を屠り、声援を送る町の人達に向かって叫んだ。
「この中に冒険者はいるかっ! 俺はプラチナランクの冒険者のローグ!! もしいたら、このギルオネス兵達を片付けておいてくれっ! 俺はこのまま城へ救援に向かう!」
その声に応え、ローグの周りに冒険者達が集まってきた。
その中の一人、白髪交じりの中年の男が口を開く。
「あんたが噂に聞く覇竜のローグだったのか……! 話はポンメルのギルド長からも聞いてる。凄い奴が現れたってな? 俺はノールのギルド長をやっている者だ。あまりに多勢に無勢で、ろくに抵抗出来なかった。恥ずかしい限りだぜ。正面からギルオネス兵と戦う勇気はなかったが、ここは俺達に任せてくれ。片付けくらいは手伝うさ」
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「ああ、長期間放置された死体は大気中の魔力を吸収して生ける屍になる可能性があるからな」
「そうです。せっかく倒したのにアンデッドになられたら面倒なので、お願いします。それと、怪我人がいたら後で纏めて治療するので、どこか広い場所に集めておいてくれますか?」
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ギルド長にこの場を任せて城へ向かおうとするローグに、別の冒険者が声を掛ける。
「覇竜のローグ。今ローカルム城にはギルオネス帝国の猛将ライオネル将軍が来ているはずだ。アイツはお前でも簡単には殺れないかもしれないぜ?」
ローグは納刀しつつその冒険者を見る。
「たとえ誰だろうと、平和を脅かす奴は許さないよ。ここを頼むよ」
「ははっ。ああ、頑張れよ! 覇竜のローグ!」
ローグはこの冒険者達に町を任せ、メインストリートを城へとまっすぐ走る。城までの道は一本道だ。この間敵兵の姿はなく、抵抗もない。
城に着くと、ギルオネス兵が城を取り囲んで陣を敷いていた。どうやら城はまだ落ちてはおらず、中に立て籠もっている者がいるらしい。
ローグは止まらず、勢いに乗ったまま敵陣に突入する。
「ぎゃぁぁっ!」
「な、なんだ!? この野郎っ! 何もん……ごふっ!」
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先程戦った連中よりは統率が取れており、手練れと言えるが、ローグにとっては大した違いはない。当然のように次々と倒していく。ローグが通った道にはギルオネス兵の死体が折り重なり、血の川が出来ていた。ローグはそのまま無傷で敵陣を駆け抜け、城へと続く門の前にたどり着く。
ローグはそこで反転し、門に背を向けて敵と相対した。
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「略奪や暴行か……。そんな指示を出した覚えはないのだがな。それも俺の至らなさ故か。だが、無駄に部下の命を散らすわけにはいかん。見逃してもらえぬのならば……貴様をここで倒すのみだっ! 行くぞっ!!」
ライオネルは気合いの叫びと共に、巨大なハルバードを上段に構えて突進する。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
地面を砕くほどに強く踏み込んだ足で、爆発的な加速をするライオネル。
だが、ライオネルのハルバードが間合いに達する前に、ローグが二本の刀を同時に振るう。
「遅いっ! 刀技【飛刃・雷】!」
雷を纏った二つの斬撃がライオネルの両肩にヒットし、彼の身体に電流を流した。
「うがあぁぁぁぁっ!!」
雷に打たれたライオネルは、麻痺して立ち尽くす。ローグは【縮地】で懐に飛び込み、胴に峰打ちを打ち込んだ。
「がっ! はっ……!」
「そこで眠ってろ、ライオネル。目が覚めたら裁きの時間だ。ローカルム王に言う謝罪の言葉でも考えておくといい」
「くっ! つ……強えぇなぁぁ。さ、最期にっ……真っ当な……決闘をしてっ……! はぁっ……ま、満足……だ。がふっ……!」
ライオネルは血を吐きながらそう呟き、膝から崩れ落ちた。
「もし……違う出会い方をしていたら、良い仲間になったかもしれないな。身体を張って仲間を庇うなんて、良い将軍に違いない。だが、部下の暴走を許す甘さは見逃せないよ。兵士と賊は違う。戦の名のもとに好き勝手する誇りを失った兵士など、救うに値しない」
将軍が倒れ、残っていたギルオネス兵達に動揺が広がる。
「し、将軍がっ! お、お前らっ! 仇討ちだっ! 将軍の無念を晴らすぞっ!」
「「「おぉぉぉぉっ!!」」」
将が討たれて降伏するかと思いきや、残っていた兵は仇討ちに燃えて士気を高める。
しかしそこで、ローグの後ろの門が開いた。
「今が勝機だっ!! 皆っ! ギルオネス兵を一掃するぞっ! 私に続けっ!!」
「「「「おぉぉぉぉぉっ!!」」」」
若い男に率いられ、門の中からローカルム王国の騎士達が現れた。
ローグが敵兵を減らした結果、ローカルム王国の騎士は生き残ったギルオネス兵の三倍はいる。
「ちっ!! ここでローカルム騎士団かっ! もはや、これまでっ……! お前らっ! ここが俺達の死に場所だっ! 死ぬ気で相手を道連れにしてやれっ!」
「「「おぉぉぉっ!!」」」
いよいよここが死地と覚悟を決めたギルオネス兵達は、取り囲まれながらも、相手を道連れにしようと奮起した。先程町の北門で戦った犯罪者紛いの連中とは一味違うギルオネス兵を見て、ローグは問い掛ける。
「少しは骨のある奴がいるみたいじゃないか。君達、投降する気はある?」
「あるわけないだろうがっ! ライオネル将軍を殺られて、黙っていられるかよっ!!」
ローグはギルオネス兵に間違いを指摘する。
「あー、待て、殺ってないぞ。あれは峰打ち。彼はまだ生きてるよ?」
「な、なにっ!?」
ちょうどその時、ライオネルがむくりと上体を起こした。
「い……ってぇぇぇっ! かぁぁっ……肋骨イッてるな、こりゃ……」
「「「「し、将軍っ! ご無事でっ!?」」」」
「んあ?」
将軍が無事だと分かった瞬間、ギルオネス兵達は次々と武器を捨て、投降した。
「……投降する。裁いてくれ」
「裁くのはローカルム王だよ。どうやら君達は野盗まがいの兵士とは違うようだね。それでも、戦を仕掛けた事実は変わらない」
「ああ、報いは受ける。将軍を殺さないでくれてありがとう……」
こうして、ノールでの攻防戦は幕を下ろしたのであった。
†
首都ノール内にいるギルオネス兵を全て投降もしくは戦闘不能状態にしたローグは今、ローカルム王国の王ソーン・ローカルムと謁見の間で対面していた。
王と名乗った男はまだ若く、二十歳にも満たないように見える。だが、その瞳には強い意志の力を感じた。
「大変世話になりました、ローグ殿。あなたがいなければ、我が国はギルオネス帝国の手に落ちていたでしょう。恩にきますっ!」
そう言ってソーンは頭を下げた。
「こちらも目的があって助けたまでの事です。そう畏まらないでください。これでも俺は神国アースガルドの国王です。戦火に喘ぐ隣国を放っておいたりしません」
ソーンは首を傾げ、ローグに問い掛けた。
「アースガルド? 聞いた事のない国ですね?」
「はは、つい最近建国したので、戦争中の貴国には情報が入っていなかったのでしょう。ザルツ王国にあるセルシュ領とグリーヴァ王国を合わせた場所です」
それを聞き、ソーンは納得の表情を浮かべる。
「セルシュ領……? あぁっ! もしかして、あなたがあのザルツ王国のローグ・セルシュ男爵ですか! 双竜勲章を受けたという、あのローグ殿でしたか! なるほど……それならライオネル将軍すら圧倒したあの強さも納得です」
無邪気なソーンの反応は、一国の王というよりも、普通の若者という印象だった。
ローグは素直に気になった事を尋ねる。
「失礼ですが、ソーン殿はいつからローカルムの王を?」
「いえ、私が王位を継いだのはつい先日です。父が国境での戦で倒れ、この国を引き継いだばかりなのです」
「なるほど。王になったばかりですか。俺と同じですね。それで……ローカルムはこれからどうするおつもりでしょうか?」
ローグの質問に、ソーンは首を捻る。
「どう……とは?」
「単独でギルオネス帝国に対抗するのか、それとも他国と同盟を組むのか。あるいは……まさかないとは思いますが、このままギルオネス帝国に屈するのか。それを聞いているのです」
ようやく質問の意味を理解したソーンは椅子から立ち上がり、ローグに言った。
「な、何をっ! 敬愛する我が父を奪ったギルオネス帝国に屈する事などありえませんっ! しかし……我が国単独では……ギルオネス帝国に対抗するのは難しい……」
そう言い、ソーンは力なく椅子に座り落ち込んでしまった。そんなソーンを思い、ローグは優しく声を掛ける。
「なら……我が国が力を貸しましょうか? ただし、条件はつけますが」
「条件? それは一体?」
ローグはソーンに考えを述べる。
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