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第52話 アリスの秘密

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 アリスの配下だったコード1の正体は当時レイが暮らしていたイストリア家で働いていたメイドの一人だった。

「ちょっと待ってくれ。何がなんだか。あなたはエルドニアのスパイだったのか」
「はい。まずはアリス様から説明をお聞き下さい、坊ちゃま」
「坊ちゃまは止めてくれよ。僕はもうイストリア家とは関係のない人間だからさ」

 そしてアリスは秘密を口にした。

「まず、私アリス・ルーベルは現国王ヴェルデ・ウル・エルドニアの腹違いの妹なのです」
「……はぁっ!? い、妹!? まるで似てないけど!?」
「私は母親似ですので。それと、両親として亡くなったとされているのは王家のエージェントですわ」

 レイは頭を抱えた。

「なぜそんな事を? 意味がわからない」
「でしょうね。レイ様、ここルーベルの町をどう思われます?」
「ルーベル? えっと、長閑で平和な町だなと」
「はい。ここは国境からも遠く、スパイも入り込めません。入り口は外壁のある場所のみ。近寄る船も常に監視されており、侵入は不可能なのです」

 海が監視されているとなれば侵入方法は外壁の入り口のみだ。つまりルーベルは天然の要塞という事になる。

「なるほど。田舎町はカモフラージュで、本当の目的はフォールガーデンの調査か」
「他にもエルドニア国内で色々調査しております」
「そうか。アリスはヴェルデの影って事か」
「はい。それでコード1をイストリア家に潜入させていた件についてですが」

 アリスはコード1をイストリア家に潜入させていた理由を口にする。

「フォールガーデンで一番危険な家がイストリア家だからです」
「……そうだろうね」
「現当主は剣聖、そしてレイ様はスキルなしの状態でも並の騎士以上の力を誇っておられました。戦になればまずイストリア家が出てくるでしょう?」

 イストリア家は武門の家であり、国軍とは別に屈強な騎士を集めた私設騎士団を有している。戦になれば必ず先頭に立つ家だ。

「間違いないと思うよ」
「今だから言いますが、コード1を潜入させた目的は調査の他……レイ様の暗殺も含まれておりました」
「暗殺って……」
「しかしレイ様はスキルを授かる儀式で現当主が描いていたスキルを授かれず追放となりました。そこでレイ様の調査は終了し、コード1には引き続き次男の監視を命じておりました」
「それで?」

 ここまで口にするという事はかなりまずい事態になっているのだろうとレイは黙ったまま続きを聞く事にした。

「イストリア家次男のノワールはかなりの俗物ですね」
「俗物って……。まあ否定はしないけど」
「そのノワールに儀式の日が近付いております」
「あぁ、もうそんなに経ったのか」

 実の所レイとノワールの母親は同じではない。レイの母親はレイを産んだ数年後に亡くなり、ノワールの母親が現在の正室になっていた。そしてレイとノワールの年の差は一歳ではなく、十ヶ月あまりだ。

「現当主はノワールを次期当主に据える気はないようですが、万が一という事もあります」
「ノワールのスキル次第って事か」
「はい。それかもしくは……当主を殺害し家を乗っ取るか」
「それは無理だろう。あの人がノワールに殺されるなんてあり得ないよ」
「ノワールはダメでも婚約者ならどうでしょうか。レイ様の元婚約者エリス・セイラムなら?」

 久しぶりにその名を聞いたレイは顔を青くした。

「エリスがノワールの婚約者に? は、ははっ。そっかぁ~。いや、まったくお似合いだっ! 是非とも祝福してあげたいね!」
「その様子ですとやはりエリスはノワールに負けず俗物のようですね」
「あれは自分の欲のためにしか生きてない。欲しい物のためならなんでもする外道だよ」
「コード1によると、現在ノワール様とエリス様は当主から子作りを命じられ励んでいるようで」

 レイは吐き気をもよおしたがなんとか踏ん張った。

「現当主はノワールの子に期待しているのでしょうね」
「ノワールとエリスの子とか……邪神でも生まれるんじゃないかな」
「ふふっ。あ、失礼。しかしエリスは身体は許しても常に避妊薬を使用しているようで、ノワールの子を孕む気はないようです」
「あいつは面食いだからなぁ」
「そのエリスが今当主暗殺を企てています」
「は? どうやって? それこそ無理だ」
「フォールガーデンに剣聖は二人います」
「それが……あっ!」

 レイはアリスが何を言いたいか察した。

「フロストン男爵か!」
「はい。エリスはフロストン男爵を使いイストリア家を攻めるつもりです」
「勝てるわけがない。あの人は剣聖になったばかりのフロストン男爵とは違う」
「それはわかっているでしょう。そこでエリスは父親の力も使う気でいます」
「父親……まさか! セイラム男爵を!? それだとイストリアは二面から攻められる事に!」
「はい。おそらくエリスは力尽くでイストリア家に辱められたと父親に泣きつくつもりなのでしょう」
「……セイラム男爵は人格者だ。いくら娘の頼みでも聞かないと思う」
「人格者でも人の親ですわ。ましてや娘が酷い扱いを受けているとすれば立ち上がるはず。ちなみにフロストン男爵とは面識は?」
「ないよ。ただどんな人物かは知っている。フロストン男爵は剣に全てを賭けてきた人物だ。おそらく……イストリア家を良くは思っていないだろう」

 フロストン男爵は剣に生きる武人だ。そして常日頃目の上のたんこぶなイストリア家当主を倒したいと考えている男だ。

「もしエリスの策略がハマれば戦が始まります。この情報をレイ様に知っていただきたかったのです」
「そう、ありがとう」
「え? それだけ……ですか?」

 レイはソファーから立ち上がりアリスに言った。

「僕はもうイストリア家と何の関係もない人間だ。あの人達が何をしようが僕には関係ないね。ただ、巻き込まれる人達は可哀想だと思うけど。それだけかな」
「フォールガーデンに戻る気は……」
「ないね。あの国には良い思い出なんて一つもないし。じゃあそろそろ行くよ。またね」
「あ……ふぅ」

 アリスは部屋を出て行ったレイを追わずコード1に話し掛けた。

「ですって、コード1。レイ様はフォールガーデンには向かわないでしょう」
「少し変わられたように思いました。昔より頑固になった気がしますね」
「コード1、昔のレイ様について報告は? っていうかあなた屋敷でどんな仕事任されてたの?」

 コード1の頬が赤く染まった。

「お着替えや整容、居室の清掃です」
「……は? ま、待って! じ、じゃあまさか……み、見たの?」
「仕事ですから。隅から隅までたっぷりと」
「お、教えなさいよ!」
「守秘義務がございますので」
「雇い主は私でしょ!?」
「レイ様の秘密は私だけのもの。それでも知りたいのでしたらそれなりに積んでいただかないと……ね?」
「い、今は余裕が……」
「では引き続き業務に戻りますね。ではまた」
「あっ! ズルいわよコード1!!」

 アリスは一人になった部屋で地団駄を踏むのだった。
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