僕の名前を

茗荷わさび

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恋は恋

第八話

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 5000円分の回数券で僕らは十分過ぎるほどに楽しんでしまった。ジェットコースターにも二回乗れて若干喉が痛い。残すは大観覧車のみというところで大声を出して喉が痛いなんて初めてだよ……と喉をさすっていると「休もうか」と長政が売店を指差す。

「ここ座ってて」

 売店の周りにパラソル付きのテーブルセットが用意されていて席取りも兼ねて僕を座らせた長政は売店へ向かっていった。売店は何個かあって、ハンバーガー屋、チュロスなどの軽食、コーヒー専門店などが並んでいる。
 長政は特に僕には聞かなかったがコーヒー専門店の列に並んだのを見て僕は思わずニヤけてしまったのだった。長政は僕の好きなものをちゃんと覚えててくれる。
 いつか長政に好きなものを聞いたら「俺は雑食だからな、なんでも食べるぞ」と言われてしまい、僕は困っている。でもいつかその中でも突出した好きなものが発見できるかもしれないと、少し期待して待つことにする。

 ぼんやりと行き交う人たちを眺めて、さっきの蘇った記憶を思い出していた。あれはいつの記憶なのだろうか。長政と同じ学校だったのだろうか。

 ……公園……ブランコ……夕日。


 ふと長政を見ると長政は店員と会話をしてお金を支払っている。あれが長政なら、僕達はどこで出会っていたのだろう。長政は覚えていないのだろうか。

 受取口に移動した長政が僕を見た。目が合うと嬉しそうな笑顔で手を振った。屈託のない笑顔が僕を高揚させる。

 恥ずかしくて手を振り返さずにいるとどこからか誰かの声が聞こえてきた。

「あの男の人、手振ってるよ? 彼女?」
「え、なに? イケメン過ぎない? 撮影?」

 長政に熱い視線が集中している中、長政はコーヒーをふたつ受取りそれを両手に持ってにこやかに僕のところに帰ってくる。

 その視線を一挙に集めながら歩いてくる男は、僕のところへやってくるんだ。イケメンだと羨ましがられる長政の来るところは僕のところ。あの笑顔は僕に向けられていて、あの髪に触れるのも、あの唇にキスされたのだって僕。……キスしたのも僕。Tシャツの下に隠れているあの厚くたくましい胸板も知っているのは僕なんだ。

 あの夜を思い出して心拍数があがり肩で息をしてしまっている。なんでか長政の視線から反らせなくって目眩がしそうだ。

 誰に向かってこんな虚勢を張っているのか一気に恥ずかしくなってくる。そんな僕に近づくに連れ長政は面白そうに少し片方の口角をあげて、僕の髪にキスをしたんだ。
 そして周りの黄色い声に応えるかのように「はい、ダーリン」とウインクまでして僕の前にそれを置いて、自分はクリームたっぷりのフラペチーノをすすった。僕はショート寸前で、そのアイスコーヒーをチューっと一気に半分くらい飲み込んだ。

「おい……そんなに急に飲んだら」
「……ゲホっ、……っ」
「ほら、言わんこっちゃない」
「だって、ながましゃが……っ」
「ぷ……っ!!」

 思わず噛んでしまった……!!

「かわいすぎ」
「な……っ」
「まわりの女の子たちが俺らを見てる」

 長政はわざとらしく柔らかく笑って僕の下唇を親指で優しく拭き取った。そのとき親指の先端がほんの少しだけ上唇をかすめた、思わずその刺激がくすぐったいような感じがしてピクっと跳ねてしまった。
 するとコーヒーを拭ってくれた長政の手がピタリと止まるとそれをぎゅっと強く握った。長政をチラリと見ればさっきまでの演技の柔らかな笑顔ではなく僕を睨みつけるような真剣な目に変わっていた。そして長政に名前を呼ばれ僕は背筋に汗が流れるのがわかった。

「そのコーヒー持って」
「え?」

 言われるがままコーヒーを持つと反対の手を掴んで僕を引っ張った。

「ど、どこ行くの」
「……」

 背中に話しかけても返事はなく、僕をどこかへ連れていく。



 行き着いた先は男子トイレ。僕のコーヒーを取り上げると自分のと一緒に洗面台に置く。するとすぐに僕の肩を掴み僕の身体を壁に押し付けた。背中がひんやりと痛い。

「なんであんな顔したの」
「……え?」
「俺、もう我慢しないよ?」

 長政を見上げれば余裕のない視線とぶつかり顔が迫ってきて僕の唇が塞がれてしまった。

 ……知ってる。この熱くてしっとりとしたこの唇を。僕の頬を包んで注ぎ込むように貪るんだ。僕は長政のキスを受け止めたいと思った、いや、もう考えられないくらいに夢中になってしまいたかった。
 長政が唇を押し付けるたびに僕の後頭部が壁にトントンと何度もぶつかってもそんなの気にならない、もっと僕を欲してほしい。そして僕の手が長政の背中に回ればキスしたまま長政に抱き寄せられて冷たい壁から熱い腕に抱かれる。

 顎を上げられ口を開けられると厚い舌が滑り込む。首が折れてしまいそうなほどに抱き寄せられて息が苦しくなる。なのに心は満たされて、気を失いそうに痺れてく。

 僕の息が途切れると僕の唇に吸い付いていた長政の唇が離れてくれる。「はぁ……はぁ……」と肩で息をしながら視線が絡む。どうしても名残惜しくて今度は僕がそれを追いかけた。それをさっきとは違って優しく優しく啄むように長政は受け入れる。長政の唇の先がくっついては離れを繰り返し、まるで僕にそれを教えているようで、それを真似てみるとようやく僕の呼吸も苦しくない程度になった。

「巴……とも……」

 長政の唇が僕の頬にひとつキスをするとそのまま首元に顔を埋め、僕の背中を撫でまわしながらそこに深く吸い付いた。

「……………んっ」

 忘れかけていたこの快感。
 ピリっと背骨に電気が走る。

 くすぐったいような気持ちがいいような酔いしれる感覚に首を隠すように肩をすくめると、長政は喉の奥で「くく……」っと笑うとそこから耳元までを厚い舌で舐め上げた。

「んぁ………………っ」

 そこで思わず目がぱっと開いて硬直してしまった。自分がいまとんでもない声を出してしまったことに自分の耳を疑う。顔をあげた長政は頬が高揚していてとても熱っぽい目つきで潤んでいた。

 僕にだって分かる。男の欲した目つき。すると長政がグイッと僕の顎を掴み横に向けた。

「……見て、巴のエロい顔」

 向けられた先には洗面台の鏡が僕達ふたりを映していた。僕は耳まで赤く高揚させて目はとろんとして長政に抱き壊されるよう。長政は鏡越しにニヤリと笑うとそのまま僕の項に噛み付いた。

「んぁ……やめ……」

 鏡越しに僕は長政に首を噛まれている。この羞恥に耐えられなくて目を瞑る。



 遠くで声がしてそれが近づいてくるのがわかる。そうだ、ここはトイレでしかも個室にいるわけでもない。でも自分でもおかしいけれど体に力が入らない。
 先に反応したのは長政、長政は僕を隠すように通路に背を向け、トイレに入って来た人をやり過ごす。

「大丈夫」

 長政は小さな声で僕に声を掛け背中をさすった。鏡越しにその人が個室に入ったのを見て洗面台に手をついてため息をついた。鏡越しに長政のいたずらな視線と合って思わずふっと笑った。

 そしてふと自分を見ると、髪はボサボサだし、Tシャツのネックがズレて肩が見えそうだし、何より背中が捲れ上がり半分ほど見えていた。長政はにこにこしながら整える。そして僕の首元を見て満足気に片眉をあげた。




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