僕の名前を

Gemini

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恋は恋

第九話

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「……怒ってる?」
「え?」

 突然背中に問いかけられた言葉に僕は驚いて長政の方を振り返った。

「……なんでそんなこと、思うの?」
「さっき、がっつき過ぎたと反省してる」

 さっき…

 そこで僕はしきりに自分の首を触っていたことに気がついた。

「ずっと黙ってるし俺を避けてんのかな…って」

 隠していたわけではなく……はずかしいというか、無意識といいますか……そんな僕を気付かってか長政は眉を下げて笑った。

「えっと……、埋め立て地見るの楽しくない? 僕は…その、まちづくりとか都市計画とか好きだから……夢中になってた」
「ほんと? 怒ってない?」
「うん、ご、ごめん、僕こそ」
「いや、こっちこそごめん」
「うん」

 ぎこちなく笑顔を作ってみると、長政は安心したように笑って「巴も普通に男が好きなものが好きなんだな」と言う。

「ビルの建設とか、城とか……好きだよ」
「ふうん」


 僕達はいま海の公園を目差して歩いている。
 残すは観覧車のみだったんだけど、どうしても密室に耐えられる自信がなくて、今朝通り過ぎた海の公園を目指すことにしたんだ。

「こんなに大きな建物を建てちゃう人間すごいよなぁ、人間が小さく見える」
「みろ、人がゴミのようだ」
「へ?」
「だははははは!」

 長政が真似て僕を笑かそうとしてくるから思わず僕は吹き出してしまった。

「それ長政が言うと似合う」
「えーー、それ褒めてないよね」
「褒めてはいない」
「ちぇっ」

 わざと口をとがらせる長政に僕はありがとうと言う。

「今日楽しかったよ」
「うん、楽しかったな、まだ一日は終わってねーけど」

 強いビル風に煽られつい顔を横に振るとその向こうに海が見えた。到着した公園は一面に港が広がっていた。

「あんま人いないな」
「みんな山下公園のほう行くんじゃない?」

 それに梅雨の中休みで曇天。公園に来るには快適とは言えないし芝生からは湿気を感じる。よっこらしょと、長政は広場のコンクリートの階段に座り後ろに手をついて海から来る潮風に当たった。僕も隣に座る。

 風が長政の髪を後ろに撫でると、前髪があがり端正な顔立ちがくっきりとする。そこに夕日が射し込んだ。


 ライオンみたいな鬣だね

 幼い僕の声が聞こえてくる。
 僕は長政への期待からなにか幻想を抱いているんじゃないかと思えた。だって、そんな偶然考えられない。

 ……でも信じてみたくなる。
 なにか僕達には運命があるって。

「長政」
「ん?」

 気持ちよさそうに風にあたる長政が僕を見た。

「どうした?」
「カイトくんさ……」
「あぁ、迷子の子?」
「僕みたいだった」
「そうだなぁ……かわいかったな。舌っ足らずで、ながましゃって」

 思い出して微笑んだ。

「僕も……言えてなかった。発達障害とまではいかないけど、家族がいないせいでしゃべる機会がなくて言語の発達が遅かったんだ」
「うん」
「だから同い年の子とは違ってうまく話せなかった」
「うん」
「友達も出来なくて」
「うん」
「でも、唯一仲良くしてくれる男の子がいたんだ」

 長政があのライオンみたいな鬣の少年だという確証がほしい。でも僕の勝手な幻想なら……

「長政みたいに、……茶色でくせ毛だった」

 長政の顔色が変わった。

「巴、もしかして俺を思い出した?」
「…………え」

 長政は眉を下げて優しく微笑んでから僕を抱き寄せた。

「カイトは確かに昔の巴みたいでかわいかった、でも巴には敵わない」
「長政……」

 顔だけ離すと僕に一瞬だけのキスをするとまた抱きしめる。

「もう、引っ越していかないもんな」
「……」
「俺のところにずっといるもんな」

 僕を抱きしめる腕が強くなる。

「これからは俺が巴を笑わせるから。まずは、俺を好きだと認めろ」

 長政が僕の顔を覗き込む。長政の横顔とブラウンの髪が夕日でキラキラと輝いてみえる。

「俺のこと、嫌い?」

 咄嗟に首を横に振る。

 ……黙ってちゃいけないのになんて言ったらいいのかわからない。目の奥がツンと痛くなってくる。

「じゃぁ……他のやつにそういう顔見せないで」
「へ……?」
「巴が嫌がるならキス以上はしない、けど、また他のやつにそんな可愛い顔見せたら我慢しないからね」
「……なんだよそれ」
「俺は巴を閉じ込めたいくらい周りのやつに嫉妬してんだよ。カイトにだって、ずっと抱っこだしさ」
「うそ……子供に妬いたの?」
「……」
「ふふ……あはは」

 近距離でブラウンの瞳に睨まれた。僕は不貞腐れている長政の唇にちょんとキスをした。恥ずかしさに俯いてしまう。

「そんなかわいいキスじゃ、いやだ」
「これが精一杯だから………んっ」

 後頭部を軽く抑えられ唇が塞がれる。

「だめだ、俺、巴のこと好き。……我慢してんの無理」

 一瞬で唇を支配するのに呆気なく離される。そのたびに僕は長政が欲しくなるって長政は知っているのか。

「……我慢、しなくていい」

 恥ずかしさに長政の首にしがみついた。顔なんて見せられない。

「煽られてんのかな俺。……は、すげぇじゃん、巴の心拍」

 密着した胸から伝わるお互いの心音。

「おまえもだよ」
「けど、巴、震えてる……」

 長政が背中をゆっくり撫でてしばらくそのまま抱きしめてくれた。

「巴……本当にあのときの巴なんだよな」
「長政も、あのときのライオンなの……?」
「うん、また出会えたな」

 長政の優しい声がくっついている体から伝わってあったかい気持ちになる。

「はぁ……………」

 ぎゅっと目をつむり我慢するような顔をして長政が僕から身を離した。

「だめだ、マジで押し倒しそ……」

 長政は海の方を睨んでもうひとつ大きく深呼吸をしてから僕を見た。そしてニコッと笑って僕の手を取る。

 その手を自分の膝に乗せて指を絡めるように手を繋ぐ。

「これだけは許して?」

 ライオンはいたずら顔に戻った。




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