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1巻
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結局、移動初日に遭遇したのはゴブリンのみだった。行程の三分の一を歩いたところで薄暗くなってきたため、ローグは野営の準備を始める。
街道沿いに雨風を凌ぐのにちょうど良い岩の隙間を見つけ、今夜はそこで休む事にした。
「【神眼】って便利だよな。相手がどんなスキル持っているか分かるし、それを貰えるんだから」
《神と名のつくスキルですからね。使い方次第では敵なしでしょう。ただ、それを悪用した場合には、神の雷に身を焼かれる事になる……とだけ、一応忠告しておきます》
「怖いねぇ……俺は家族と親友さえ助けられれば、最強とか興味ないしね。さぁ、休もう。明日も歩くからな。お休み、ナギサ」
ローグは心地よい疲労に身を任せ、そのまま眠りに落ちる。
――そんな彼の様子を、天界から神が観察しているとも知らずに。
「うん、やっぱり問題なさそうだ。僕が選んだだけある。この調子でどんどん強くなってくれよ? 君にはいつか世界を救ってもらうからね……」
神の思惑をよそに、下界の夜は更けていくのであった。
†
早朝、春先の寒さに目を覚ましたローグは、火をおこし、手持ちの食材で簡単なスープを作った。
「美味いっ! さすが【調理/レベル:MAX】。自分で作ったとは思えない美味さだ」
《マスター……食事の匂いに釣られて、周囲にワイルドウルフが集まってきています。近くに三匹いますが、とりあえず狩ってしまいましょう。仲間を呼ばれたら面倒ですし》
食事を中断したローグは、ナギサの誘導に従って、なるべく一体ずつと戦える位置につく。
「いた……ワイルドウルフだ。どうやらまだ食べ物の匂いに夢中なようだな」
ローグは足元にあった石を拾い、ワイルドウルフの頭目掛けて投げる。彼の手から放たれた石はワイルドウルフの眉間を貫き、一撃で絶命させた。
「ちょ! 威力高すぎだよ! スキル取る前に殺してしまった!」
《【投擲術】レベルMAXですから。威力も上がっています。あ、次が来ました》
仲間を殺された事に気付いた二匹目のワイルドウルフが、ローグに向かって吠える。
「ぐるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉっ!」
あまりの迫力に、ローグは一瞬怯んで足を止める。
スキル【咆哮】を入手しました。
その隙に、ワイルドウルフが素早い動きで撹乱しながら飛び掛かってきた。ローグは何とかこれを目で追う。
スキル【高速移動】を入手しました。
間一髪のタイミングで咆哮の硬直から脱したローグは、ワイルドウルフの体当たりを素早い体捌きで避け、すれ違いざまに右手に握ったミスリルナイフで相手の首を切り裂く。
頸動脈を切られたワイルドウルフは、大量の血を流してその場に倒れた。
「危ねぇ~。……咆哮って一瞬動きが止まるのな。気を付けないと!」
《マスター、三匹目が来ました。後ろです》
「くっ! 【高速移動】!」
ローグは手に入れた【高速移動】スキルで背後から襲い掛かってきたワイルドウルフの攻撃を避け、ミスリルソードで真っ二つに切り裂いた。
《近くにあった敵の反応が消えました。どうやら仲間を殺されて逃げ出したようです》
「ふぅっ……素材を剥ぎ取ったらすぐ先に進もう。いつまた襲われるか分からないしね」
ローグは牙と毛皮を剥ぎ取り、出発した。
二日目も街道を歩き、何度かゴブリンと戦闘になったが、もはや苦戦する事はない。
途中、何人か冒険者らしき出で立ちの人物とすれ違い、興味を覚えたローグはナギサに尋ねる。
「やっぱり冒険者って、パーティー組んで動くのかな?」
《目的や、個々の強さによりますね。自信がある人はソロでダンジョンに挑んだり、討伐をこなしたりと様々です。マスターはその特異な能力をあまり大っぴらには出来ないので、ソロが望ましいですね。もしくは冒険者からスキルを得るために野良パーティーに参加するか……》
「野良パーティー?」
聞き覚えのない単語に、ローグは首を傾げる。
《野良パーティーとは、クエスト等に挑む際、一回だけのパーティーを組む事を指します。クエストが終わったら解散するような感じですね》
「そんなシステムもあるのか。ギルドに行ったら詳しく聞かないとな」
ローグが考え事をしながら歩いていると、すぐ近くから悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあぁぁぁっ! だ、誰かっ……!!」
「な、なんだ!?」
《マスター。近くで馬車が野盗に襲われているようです。どうしますか?》
「どうするって、助けるに決まってるだろ!」
ローグは咄嗟に悲鳴の上がった方に駆け出す。
近くにあった岩の陰に身を潜めて様子を窺うと、綺麗なドレスを纏った金髪の女性と、執事風の服を着た初老の男性が馬車から引きずり出されていた。御者は既に殺されているようだ。
「盗賊の数は……ひ~、ふ~、み~……五人か。多いな」
野盗のリーダーらしき人物が今まさに女性に襲い掛かろうとしている。
初老の男性は拘束され、必死の形相で叫ぶが――
「おっ、奥方様!! お前達っ! この方が誰か分かって……うぐぅっ!」
野盗に腹を蹴られて苦悶の声を漏らした。
「うるせえ。誰か分かってるかって? んなもん知らねえよ。俺たちゃ金持ちなら誰でも構わねぇからよ、はははは」
「セバスっ! い、いやっ、誰か助けてぇぇぇっ!」
リーダーらしき人物は、女性の胸元に手をやり、容赦なく服を引き裂いた。
露わになった白い胸を見て、リーダーは涎を垂らす。
「金と、ついでに女まで手に入るとはなぁ~。ツイてるぜ! 飽きるまで楽しんだら奴隷商人に売ってやるよ! そら、いい声で哭けよ?」
「イヤっ! いやぁぁぁっ! セバスっ、セバスぅぅっ!」
「奥方様っ!!」
リーダーに身体をまさぐられ、女性が悲鳴を上げる。
さすがに見ていられなくなり、ローグは手にしたミスリルナイフを思いっきり投げつけた。
「な……が……がふっ」
「えっ!? きゃあぁぁっ!」
頭にナイフを受けて絶命したリーダーが、女性に向かって倒れた。
「だ、誰だっ! 出てきやがれ!!」
色めき立ち、一斉に辺りを警戒する他の野盗四人の前に、ローグはゆっくりと進み出て、姿を見せる。その声から僅かに怒りがにじむ。
「見ていて吐き気がする。お前達野盗は……生きていても罪しか犯さないんだな。神のもとへ送ってやるから全員で掛かってこいよ」
挑発に乗った野盗達が初老の男の拘束を解き、ローグに向かって武器を構えた。
ローグは解放された男にチラッと目配せをする。どうやら男は気付いたらしく、黙ってこくっと頷き、戦いが始まるのを待つ。
「行くぞごらぁっ!」
粗野な叫び声を上げて斬りかかってくる野盗に対し、ローグはバックステップで後退。襲われていた二人から距離をとり、馬車から野盗を引き離していく。
ローグは賊を引きつけつつ、その隙を見て初老の男性が女性を救出するのを確認した。
「逃げんのか! 殺ってやるぜ! ひゃはぁっ!」
ローグは距離を保ちながら石を投げ、野盗達の手から武器を叩き落とす。武器を取り落とした野盗が動揺しているところを、【高速移動】を駆使して切り刻む。
野盗が次々と悲鳴を上げて倒れていく。しかし、そのうちの一人が魔法で抵抗を試みた。
「いってぇっ!! ちくしょうっ! 武器がなくてもこっちにゃ魔法が……おらぁっ! 死んじまえやぁっ! ファイアーボール!」
不意に小さな火球が飛んでくるが、スピードも遅く、ローグは余裕を持ってミスリルバックラーで受け止める。スキルレベルが低いせいか、魔法の爆発は大したものではなく、盾に傷一つけられない。
スキル【火属性魔法/レベル:MAX】を入手しました。
「ば、バカな!! 俺のファイアーボールがっ!? お前は誰だ!」
「犯罪者に名乗るほどお人好しじゃないんでね。そうそう、貰ったモノはキッチリ返すよ」
スキルを得た事で、ローグの頭に自然と使える魔法が浮かんだ。彼はその中の一つを唱える。
「【ファイアーランス】」
ローグがかざした手の平から、鋭く尖った槍のような炎が野盗に向かって高速で飛んでいく。
「ぎゃあああああっ!!」
野盗の身体は槍に貫かれ、そのまま燃え上がり、炭と化した。
「ふぅっ……終わったな」
《お見事です、マスター。他にはいないようですね。二人の所へ行きましょう》
ローグは剣の血を払って鞘に納めた後、襲われていた女性達の所へ向かった。
女性は執事風の男に助けられ、破れたドレスの代わりに白い布を身体に巻いている。男性はローグの意図を察してくれたようだ。
「大丈夫でしたか? 野盗に襲われるなんて、災難でしたね」
優しく声を掛けたローグに応え、初老の男が感謝と挨拶を述べる。
「この度は我々をお助けいただき、感謝いたします。私はハレシュナ家の執事で、セバスチャン・イングラットと申します。失礼ですが、あなたは……?」
「俺はラオル村から来たローグ・セルシュ。幼い頃盗賊に攫われた両親と親友を助けるために、世界を回る旅を始めたばかりです。今は王都ポンメルを目指しています」
「そうでしたか……それは大変でしたな……」
「セバス? 私の紹介はまだですか?」
女性に急かされ、セバスは軽く咳払いをして紹介を始める。
「こほん……こちらは王都ポンメルに居を構えるハレシュナ公爵の奥方様で、名をロレーヌ・ハレシュナ様と申します」
「ロレーヌと申します。この度は危ないところを救っていただき、感謝いたします。あなたがいなかったら今頃は……」
ロレーヌは有り得た未来を想像して顔を青くしながらも、深々と頭を下げた。
「偶然近くを通っただけですので……お気になさらず。それでは、これで失礼します」
一礼してその場を離れようとしたローグを、ロレーヌが引き留める。
「お待ちください! もしよろしければ、私共の馬車に乗って行かれませんか? また襲われないとも限りませんし……道中の護衛をお願いしたいのですが……ねぇ、セバス?」
「はい。ローグ殿にでしたら是非ともお願いしたいですね。それに、助けていただいたお礼がまだですので……出来れば公爵邸まで同行していただければと……」
ローグはいきなりの申し出に躊躇するが、ナギサがその背中を後押しする。
《マスター。大人しく乗せてもらいましょう。ここで貴族と縁を作っておくと、後々何かあった時に助けとなるでしょう》
(まったく、ナビなのにちゃっかりしてるな。仕方ない)
ローグは呆れながらもナギサの言い分に納得し、セバスの申し出を受ける事にした。
「分かりました。それでは王都までお世話になります。よろしいですか?」
「ええっ! こちらこそ……よろしくお願いいたしますね」
こうしてローグは公爵家の馬車で王都ポンメルへと向かう事になるのだった。
†
ローグはセバスが操る馬車に揺られ、ちょうど太陽が真上に昇った頃、ザルツ王国の王都ポンメルに到着した。馬車は門を素通りして公爵の屋敷へと向かっているようだ。
生まれて初めて貴族の家を訪れるローグは、今になって少し緊張を覚えた。
「あの……今更ですが、私のような者がお屋敷に伺ってもよろしいのでしょうか?」
「まぁ、ローグ様は私達の命の恩人、無事生きて帰ってくる事が出来たのは、ローグ様がいたからこそ。礼を尽くさねば公爵家の恥となりましょう。ですので、どうかお気になさらず」
ロレーヌは乗り気だが、ローグとしては、スキルの事もあり、変に手柄が誇張されて名前が知れ渡るのも気が引ける。彼は簡単に挨拶だけ済ませて屋敷を去ろうと考えて、曖昧に返事をするだけに留めた。
やがて、馬車は巨大な屋敷の門を通過し、玄関前で止まった。
「さぁ、着きましたぞ、奥方様。ローグ様」
セバスはロレーヌの手を取って客車から降ろし、ローグもそれに続く。
屋敷の玄関には数名のメイドが並んで待ち構えていた。セバスは彼女達に何かを告げた後、ローグに話し掛ける。
「ローグ様。我々は先に旦那様に帰還の挨拶をしますので、失礼ですが、少々別室でお待ちいただければ……案内はこちらのメイドがいたします」
「分かりました。そちらに従います」
ローグはニコッと笑って応えた。美形な少年の微笑みは、年頃のメイド達には少しばかり刺激が強かったらしく、皆コロッとやられてしまった。
「ローグ様こちらへ!」
一人のメイドがローグの手を取ると、他の者も我先にと腕を絡める。
「いえいえ、ローグ様、私と行きましょう! さぁ、こちらへ!」
見かねたセバスが止めに入る。
「お前達、奥方様の命の恩人に何て真似をっ! すぐに離れなさい!」
「「し、失礼しましたぁ~」」
昔から自分が絡むと女性が妙な態度を取ると自覚があるローグは、申し訳なく思い、セバスに頭を下げる。
「すみません、昔から何故かこうなるんですよ……彼女達をあまり怒らないであげてください。君達も、案内を頼めますか?」
「「は、はいっ! 喜んでっ!」」
「ほっほ。ローグ様が謝る事はありません。……どうやらご自分の価値を正確に分かっていらっしゃらないようですな。あ~、メイド諸君。ローグ様に正装をお願いしたい。血が着いた服で旦那様と面会していただくのは少し……ね」
セバスに指摘され、ローグはようやく自分の服の汚れを自覚した。
「ああ……それもそうですね。だけど、いいのですか? 私なんかに服を……」
セバスに代わりロレーヌがそれに答える。
「構いません。むしろ、こちらの都合に合わせるようで申し訳ないくらいです。どうか、受け取ってください」
そこまで言われてしまうと、断るわけにもいかなくなる。
「分かりました。頂戴いたします」
ローグが承諾すると、メイド達が喜び勇んで屋敷へと招き入れる。
「それではローグ様、こちらへ……」
セバス達と一旦別れたローグは、屋敷の奥まった一室に通された。
そこは衣装部屋らしく、今まで見た事もないほど豪華な服が所狭しと並んでいる。室内に入ったローグは、驚きを禁じ得なかった。
「凄い数の服……ですね」
「いつ何があっても良いように、あらゆる様式、サイズが揃っております。では、お脱ぎください」
メイドの一人がさも当然といった様子で着替えを促す。しかし、彼女達は立ち去る気配がない。ローグが着替えるのをその場で待つようだった。ローグは困惑して首を傾げるが……
「は? あの……退室されないので?」
「何かあっては困りますから。どうぞお構いなく、お着替えください。ニコニコ」
ローグはそれが貴族の習慣なのだと納得し、構わず服を脱ぐ事にした。別に見られて困る身体はしていない。とはいえ、メイド達は職務に忠実というわけではなく……ローグの裸体に見とれて小声でヒソヒソと囁き合う。中には鼻血を垂らしている者までいる始末。
「「「し、至福の時っ、仕えてて良かった公爵家!」」」
下着姿になったローグは、怪しい雰囲気のメイド達に話し掛ける。
「服を貰えます? さすがにそんなに見られると……」
「「「は、はい! ただ今お持ちします~!」」」
メイド達はローグに合いそうなサイズの服を持ち寄り、身体に合わせていく。その際、妙にベタベタと触れられたが、サイズの確認に必要な事だと思い、ローグは気にしないで任せた。
正装を纏ったローグは、どこかの王子と言われても信じそうなくらいに様になっていた。
「変じゃないかな? こんな服着た事がないから、自分じゃどうにも分からないな」
「大丈夫です、完璧です! では、公爵様のお部屋にご案内します」
メイド達に従って、セバス達の待つ部屋に向かうローグ。廊下ですれ違うメイド達も、全員ローグを振り返り、どこの名家の子息が来たのかとざわつく。
「あの、やっぱり変じゃないですか? 皆見ている気がするんですが……」
「とても似合っていらっしゃるからですよ~。皆、ローグ様がどこかの王子様と勘違いしているのでしょう」
「あっはっは、田舎の村の出の私が王子様? あり得ないですよ」
「またまた、ご謙遜を。あ、着きました。こちらになります」
案内のメイドは一際大きな扉の前で立ち止まり、ノックした。
「失礼します旦那様。ローグ様をお連れいたしました」
「入りたまえ」
呼びかけに応えて扉が開き、中の様子が明らかになる。
部屋の奥にはオーク材で出来た立派な机があり、そこに威厳に満ちた男性が座っていた。彼が公爵その人だろう。セバスは脇に控えて立っている。
メイドと共に入室したローグは、奥の男性に向かって頭を下げ、挨拶をした。
「失礼します。ローグ・セルシュと申します」
公爵は椅子から立ち上がり、ローグに歩み寄って親しげに彼の手を取る。
「おおっ!! 君がローグ殿か! 私がこの家の主で、名をアラン・ハレシュナと言う。話は全てセバスから聞いた。今回は妻とセバスが危ないところを助けてもらったそうで、感謝するぞ!」
「いえ、偶然近くにいたもので……あまり気になさらないでください」
「そうはいかん。恩人に礼を欠いては公爵家の名に傷が付く。セバス、アレをこちらに」
「はっ。畏まりました」
セバスは銀のトレイに袋と包みを載せて運んできた。
「この度は二人が世話になった。君がいなければ、我が家は今頃悲しみに暮れていただろう。その活躍に感謝し、黒金貨百枚と、君が失った短剣の代わりになるか分からないが、この……オリハルコンナイフを授けよう」
アランが提示した法外な金額の礼に、ローグは腰を抜かす。
「こ、こんなにいただけませんって! 身に余ります!」
「受け取ってくれ! それくらい感謝しているし、君とはこれからも長い付き合いにしていきたい。何でも、相当強いらしいではないか? 是非当家の護衛として君を雇いたいのだが……」
「いえ、そういうわけには……実は……」
ローグはその誘いをやんわりと断り、旅に出た事情を話した。
アランは残念そうに溜息を一つこぼし、ローグに同情の言葉を掛ける。
「そうか……両親と親友を捜して……よければその者達の名前を教えてもらえぬだろうか?」
「はい。父はバラン・セルシュ。母はフレア・セルシュ。親友はカイン・ローランドと言います」
その名前を聞き、アランが眉をピクリと動かす。
(この顔……どこかで見覚えがあると思えば、やはり、バランの子か! ふふっ、奴の若い頃に瓜二つではないか!)
何やらブツブツと独り言を呟いた公爵が、改めてローグに問い掛ける。
「ローグ殿。突然失礼だが、君は父上の過去を知っておるか?」
「父の過去……? いえ。村で育ててもらった記憶しか……父は何かしたのですか?」
「君の父、バランは……私の弟だ。今は兄が国王をやっていてな。私は公爵家に婿入りしたのだが、三男だったバランは見初めた女がいると言って、成人した後、実家から出ていったのだ」
「えっ? は? 父が? 貴族と血縁!?」
「よく見たら君はバランの若い頃にそっくりだ。はっはっは、まさか奴の息子が妻を助けてくれるとは……何と数奇な運命。ならば、今度はワシらの番じゃな。両親と親友捜し、ワシらも手を貸そう。行方知れずの愚弟が生きているとはな。捜し出してやらんと!」
ローグはアランの心遣いに感謝し、深く頭を下げた。
「ありがとう……ございますっ! 正直一人でどうしようかと途方に暮れていました。公爵様、どうか力を……お貸しください!」
「堅苦しい話はなしだ。これからはアラン伯父さんとでも呼んでくれ。はっはっは。それと、いつでもこの屋敷を自由に使っていいぞ。さぁ、神の奇跡に感謝し、食事会としよう。作法くらいは大丈夫なのだろう?」
「両親に散々仕込まれました。……伯父さん?」
「はっはっは! 久しぶりに愉快だ! さぁ、参ろうか」
上機嫌なアランに招かれて、ローグはアランとロレーヌ、それに三人の娘を含む公爵家の面々と食卓を囲んだ。食事中のローグの作法は完璧で、今すぐ社交界に出しても問題ないと、アランが太鼓判を押したほどである。
ここで初対面となる三人の娘が自己紹介をした。
「長女のフローラ、十六歳です」
「二女のリーゼ、十五歳です」
「三女のマリア、十三歳です」
皆母親に似て大層美しく、よく手入れされた金髪が輝いている。
お互いに多少の緊張はあったものの、楽しく食事を終えたところで、アランが切り出した。
「なぁ、ローグよ。両親捜しはワシに任せて、君は家の娘の誰かと結婚でもしないか? そのまま野に放つにはあまりに惜しい……」
アランの娘は三人とも、ローグが今まで出会った同世代とは比較にならないほどの美人。目的さえなければ一も二もなく頷いてしまうレベルだ。しかし、彼は首を横に振る。
「すみませんが、こればかりは……それに、俺なんかには勿体ないですよ?」
期待の篭もった瞳でローグを見ていた娘達は、彼の返答にションボリと肩を落とした。
「そうか……なら、娘達を行き遅れにしないためにも、全力でバランを捜さないとな。見つかったら落ち着くんだろう?」
「そうですね。旅を続ける理由もなくなりますし、俺で良ければ……」
その返答に、娘達は喜びの声を上げた。
「お父様っ! どうか、一年以内にお願いいたします!」
「分かっておる。兄にも力を貸してもらう。なに、すぐに見つかるさ。お前達は誰が選ばれてもいいように女を磨きなさい。孫の顔が見られるかと思うと、これは張り切るしかないな」
まだ捜しはじめてもいないのに、張り切る公爵家の面々であった。
街道沿いに雨風を凌ぐのにちょうど良い岩の隙間を見つけ、今夜はそこで休む事にした。
「【神眼】って便利だよな。相手がどんなスキル持っているか分かるし、それを貰えるんだから」
《神と名のつくスキルですからね。使い方次第では敵なしでしょう。ただ、それを悪用した場合には、神の雷に身を焼かれる事になる……とだけ、一応忠告しておきます》
「怖いねぇ……俺は家族と親友さえ助けられれば、最強とか興味ないしね。さぁ、休もう。明日も歩くからな。お休み、ナギサ」
ローグは心地よい疲労に身を任せ、そのまま眠りに落ちる。
――そんな彼の様子を、天界から神が観察しているとも知らずに。
「うん、やっぱり問題なさそうだ。僕が選んだだけある。この調子でどんどん強くなってくれよ? 君にはいつか世界を救ってもらうからね……」
神の思惑をよそに、下界の夜は更けていくのであった。
†
早朝、春先の寒さに目を覚ましたローグは、火をおこし、手持ちの食材で簡単なスープを作った。
「美味いっ! さすが【調理/レベル:MAX】。自分で作ったとは思えない美味さだ」
《マスター……食事の匂いに釣られて、周囲にワイルドウルフが集まってきています。近くに三匹いますが、とりあえず狩ってしまいましょう。仲間を呼ばれたら面倒ですし》
食事を中断したローグは、ナギサの誘導に従って、なるべく一体ずつと戦える位置につく。
「いた……ワイルドウルフだ。どうやらまだ食べ物の匂いに夢中なようだな」
ローグは足元にあった石を拾い、ワイルドウルフの頭目掛けて投げる。彼の手から放たれた石はワイルドウルフの眉間を貫き、一撃で絶命させた。
「ちょ! 威力高すぎだよ! スキル取る前に殺してしまった!」
《【投擲術】レベルMAXですから。威力も上がっています。あ、次が来ました》
仲間を殺された事に気付いた二匹目のワイルドウルフが、ローグに向かって吠える。
「ぐるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉっ!」
あまりの迫力に、ローグは一瞬怯んで足を止める。
スキル【咆哮】を入手しました。
その隙に、ワイルドウルフが素早い動きで撹乱しながら飛び掛かってきた。ローグは何とかこれを目で追う。
スキル【高速移動】を入手しました。
間一髪のタイミングで咆哮の硬直から脱したローグは、ワイルドウルフの体当たりを素早い体捌きで避け、すれ違いざまに右手に握ったミスリルナイフで相手の首を切り裂く。
頸動脈を切られたワイルドウルフは、大量の血を流してその場に倒れた。
「危ねぇ~。……咆哮って一瞬動きが止まるのな。気を付けないと!」
《マスター、三匹目が来ました。後ろです》
「くっ! 【高速移動】!」
ローグは手に入れた【高速移動】スキルで背後から襲い掛かってきたワイルドウルフの攻撃を避け、ミスリルソードで真っ二つに切り裂いた。
《近くにあった敵の反応が消えました。どうやら仲間を殺されて逃げ出したようです》
「ふぅっ……素材を剥ぎ取ったらすぐ先に進もう。いつまた襲われるか分からないしね」
ローグは牙と毛皮を剥ぎ取り、出発した。
二日目も街道を歩き、何度かゴブリンと戦闘になったが、もはや苦戦する事はない。
途中、何人か冒険者らしき出で立ちの人物とすれ違い、興味を覚えたローグはナギサに尋ねる。
「やっぱり冒険者って、パーティー組んで動くのかな?」
《目的や、個々の強さによりますね。自信がある人はソロでダンジョンに挑んだり、討伐をこなしたりと様々です。マスターはその特異な能力をあまり大っぴらには出来ないので、ソロが望ましいですね。もしくは冒険者からスキルを得るために野良パーティーに参加するか……》
「野良パーティー?」
聞き覚えのない単語に、ローグは首を傾げる。
《野良パーティーとは、クエスト等に挑む際、一回だけのパーティーを組む事を指します。クエストが終わったら解散するような感じですね》
「そんなシステムもあるのか。ギルドに行ったら詳しく聞かないとな」
ローグが考え事をしながら歩いていると、すぐ近くから悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあぁぁぁっ! だ、誰かっ……!!」
「な、なんだ!?」
《マスター。近くで馬車が野盗に襲われているようです。どうしますか?》
「どうするって、助けるに決まってるだろ!」
ローグは咄嗟に悲鳴の上がった方に駆け出す。
近くにあった岩の陰に身を潜めて様子を窺うと、綺麗なドレスを纏った金髪の女性と、執事風の服を着た初老の男性が馬車から引きずり出されていた。御者は既に殺されているようだ。
「盗賊の数は……ひ~、ふ~、み~……五人か。多いな」
野盗のリーダーらしき人物が今まさに女性に襲い掛かろうとしている。
初老の男性は拘束され、必死の形相で叫ぶが――
「おっ、奥方様!! お前達っ! この方が誰か分かって……うぐぅっ!」
野盗に腹を蹴られて苦悶の声を漏らした。
「うるせえ。誰か分かってるかって? んなもん知らねえよ。俺たちゃ金持ちなら誰でも構わねぇからよ、はははは」
「セバスっ! い、いやっ、誰か助けてぇぇぇっ!」
リーダーらしき人物は、女性の胸元に手をやり、容赦なく服を引き裂いた。
露わになった白い胸を見て、リーダーは涎を垂らす。
「金と、ついでに女まで手に入るとはなぁ~。ツイてるぜ! 飽きるまで楽しんだら奴隷商人に売ってやるよ! そら、いい声で哭けよ?」
「イヤっ! いやぁぁぁっ! セバスっ、セバスぅぅっ!」
「奥方様っ!!」
リーダーに身体をまさぐられ、女性が悲鳴を上げる。
さすがに見ていられなくなり、ローグは手にしたミスリルナイフを思いっきり投げつけた。
「な……が……がふっ」
「えっ!? きゃあぁぁっ!」
頭にナイフを受けて絶命したリーダーが、女性に向かって倒れた。
「だ、誰だっ! 出てきやがれ!!」
色めき立ち、一斉に辺りを警戒する他の野盗四人の前に、ローグはゆっくりと進み出て、姿を見せる。その声から僅かに怒りがにじむ。
「見ていて吐き気がする。お前達野盗は……生きていても罪しか犯さないんだな。神のもとへ送ってやるから全員で掛かってこいよ」
挑発に乗った野盗達が初老の男の拘束を解き、ローグに向かって武器を構えた。
ローグは解放された男にチラッと目配せをする。どうやら男は気付いたらしく、黙ってこくっと頷き、戦いが始まるのを待つ。
「行くぞごらぁっ!」
粗野な叫び声を上げて斬りかかってくる野盗に対し、ローグはバックステップで後退。襲われていた二人から距離をとり、馬車から野盗を引き離していく。
ローグは賊を引きつけつつ、その隙を見て初老の男性が女性を救出するのを確認した。
「逃げんのか! 殺ってやるぜ! ひゃはぁっ!」
ローグは距離を保ちながら石を投げ、野盗達の手から武器を叩き落とす。武器を取り落とした野盗が動揺しているところを、【高速移動】を駆使して切り刻む。
野盗が次々と悲鳴を上げて倒れていく。しかし、そのうちの一人が魔法で抵抗を試みた。
「いってぇっ!! ちくしょうっ! 武器がなくてもこっちにゃ魔法が……おらぁっ! 死んじまえやぁっ! ファイアーボール!」
不意に小さな火球が飛んでくるが、スピードも遅く、ローグは余裕を持ってミスリルバックラーで受け止める。スキルレベルが低いせいか、魔法の爆発は大したものではなく、盾に傷一つけられない。
スキル【火属性魔法/レベル:MAX】を入手しました。
「ば、バカな!! 俺のファイアーボールがっ!? お前は誰だ!」
「犯罪者に名乗るほどお人好しじゃないんでね。そうそう、貰ったモノはキッチリ返すよ」
スキルを得た事で、ローグの頭に自然と使える魔法が浮かんだ。彼はその中の一つを唱える。
「【ファイアーランス】」
ローグがかざした手の平から、鋭く尖った槍のような炎が野盗に向かって高速で飛んでいく。
「ぎゃあああああっ!!」
野盗の身体は槍に貫かれ、そのまま燃え上がり、炭と化した。
「ふぅっ……終わったな」
《お見事です、マスター。他にはいないようですね。二人の所へ行きましょう》
ローグは剣の血を払って鞘に納めた後、襲われていた女性達の所へ向かった。
女性は執事風の男に助けられ、破れたドレスの代わりに白い布を身体に巻いている。男性はローグの意図を察してくれたようだ。
「大丈夫でしたか? 野盗に襲われるなんて、災難でしたね」
優しく声を掛けたローグに応え、初老の男が感謝と挨拶を述べる。
「この度は我々をお助けいただき、感謝いたします。私はハレシュナ家の執事で、セバスチャン・イングラットと申します。失礼ですが、あなたは……?」
「俺はラオル村から来たローグ・セルシュ。幼い頃盗賊に攫われた両親と親友を助けるために、世界を回る旅を始めたばかりです。今は王都ポンメルを目指しています」
「そうでしたか……それは大変でしたな……」
「セバス? 私の紹介はまだですか?」
女性に急かされ、セバスは軽く咳払いをして紹介を始める。
「こほん……こちらは王都ポンメルに居を構えるハレシュナ公爵の奥方様で、名をロレーヌ・ハレシュナ様と申します」
「ロレーヌと申します。この度は危ないところを救っていただき、感謝いたします。あなたがいなかったら今頃は……」
ロレーヌは有り得た未来を想像して顔を青くしながらも、深々と頭を下げた。
「偶然近くを通っただけですので……お気になさらず。それでは、これで失礼します」
一礼してその場を離れようとしたローグを、ロレーヌが引き留める。
「お待ちください! もしよろしければ、私共の馬車に乗って行かれませんか? また襲われないとも限りませんし……道中の護衛をお願いしたいのですが……ねぇ、セバス?」
「はい。ローグ殿にでしたら是非ともお願いしたいですね。それに、助けていただいたお礼がまだですので……出来れば公爵邸まで同行していただければと……」
ローグはいきなりの申し出に躊躇するが、ナギサがその背中を後押しする。
《マスター。大人しく乗せてもらいましょう。ここで貴族と縁を作っておくと、後々何かあった時に助けとなるでしょう》
(まったく、ナビなのにちゃっかりしてるな。仕方ない)
ローグは呆れながらもナギサの言い分に納得し、セバスの申し出を受ける事にした。
「分かりました。それでは王都までお世話になります。よろしいですか?」
「ええっ! こちらこそ……よろしくお願いいたしますね」
こうしてローグは公爵家の馬車で王都ポンメルへと向かう事になるのだった。
†
ローグはセバスが操る馬車に揺られ、ちょうど太陽が真上に昇った頃、ザルツ王国の王都ポンメルに到着した。馬車は門を素通りして公爵の屋敷へと向かっているようだ。
生まれて初めて貴族の家を訪れるローグは、今になって少し緊張を覚えた。
「あの……今更ですが、私のような者がお屋敷に伺ってもよろしいのでしょうか?」
「まぁ、ローグ様は私達の命の恩人、無事生きて帰ってくる事が出来たのは、ローグ様がいたからこそ。礼を尽くさねば公爵家の恥となりましょう。ですので、どうかお気になさらず」
ロレーヌは乗り気だが、ローグとしては、スキルの事もあり、変に手柄が誇張されて名前が知れ渡るのも気が引ける。彼は簡単に挨拶だけ済ませて屋敷を去ろうと考えて、曖昧に返事をするだけに留めた。
やがて、馬車は巨大な屋敷の門を通過し、玄関前で止まった。
「さぁ、着きましたぞ、奥方様。ローグ様」
セバスはロレーヌの手を取って客車から降ろし、ローグもそれに続く。
屋敷の玄関には数名のメイドが並んで待ち構えていた。セバスは彼女達に何かを告げた後、ローグに話し掛ける。
「ローグ様。我々は先に旦那様に帰還の挨拶をしますので、失礼ですが、少々別室でお待ちいただければ……案内はこちらのメイドがいたします」
「分かりました。そちらに従います」
ローグはニコッと笑って応えた。美形な少年の微笑みは、年頃のメイド達には少しばかり刺激が強かったらしく、皆コロッとやられてしまった。
「ローグ様こちらへ!」
一人のメイドがローグの手を取ると、他の者も我先にと腕を絡める。
「いえいえ、ローグ様、私と行きましょう! さぁ、こちらへ!」
見かねたセバスが止めに入る。
「お前達、奥方様の命の恩人に何て真似をっ! すぐに離れなさい!」
「「し、失礼しましたぁ~」」
昔から自分が絡むと女性が妙な態度を取ると自覚があるローグは、申し訳なく思い、セバスに頭を下げる。
「すみません、昔から何故かこうなるんですよ……彼女達をあまり怒らないであげてください。君達も、案内を頼めますか?」
「「は、はいっ! 喜んでっ!」」
「ほっほ。ローグ様が謝る事はありません。……どうやらご自分の価値を正確に分かっていらっしゃらないようですな。あ~、メイド諸君。ローグ様に正装をお願いしたい。血が着いた服で旦那様と面会していただくのは少し……ね」
セバスに指摘され、ローグはようやく自分の服の汚れを自覚した。
「ああ……それもそうですね。だけど、いいのですか? 私なんかに服を……」
セバスに代わりロレーヌがそれに答える。
「構いません。むしろ、こちらの都合に合わせるようで申し訳ないくらいです。どうか、受け取ってください」
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「分かりました。頂戴いたします」
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そこは衣装部屋らしく、今まで見た事もないほど豪華な服が所狭しと並んでいる。室内に入ったローグは、驚きを禁じ得なかった。
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「は? あの……退室されないので?」
「何かあっては困りますから。どうぞお構いなく、お着替えください。ニコニコ」
ローグはそれが貴族の習慣なのだと納得し、構わず服を脱ぐ事にした。別に見られて困る身体はしていない。とはいえ、メイド達は職務に忠実というわけではなく……ローグの裸体に見とれて小声でヒソヒソと囁き合う。中には鼻血を垂らしている者までいる始末。
「「「し、至福の時っ、仕えてて良かった公爵家!」」」
下着姿になったローグは、怪しい雰囲気のメイド達に話し掛ける。
「服を貰えます? さすがにそんなに見られると……」
「「「は、はい! ただ今お持ちします~!」」」
メイド達はローグに合いそうなサイズの服を持ち寄り、身体に合わせていく。その際、妙にベタベタと触れられたが、サイズの確認に必要な事だと思い、ローグは気にしないで任せた。
正装を纏ったローグは、どこかの王子と言われても信じそうなくらいに様になっていた。
「変じゃないかな? こんな服着た事がないから、自分じゃどうにも分からないな」
「大丈夫です、完璧です! では、公爵様のお部屋にご案内します」
メイド達に従って、セバス達の待つ部屋に向かうローグ。廊下ですれ違うメイド達も、全員ローグを振り返り、どこの名家の子息が来たのかとざわつく。
「あの、やっぱり変じゃないですか? 皆見ている気がするんですが……」
「とても似合っていらっしゃるからですよ~。皆、ローグ様がどこかの王子様と勘違いしているのでしょう」
「あっはっは、田舎の村の出の私が王子様? あり得ないですよ」
「またまた、ご謙遜を。あ、着きました。こちらになります」
案内のメイドは一際大きな扉の前で立ち止まり、ノックした。
「失礼します旦那様。ローグ様をお連れいたしました」
「入りたまえ」
呼びかけに応えて扉が開き、中の様子が明らかになる。
部屋の奥にはオーク材で出来た立派な机があり、そこに威厳に満ちた男性が座っていた。彼が公爵その人だろう。セバスは脇に控えて立っている。
メイドと共に入室したローグは、奥の男性に向かって頭を下げ、挨拶をした。
「失礼します。ローグ・セルシュと申します」
公爵は椅子から立ち上がり、ローグに歩み寄って親しげに彼の手を取る。
「おおっ!! 君がローグ殿か! 私がこの家の主で、名をアラン・ハレシュナと言う。話は全てセバスから聞いた。今回は妻とセバスが危ないところを助けてもらったそうで、感謝するぞ!」
「いえ、偶然近くにいたもので……あまり気になさらないでください」
「そうはいかん。恩人に礼を欠いては公爵家の名に傷が付く。セバス、アレをこちらに」
「はっ。畏まりました」
セバスは銀のトレイに袋と包みを載せて運んできた。
「この度は二人が世話になった。君がいなければ、我が家は今頃悲しみに暮れていただろう。その活躍に感謝し、黒金貨百枚と、君が失った短剣の代わりになるか分からないが、この……オリハルコンナイフを授けよう」
アランが提示した法外な金額の礼に、ローグは腰を抜かす。
「こ、こんなにいただけませんって! 身に余ります!」
「受け取ってくれ! それくらい感謝しているし、君とはこれからも長い付き合いにしていきたい。何でも、相当強いらしいではないか? 是非当家の護衛として君を雇いたいのだが……」
「いえ、そういうわけには……実は……」
ローグはその誘いをやんわりと断り、旅に出た事情を話した。
アランは残念そうに溜息を一つこぼし、ローグに同情の言葉を掛ける。
「そうか……両親と親友を捜して……よければその者達の名前を教えてもらえぬだろうか?」
「はい。父はバラン・セルシュ。母はフレア・セルシュ。親友はカイン・ローランドと言います」
その名前を聞き、アランが眉をピクリと動かす。
(この顔……どこかで見覚えがあると思えば、やはり、バランの子か! ふふっ、奴の若い頃に瓜二つではないか!)
何やらブツブツと独り言を呟いた公爵が、改めてローグに問い掛ける。
「ローグ殿。突然失礼だが、君は父上の過去を知っておるか?」
「父の過去……? いえ。村で育ててもらった記憶しか……父は何かしたのですか?」
「君の父、バランは……私の弟だ。今は兄が国王をやっていてな。私は公爵家に婿入りしたのだが、三男だったバランは見初めた女がいると言って、成人した後、実家から出ていったのだ」
「えっ? は? 父が? 貴族と血縁!?」
「よく見たら君はバランの若い頃にそっくりだ。はっはっは、まさか奴の息子が妻を助けてくれるとは……何と数奇な運命。ならば、今度はワシらの番じゃな。両親と親友捜し、ワシらも手を貸そう。行方知れずの愚弟が生きているとはな。捜し出してやらんと!」
ローグはアランの心遣いに感謝し、深く頭を下げた。
「ありがとう……ございますっ! 正直一人でどうしようかと途方に暮れていました。公爵様、どうか力を……お貸しください!」
「堅苦しい話はなしだ。これからはアラン伯父さんとでも呼んでくれ。はっはっは。それと、いつでもこの屋敷を自由に使っていいぞ。さぁ、神の奇跡に感謝し、食事会としよう。作法くらいは大丈夫なのだろう?」
「両親に散々仕込まれました。……伯父さん?」
「はっはっは! 久しぶりに愉快だ! さぁ、参ろうか」
上機嫌なアランに招かれて、ローグはアランとロレーヌ、それに三人の娘を含む公爵家の面々と食卓を囲んだ。食事中のローグの作法は完璧で、今すぐ社交界に出しても問題ないと、アランが太鼓判を押したほどである。
ここで初対面となる三人の娘が自己紹介をした。
「長女のフローラ、十六歳です」
「二女のリーゼ、十五歳です」
「三女のマリア、十三歳です」
皆母親に似て大層美しく、よく手入れされた金髪が輝いている。
お互いに多少の緊張はあったものの、楽しく食事を終えたところで、アランが切り出した。
「なぁ、ローグよ。両親捜しはワシに任せて、君は家の娘の誰かと結婚でもしないか? そのまま野に放つにはあまりに惜しい……」
アランの娘は三人とも、ローグが今まで出会った同世代とは比較にならないほどの美人。目的さえなければ一も二もなく頷いてしまうレベルだ。しかし、彼は首を横に振る。
「すみませんが、こればかりは……それに、俺なんかには勿体ないですよ?」
期待の篭もった瞳でローグを見ていた娘達は、彼の返答にションボリと肩を落とした。
「そうか……なら、娘達を行き遅れにしないためにも、全力でバランを捜さないとな。見つかったら落ち着くんだろう?」
「そうですね。旅を続ける理由もなくなりますし、俺で良ければ……」
その返答に、娘達は喜びの声を上げた。
「お父様っ! どうか、一年以内にお願いいたします!」
「分かっておる。兄にも力を貸してもらう。なに、すぐに見つかるさ。お前達は誰が選ばれてもいいように女を磨きなさい。孫の顔が見られるかと思うと、これは張り切るしかないな」
まだ捜しはじめてもいないのに、張り切る公爵家の面々であった。
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