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第1章 始まり

05 魔王

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 ミリアムのあとを追い建物に入る。建物の内部は石造りで中は薄暗く、室内の中央に台座の上で淡く光る水晶玉があった。その水晶玉に近づきながらミリアムが口を開いた。

「これが転移水晶だよ。触れた者が到達した事のある階層に一瞬で移動できるの」
「へぇ~」
「アーレスさんはまだ一階しか行けないから今は私に掴まっててね?」
「わかった」

 そう言い、アーレスは差し出されたミリアムの手を取った。そしてそのやり取りの一部始終を見ていたシールドオーガは目の前にある現実を受け自身の頭を疑った。

「あ、あの悪鬼羅刹のようなミリアム様がまるで乙女のように──ッ!?」
「し、信じられん!? あの人間は何者なんだ!? 壁に埋まった拍子でイカれちまったのか俺の頭は!?」

 そんな外野の声など気にも留めず、ミリアムは慣れた様子で水晶に触れた。すると水晶が目映く光り、映像が浮かび上がる。

「これは?」
「行ける階層を選ぶ画面だよっ。行き先は最下層にある魔王城ね」
「なるほど。便利なものがあるんだな」
「他にも色々あるけどね。じゃあ……転移~!」

 行き先の階層を選択し、ミリアムがもう一度水晶に触れるとその場から二人の姿が消えた。シールドオーガ二体が無人となった室内を見て呟く。

「人間が魔王城にか。もしかして初めてじゃないか?」
「ああ。人間は弱いからな。意気込んで来るのは良いがだいたいがこの入り口か上層で死ぬ。さぁて……魔王様は初めて見る人間をどうするのかねぇ」

 この呟きでアーレスがこれまで何故魔族の領域で人間を見なかったか、その理由が判明する。魔族の領域は人間が人間の国で想像しているより危険な場所であるからという理由だ。先ほどのシールドオーガ二体の会話から、魔族の領域に侵入した者は軒並み死亡している事が判明した。

 一方、水晶玉で転移したアーレスとミリアムは今、荘厳な装飾の施された巨大な扉の前に立っていた。

「到着っと。ただいま魔王様~」
「は? ちょっ──」

 ミリアムは寸分も迷わず扉を開きながら帰還を報せた。

「うむ~……戻ったか、ミリア──へ?」
「今帰ったよ~、魔王様~」

 ミリアムが開いた扉の先は謁見の間だった。そこには赤い髪を左右に結った少女が完全に気を抜いた姿で玉座に寝転がっていた。その少女がミリアムの隣にいたアーレスに気付き、慌てて佇まいを正しつつ、なんとか体裁を保つために叫んだ。

「な、なななななんじゃ貴様はぁぁぁぁッ!」
「あ。アーレスさんの事忘れてた!」

 ミリアムはペロッと舌を出し少女に謝った。そんなミリアムを見てアーレスが色々と察した。

「ミリアム、まさかあの少女が……」
「うん。魔王【アリア・バハートス】様だよ~。魔王様、こちらは人間のアーレスさんですっ」

 この紹介を受け、アーレスは魔王に対し貴族式の挨拶を始めた。だが敬語は使わない。これは冒険者もそうだが、敬語を使う事で舐められる場合もあるからだ。その為、アーレスは敬語を使わず、相手を威圧しない程度に丁寧な言葉を選び口にした。

「お初に御目にかかる。俺は人間の領域を追放されたアーレスだ。縁あってこちらのミリアムと出逢い、魔王城へと招かれる事になった。見てわかるよう、俺に魔族を害する意思はない。ここにいる理由は以上だ」
「……人間の領域を追放されたじゃと? ふむ」

 魔王は玉座立ち上がりアーレスの前に立った。

「面を上げよ」
「はい」

 目の前には小さな魔王が仁王立ちしていた。アーレスは視線を合わせ魔王の言葉を待つ。

「お主、人間領からの追放とはいったいどの様な罪を犯したのじゃ?」
「俺は罪なんか犯しちゃいないっ! 俺は──」

 アーレスは包み隠さず、真剣な想いを全て魔王にぶつけていく。魔王はそんなアーレスの言葉を一語一句しっかりと受け止めていった。

「ほぉ~……お主、精霊使いか。なるほどのう。精霊のなんたるかを知らぬ人間からすればありえん話ではないのう」
「精霊のなんたるか?」

 魔王はくるりと回転し、玉座に向かいながら語りはじめた。

「うむ。精霊は世界そのもの、人間はそう思っておるじゃろう?」
「はい」

 そして玉座に座った魔王は足を組みアーレスを見下ろす。

「お主はすでに精霊と会い言葉を交わした。精霊が世界そのものではないと知ったな?」
「はい」

 魔王はわずかに口角を上げ、アーレスに言った。

「ならばこの話は終わりじゃ」
「え?」
「人間と敵対しておるなら妾らはお主を歓迎しよう。精霊使いよ、この魔王城で暮らす事を許可する。じゃが、魔族を傷つけた場合は妾自ら魂ごとお主を消し去ってやる。しかと覚えておくが良い」
「ああ、わかった」

 アーレスに釘を刺した魔王は続けてこう言った。

「ふむ。しかしお主……なかなか強いではないか」
「はい?」
「先ほどから妾の魔力でかなり威圧していたのじゃがな。弱い人間ならば妾の魔力を浴びた瞬間に気が狂い、精神に異常をきたしているはずじゃ」
「はっ!? はぁぁっ!?」

 アーレスは慌ててミリアムを見る。

「そりゃあ大丈夫ですよ~。だって私の吸精に耐えられるんですよ? 普通の人間なら干からびて死んでます」
「ま、まじか……」
「ふむ。ここまで使えるとなると……ただ遊ばせておくのもまた勿体ないのう」
「え?」

 すると魔王は初めて手にした玩具を見るような視線をアーレスに向け尋ねた。

「お主、何体の精霊を見た?」
「えっとまだ闇の精霊ウィケッド一体だけです」
「ふむ。ではまだ初歩の闇魔法しか使えぬか。ならばとりあえずもう何体か精霊と会わなければな」
「探し方を知ってるんですか?」

 アーレスが期待の眼差しを向けると魔王は絶壁を張りながら自慢気にこう言った。

「無論。妾は魔王ぞ? すでに何体もの精霊を見ておる。妾の職業は精霊使いではないが、【精霊召喚士】じゃからの」
「精霊……召喚士? まさか精霊を呼び出せるのですか!?」
「うむ。お主が今後妾に絶対の服従を誓うなら会わせてやっても良いのじゃがな?」
「誓いますっ! 誓わせて下さいっ!」

 アーレスは間髪入れずに魔王の言葉を承服した。

「ははっ、即答か。ミリアムよ、少し席を外せ」
「えぇ~……」

 魔王はミリアムを睨んだ。

「わ、わかりましたよぉ~。でもちゃんと返して下さいよ?」
「はっはっは。それは試してみてからじゃな。気に入ったら妾のモノにしてしまうかもなぁ」
「アーレスさんは私のですっ! そこは魔王様でも譲れませんよっ!」
「わかったわかった。戯れじゃ。ちゃんと返すから怒るでない」
「約束ですからね!」

 そう言い、ミリアムは玉座の間を出ていった。

「さて始めようかの」
「何を……?」
「お主に力を与える。これから様々な精霊を召喚してやろう。ただし!」
「ただし?」

 魔王は玉座から降り、再びアーレスの前に立った。

「妾は腹ペコじゃ」
「へ?」
「裏に妾の寝室がある。そこでお主の生気を吸わせよ」
「えっ!?」

 魔王は舌舐めずりをし、アーレスの顎を足で持ち上げた。

「ミリアムだけに吸わせるのは勿体ないからの。吸精一回につき精霊一体召喚してやろうではないか」
「そ、それは……」
「なんじゃ、妾に絶対服従すると言ったのは嘘か?」
「い、いえっ! しかし……」
「二度言わせるでない。立て。寝室に行くぞ」
「……は、はい」

 こうして魔王との邂逅は無事?に終わり、アーレスは力を得るため魔王に従うのだった。
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