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第1章 始まり

02 追放

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 アーレスが連行されて間もなく、町の住民が領主の館に駆け込んだ。

「た、大変だ! アーレス様が神殿騎士達に連行された!」
「な、なんだと!? なぜだ!?」
「わ、わからねぇ! ただ、神官はアーレス様を罰当たりだと……」
「ば、罰当たりだと? あのアーレス様が?」
「「あ! 領主様!」」

 騒ぎを聞き付けたアーレスの父と弟が門の前に姿を見せた。

「罰当たりとはなんだ! アーレスはどうなったのだ!」
「そ、その……腕に手枷を嵌められ、く、首に縄をかけられて王城へと連行されました!」
「バ、バカな! アーレスが何かしたのか!?」
「兄様が……捕まった? な、なぜ──」

 そこにさらにもう一人町の住民が駆けてきた。

「わかったぞ! アーレス様は精霊使いエレメンタルマスターって職業を授かったらしい! それで神官が精霊を使うとは何事だと怒り狂ったらしいぞ!」
「精霊……使いだと!? ア、アーレスッッッ!! あのバカ息子がッ!」
「兄様が……そんなバかな! あれほど優秀な兄様がそんな罰当たりな職業を授かるだなんて!」

 町の住民は領主に言った。

「俺らはアーレス様が好きだった。だが……もうお終いだ。アーレス様は二度と戻らないだろう」
「皆さんッ! 待って下さいッ! きっと何かの間違いで──」
「よせ、ヨハネス」
「父様!」

 領主はヨハネスを制し、怒りを圧し殺しながら領民の前でこう宣言した。

「我が家に息子はお前一人だけだヨハネス。この領地の未来はお前の双肩にかかっている。よりいっそう励め。どこぞの愚か者に負けぬようにな」
「父様!」

 領主はヨハネスを残し屋敷の中に消えた。

「ヨハネス様、この領地を頼みますよ。精霊様の怒りに触れたら終わりですからね」
「皆さん──ッ!」

 町の住民達は気落ちした様子で屋敷を離れて行った。気落ちするという事はそれだけアーレスに期待していた表れだろう。

「兄様……、なぜ兄様が……!」

 この数日後、アーレスの生まれた国【バルガス王国】の王城、その玉座の間に捕縛されたアーレスの姿があった。

「精霊様を使うだとッ!! 貴様ぁぁぁぁッ! 己の立場を弁えんかぁぁぁぁぁッ!! 精霊様を使役することで怒りにでも触れられてはかなわんッ!! よって貴様を人の住む領域から追放処分とするッ!!」
「ま、待って下さい国王様! 俺は──」

 この横暴ともいえる裁きに対しアーレスは堪らず声を上げてしまった。

「ワシに直訴だと? 貴様は貴族の規則すらままならぬ愚か者か! もう良い、これは決定だ! 誰ぞその愚か者を魔族の住む領域に捨てて参れッ! 貴様は二度と人の住む領域に立ち入るでないぞ! もし立ち入った場合は有無をいわさず処刑とするッ!!」

 この裁定を受け、騎士達がアーレスを抱えあげた。

「は、離せぇぇぇぇぇぇッ!! たかが職業で追放処分なんてあんまりだッ!」
「黙れ。これは王の裁定である。従わぬ場合は今ここで処するぞ!」
「こ、こんなの……あんまりだぁぁぁぁぁっ!」

 アーレスの叫び虚しく直ちに刑は執行された。アーレスは鎖に繋がれたまま馬車の荷台へと押し込まれ、数ヶ月かけ人の住む領域と魔族の住む領域の境に連行されていった。

 アーレスが追放者として魔族領へと連行された事は父にも書簡で告げられだが、父は受け取った内容を流し読みしたのち、沈黙を保ったまま破り捨て暖炉の中へと放り込んだ。

「ヨハネス、アーレスという愚か者が魔族の住む領域に廃棄処分となったそうだ」
「アーレス? 我が家にはそのような者はいませんが。どちらの方でしょうか?」

 あれほど兄を慕っていた弟の目にはもう兄など写っていなかった。弟はアーレスに対する思いを全て捨て去り、最初からいなかった事にしていた。

「……そうだな。それで良い。お前だけが頼りだ。ヨハネス、より励むのだぞ」
「はい、父様」

 一方その頃、アーレスは馬車での移動中、絶え間なく騎士達に暴行を受け続けていた。長く美しかった黒髪は無惨に切られ、整った顔は痣だらけになっていた。

「将来有望だった貴族様もこうなっちゃお終いだな。おっと、これは暴行じゃねぇぞ? 精霊様を敬っているからこその対処だからな──!」
「ぐふ──ッ! がはっ──くぅッ!」
「おいおい、あんまり馬車の中を汚すなよな。おら、吐き出したモノは舐めて綺麗にしとけ」
「ガア──ッ!!」

 血を吐き出すと頭を床に踏みつけられ、綺麗にするまで痛め付けられる。アーレスは死んだような目で徐々に人の心を失っていった。

 そうして散々痛めつけられ、王国を出発してから二ヶ月後、アーレスは魔族の領域へと棄てられた。

「ないと思うがよ、もし貴様が人の住む領域で発見されたら即処刑だからよ?」
「なあ、いっそ今殺しちまわねぇか?」

 騎士の一人が腰にある剣に手を伸ばした。

「やめときな。あんな犯罪者でもまだ一応人だからな。理由もなく人の命を奪った瞬間精霊の加護は消える。あいつはまだ精霊を使っちゃいねぇからな。行くぞ」
「ちっ」

 アーレスは囚人服を着せられ、魔族の住む領域へと放り込まれた。そこは深い森となっており、そこら中で獣の雄叫びが巻き起こっている。

 アーレスは仰向けになったまま、馬車が遠ざかる音を危機ながら天に向かい叫んだ。

「はぁ……はぁ……。クソ……ッ! クソォォォォォォッ! 俺が何をしたっていうんだッ! ただ職業を授かっただけじゃないか!! 精霊使い……!? それがなんだっていうんだ!! ……許さん……、絶対に許さんッ!」

 全身傷だらけで無惨な有り様にされたアーレスは天に向かい拳を突き上げた。

「精霊使いを悪と決めつけた神官……! 話も聞かずに俺を断罪した国王! そして……散々痛ぶってくれた騎士!! 俺はお前らを許さない……。必ず生きて復讐してやる……ッ! 覚えておくがいいッ!!」

 清く正しかったアーレスの心が黒く濁ったものへと変わっていく。するとそんなアーレスの隣に黒い霧が現れ、徐々に人に似た姿へと変わっていった。

「な、なんだ……?」
《やあ、精霊使いエレメンタルマスター。オイラは闇の精霊【ウィケッド】だよ》
「闇の……精霊!? せ、精霊の姿が見えるのか!?」
《そりゃそうだよ。君は精霊使いだからね。見えて当然──っていうかオイラの姿を見ても怖がらないんだな》

 闇の精霊は小さな人型の魔物のような姿をしているが、アーレスに恐怖はなかった。

「なぜ怖れる必要がある……。俺は見ての通りボロボロだ。殺るならさっさと殺れよ」
《殺る? なぜオイラがマスターを殺るんだい? 精霊はマスターに従うもんだよ。とりあえずその傷と髪を治しちゃお。【ダークヒール】》
「うぉっ!?」

 アーレスを黒い霧が包み込む。すると全身にあった痛みが消え去り、無惨に切られていた黒髪が美しさを取り戻した。

《おぉ~、綺麗な黒髪だ! オイラ羨ましいぞ!》
「き、傷が治った……のか?」
《オイラが治してやったんだぜ! 感謝しろよなッ、マスター!》
「あ、ありがとう?」

 アーレスは回復した身体を起こし、ウィケッドに頭を下げ礼を述べた。

《なんのなんの。この辺りは闇の領域だからな~。なんかあったらまた呼んでくれよッ、マスター。じゃあな~》
「あ……」

 そう言い残し、ウィケッドは再び黒い霧となり姿を消した。

「呼ぶ? 俺が呼んだのか? あの精霊を? ……どうやって?」

 アーレスはウィケッドが消えた跡を見つつ、首を傾げるのだった。  
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