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第32話 アクアヒルからドワーフ領へ

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 中庭に着くとオルスから木剣を手渡され、再び上半身裸になったヴェルデと向かい合った。

「ほんじゃルール説明な。ルールは単純だ。どっちかが戦闘不能になるか負けを宣言するまで闘う。異論は?」
「ありません」
「うっし、じゃあ始めっか。オルス、合図だ」
「レイ殿。あんなバカなどさっさと終わらせて君の魔法を見せて下さいね」
「てめっ! どっちの味方だよ!?」
「始めっ!」
「こいつ──おっとぉぉぉっ!」

 始まりの合図と共にヴェルデとの距離を詰め横薙ぎ一閃。様子見で放った一撃はヴェルデのバックステップにより躱された。

「ちっ」
「オルス! てめぇ後で減給言い渡すからなぁっ!」
「レイ殿! そのバカの息の根をどうにか止めて下さいっ!」
「む、無茶苦茶だなこの二人っ! はっ!!」
「なんのぉぉぉっ!!」

 ヴェルデは脛を狙った横薙ぎをバク宙で華麗に躱した。

「筋肉達磨なのに身軽だなぁ」
「はっ、この筋肉は見せかけじゃねぇんでなっ! 実戦で鍛えたこの身体に隙はねぇぜっ!」

 ヴェルデの振り下ろしがレイの頭上から襲い掛かる。そこでレイは剣を斜めに構え、ヴェルデの一撃を流す。

「なっ!? 受け流しだとっ!?」
「さらにここから流し斬りぃっ!」
「ぐぼぉぉぉぉっ!?」

 懐に入ったレイはヴェルデの胸部に強烈な一撃を叩き込む。

「よしっ! 殺ったぁぁぁっ!」
「殺ってないですからね!?」

 オルスの喜び様が半端ない。これがもし真剣だったら確実にヴェルデは死んでいる。

「ぐおぉぉ……。あ、アバラが……っ」
「続けます?」
「ぐっ」

 膝を付いたヴェルデの首に木剣の切っ先を添える。ヴェルデは木剣に手放し両手を挙げた。

「め、滅茶苦茶強ぇぇ……。これが学院レベルだ!? フォールガーデンのガキ共は化け物かよ」
「いえ、習うのは王宮剣術の基礎だけですよ。僕はそこからさらに色々と加えていますが」
「だぁ~っ! 負けだ負け! 娘くれてやんよっ」
「話が違いますね。頭打ちますか?」
「冗談だ。オルス、用意してんだろ」
「当然です」

 オルスが懐から手紙を取り出しヴェルデに渡す。ヴェルデはその手紙にサインをし、王家の封蝋を施した。

「こいつをエルナルド工房の親方に渡しな。嬢ちゃんの話だけじゃ疑われるだろうしよ」
「ありがとうございます」

 レイはヴェルデから手紙を受け取りリリーに渡した。

「次は負けねぇ。もっと鍛錬しておくからよ、また闘ろうぜ」
「レイ殿、次は学院で習う魔法を! あ、一般的な学院生レベルでお願いしますよ?」

 それからレイは学院生が使えるレベルの魔法を使って見せた。

「……なるほど。学院生でこのレベルですか。我が国はやはりまだ弱い。参考になりました。ありがとうございます」
「いえ。いつ戦になるかわかりませんので。僕でわかる事なら協力しますよ」
「それはありがたい。どうにも我が国は平和なせいか練度が低くてねぇ。テロリストの件もありますし兵の鍛錬に力を注ぐとしましょう」

 こうしてヴェルデとオルスの頼みを終えたレイは再び馬車に揺られアクアヒルへと向かった。

「レイは王様をボッコボコにしたなのっ」
「ええっ!? 何をしてるんですか!?」

 帰りも同じ騎士が御者を勤めてくれた。

「模擬戦を申し込まれまして。長引いても面倒ですし手加減したらしたで怒られそうでしたし」
「手加減してないなの?」
「めっちゃした。普通に全力でやってたら胴から真っ二つだったかな」
「お、恐ろしい方ですな……」

 レイの手加減は箱庭の住民から得たスキルを使わない事だった。もし使いでもしたらいくつものスキルを所持している事が発覚してしまう。そう思いレイは純粋に鍛え上げた剣術のみでヴェルデを圧倒したのである。

 その頃王城では傷を癒やすヴェルデがオルスと何やら話し合っていた。

「まさかお前がああまで簡単に負けるとはな」
「うっせ。つーかあいつ強過ぎじゃね? あれだけの剣術に魔法まで使われたら勝ち目なんてねぇぞ?」
「……あわよくば味方に取り込みたかったな」

 回復魔法で傷が癒えたヴェルデが寝台から起き上がる。

「ありゃ一筋縄じゃいかねぇわ。欲がねぇし、権力を嫌ってやがるしよ。どうやって落としたもんかね。秀才のオルス君? 良い案はないかね?」
「王位を譲る」
「うちは世襲だアホ」
「貴様よりレイ殿の方が良き王になると思うだかな」
「ああ。なんか若い癖に変な貫禄あったな。人をまとめる術に長けてんのか……そういうフウニ教育を受けたのか……。どうにか懐柔してぇな」
「レイ殿についてもう少し深く調べるとするか。部下にイストリアで聞き込みをさせましょう」
「頼むわ」

 ヴェルデとオルスが悪巧みをしている頃、馬車は順調に進み、行き同様御者と色々な話をしながらアクアヒルに戻った。

「こちらの宿でよろしかったですか?」
「はい、ありがとうございました。もう会う事はないかもしれませんがどうかお元気で」
「そうなんですよねぇ。でも……また会える気がします。その時はまた色々話をしましょう」
「もし会えたらで」
「ははっ。ではレイ殿、またどこかで!」
「お世話になりました」

 騎士と別れたレイは数日ぶりに宿に戻った。

「今戻りました」
「あ、レイさんっ! お帰りなさいっ」
「リリーちゃん! 待ちくたびれたよ~」

 顔を出すと女将とリリアが出迎えてくれた。レイは女将に尋ねる。

「荷物はまとまりました?」
「ええ。もう宿の売却手続きも済ませてます。後は荷物を出して鍵を不動産屋さんに渡すだけです」
「そうですか。荷物はあれで全部ですか?」

 入り口付近に僅かな荷物がまとめて置かれていた。

「はい。あまり荷物はありませんので」
「わかりました。では箱庭の中に運びましょうか。手伝いますよ」
「あ、はい。ありがとうございます」

 誰もいない宿の中で箱庭の入り口を開き女将達の荷物を運び入れる。女将の家はレイの家の隣にした。理由はリリーとリリアが近くで暮らしたいと言ったからだ。他に他意はない。

「あの、こんなに立派な家をいただいても良いのですか?」
「ふわぁ~! 立派なお家だ~」

 家はアクアヒルの宿より少し大きく新築だ。二人は家を見上げ尻込みしていた。

「町になったらこれが一番小さい家みたいで。二人で暮らすには大き過ぎるかなと思いましたがこれしかなくて」
「い、いえっ。あの……これからお世話になります」
「こちらこそ。魚を確保したらまた美味しい料理ご馳走して下さい」
「喜んでっ」

 その後、女将達にリリーを預けたレイは釣りスキルを使い湖から大量の魚を入手し箱庭の中に作った養殖場に放流した。

「これで淡水魚は毎日手に入るな。次はドワーフの領地か。良い武器とか便利な道具とか探してみよっかな」

 こうしてアクアヒルでの用事を済ましたレイは一人ドワーフの領地に向け旅立ったのだった。
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