八方美人な俺が恋愛ゲー主人公じゃないキャラに転生した件〜ヒロインも悪役令嬢も全部まとめて面倒見ます〜

夜夢

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転生編

03 動かない主人公

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 主人公の動きを調査する事一ヶ月。ヒロインに対し一向に動きを見せない主人公を見てきた俺は頭を悩ませていた。

「あいつ、本当に動かないのか? いや、もしかするとクラスにいるヒロイン以外を狙っている可能性も……」

 そう考えた俺は主人公の席に近い生徒を使い、主人公と他愛のない話をさせてみた。その生徒には主人公の好きな食事や異性のタイプ、はたまた将来の夢などと様々な事を聞き出してもらった。

 その結果、あの主人公はゲームの中でプレイヤーが操る主人公とは全くの別人であると判明した。

「家が貧しくてここには魔法特待生として入学。普段ボーっとしている理由は夜遅くまで自室で魔法の訓練をし、早朝から魔力を使い切る直前まで訓練しているから……か」

 特待生は成績が下がると特待生の資格を剥奪され一般生徒と同じ扱いになる。貧しい主人公は資格を剥奪された瞬間学費を払えず退学しなければならなくなる。そして今は己を鍛える事が最優先で異性や友人のために割く時間すらないのだとか。

「そもそも異世恋では主人公の家は貧しくなんてなかったはずだ。確かどこかの男爵家の末っ子だったはず。そこすらもズレているのか」

 それからさらに観察を続けていく内に無口だった主人公にも友人ができていった。その友人は俺が話を聞き出すように使った生徒だ。主人公は男の友人は作ったものの、ヒロイン達とは一定の距離を保ったまま近付きもしてこない。

「なるほど。俺が考え過ぎていたのかもな。ここにいる主人公はゲームと違って自分の意思がある。プレイヤーに操られているわけじゃないんだ」

 主人公の観察を続け、特に害がない事を確認した俺は次にどうするか考えた。

「さて、主人公が動かないとなると話は大分変わってくるな」

 この異世恋は主人公を軸に物語が展開されていく。しかし動かない主人公を他所に、ヒロイン達はフラグを回収しようと動く。そして現在、ヒロイン達は何故かその対象を俺ことリヒト・フェイルハウンドに向けている。

「もしかしてこれはリヒト・フェイルハウンドの物語なのか? いや、しかしこれはゲームじゃないしな。例えヒロインの一人を攻略した所でバッドルートを選ぶために初日に戻れるとは限らないんだ。ならば俺がする事は……」

 一日の授業を終えた俺はヒロイン達と別れ自室に戻る。

「そろそろ誰か一人を選ばないとな。さて、ここで誰を選択するかが問題なのだが……」

 ひとまずクラスにいるヒロインはクリアベル伯爵家令嬢で現婚約者であるセシリア・クリアベル。勇者ルートで恋仲になるアリア。獣人族の頂点に立つために格闘技で戦うヒロインのウルフェン。そしてヤンキー国内統一ルートのアゲハの四人だ。そして学内にまだ数人、王都内に数人、城内、国内にも何人か存在している。

「トゥルーエンドに入るための大前提としてまず全てのヒロインを一度攻略しなければならない。この際バッドエンドは見る必要がない。バッドエンドはシナリオを埋めるだけのルートであり、攻略には支障が出ないんだっけ」

 バッドエンドの中にはかなり際どいものがある。ヒロインが誘拐され凌辱されたり拷問されたりとバッドエンドを実体験するとなると本気で心を病んでしまう。現代人の俺にグロ耐性はない。

「やはり当初の予定通り悪役令嬢ルートに進もう。ただ主人公……いや、俺が他のヒロインに目移りしなきゃセシリアは悪役令嬢にはならない」

 俺はふとセシリアの顔を思い浮かべる。

「……可愛いよなセシリア。あの子が俺の嫁になるんだよなぁ。中身三十路のオッサンなんだけど大丈夫かな」

 外見こそクール系超絶イケメンのリヒト・フェイルハウンドだが中身はくたびれたただのサラリーマンだ。今さら年下の女の子とピュアな恋愛など絶対に無理だ。俺はゲームだからこそヒロイン達を攻略できていたのだ。

「……ヤバい。よくよく考えたら俺まともに恋愛した経験なんてないぞ? ど、どどどどうしよう!?」

 ヒロイン達がゲームの中で話すセリフはだいたい把握している。伊達に何周もしていないからな。だがそれ以外でもヒロイン達は普通に会話する。そう、今ここに存在しているヒロイン達は生身の人間だ。そう考え始めると途端に自信が失われていき、俺はやや挙動不審気味に室内をウロウロと右往左往した。

「だ、大丈夫だよな? そう、俺は将来この国の王となるリヒト・フェイルハウンドなんだ! 恋愛ごときに臆してる暇はないぞっ。王になるために学ばなければならない事は山ほどあるんだ。うぅぅ……リセットボタン欲しいなぁ」

 悩みながらもひとまずやる事は決まった。

「よし、リセットできるとは限らないなら婚約者であるセシリアと共に人生を歩んでいこう。主人公が動かず俺が他に目移りしない限りセシリアは悪役令嬢になる事もない。誰も不幸にならないルートはセシリアルートだろう」

 そう決意した翌日の朝、俺は教室に入りセシリアを廊下に呼んだ。

「おはようございます、リヒト様。私何かしましたか?」
「ああ、いや。呼び出した理由は悪い理由じゃないんだ」
「はて?」

 俺は首を傾げるセシリアを壁際に押し付け、両肩に手を置く。

「リ、リヒト様!? な、なにを!?」
「セシリア……」

 セシリアの顔がみるみる赤く染まっていく。俺はセシリアに顔を近付け昨夜決意した事を口にした。

「セシリア」
「は、はいっ!」
「俺は近い将来この国の王となる」
「し、承知しておりますともっ」

 セシリアは緊張して唾を飲む。

「セシリアには俺を隣で支えて欲しいと思っている」
「も、もち──え? んっ──!?」

 俺とセシリアの口唇が重なりゆっくりと離れる。

「学園を卒業し次第式を挙げよう。今のキスは約束の証だ。俺はセシリアの愛を決して疑わない。セシリア? おい、セシリア!?」
「きゅ~……」
「セシリアァァァァッ!?」

 不意の口付けでセシリアは限界突破したようだ。俺はどうにか崩れ落ちる前にセシリアを抱き止めた。

「セシリア!? どうしたんだセシリア!」
「リ、リヒト様ぁ~……きゅう~……」
「ま、まさかキス一つで逆上せた? と、とりあえずレストルームに運ばなきゃ!」

 そこに丁度授業のため教室に向かってきたアーノルド先生を見つけた俺は慌ててセシリアを腕に抱えたまま声を掛ける。

「アーノルド先生、セシリアの体調が優れないため彼女をレストルームまで運びます!」
「おや、失神……でしょうか? 何やら顔も赤い気がしますが。熱でもあるのでは?」
「お、おそらく」
「わかりました。そういえばセシリアさんは君の婚約者でしたね。ならばここは君に任せるとしましょう。急ぎ休ませてあげなさい」
「はいっ! ありがとうございます先生!」

 俺は一礼しセシリアを両腕で抱え上げた。

「それでは失礼します」
「授業の方は気にしなくて結構です。さあ行きなさい」
「はいっ!」

 俺は目を回すセシリアを抱えレストルームへと向かったのだった。
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