僕の名前を

Gemini

文字の大きさ
上 下
16 / 42
枸櫞の香り

第十六話

しおりを挟む
 俺はすっかり巴に手を出せなくなった。俺の性欲の強さからしたらとてもじゃないが考えられないこと。毎日3ラウンドはいける自信は常にある。……のに、
 巴があの子だって解ってしまったら、この年まであの悲しみが解消されないままに過ごしてきたと思ったら。もうあの項に口付けることを躊躇ってしまう。

 そんなことより巴と向き合って宿題をやらなかったことを責められたいし、寝癖を睨まれたいし、満員電車でこの胸に頼ってほしい。


 俺達はこんなめぐり合わせで再会できた。

 もし神様がいてもうこれ以上、巴に悲しい思いを抱かせないように俺に託してくれたんだとしたら。

 誰かがじゃない、この俺が巴を笑顔にできるんなら。



「ただいまぁ~はぁ、疲れたー!」

 母親が帰国した。巴の父親は旅行先からクエートへ向かったらしい。

「お土産は?」
「たくさんあるわよ~巴くんも、ほら来て」

 トランクを開けるとそれはお土産がこれでもかと詰め込まれていた。いかにも海外な色合いのチョコレートやクッキー缶など。俺はその中でパスタとソースの瓶を手に持った。

「このパスタソース、楽しみだな、今夜はこれにする?」
「あら長政作ってくれる? ママ助かるわ」
「あ。でも散々イタリアンだったんだから和食がいいか」
「あぁ~確かにご飯が食べたいわ!」
「いいよ、なんか作るよ」

 後ろに突っ立ってる巴に一緒に作ろうと手招きしてキッチンへ向かうと、後ろからトボトボと付いてくる気配がする。それを驚いた顔をして母親が見ていた。

「ふたりで作ってくれるの? ママ、泣きそう」

 緊張ぎみに俺の隣に来る巴、俺から離れると不安なようだ。母親の圧に困っているのかもしれない。

「あった! あった! これ二人へのお土産」

 たくさんのお菓子たちの下からようやく取り出したニつのお揃いのへらべったい箱。

「お財布なんだけど、ふたりに合うかなって思って選んだんだけど……気に入らなかったらほら、売ってくれてもいいし、それでまた好きなの買って、くれたら……」
「ママ」

 おずおずと二人の前に差し出す母親に落ち着くように長政が母親の肩に手を掛けた。母親もまた巴がずっと距離を置かれていることに気を揉んでいたのは確かで、自信がない。

「……ありがとうございます」

 巴はひとつを受け取った。手に取った箱を見ればその包みにはイタリアの有名ブランドのロゴが入っている。売ればいいと言ったのはそのせいかもしれない。

「お揃いとか色違いじゃないのよ! ほら、お揃いは流石に、ね! 恥ずかしいじゃない? だから型違いにしたの、ふたり相談して決めてね」

 早口で全て言い終えると母親は荷解きをしてくると足早に自室へ入っていった。

「ごめん、気を遣わせてるよね」

 巴がぼそりと言った。

「ママも巴に笑ってほしいんだよ」
「……」

 でも無理に笑えとは言わない。それじゃ意味がない。自然に笑えるようになってくれるまで待つ。俺は巴から箱を取り上げるとふたつをリビングのローテーブルに重ねて置いた。

「さぁ、飯作るかな」
「なに、作るの?」
「巴はなに食いたい?」
「僕?」
「そうだよ、ママが居ない間だけだと思ってた?」
「……うん」

 素直に頷く巴。

「材料はそんなないけど……あんの卵くらい」
「じゃぁ、オムライス」

 即答するから笑う。

「そりゃ、聞かれたらオムライスって言うよ」
「そんなに食いたい?」
「食いたいけど、和食がいいって言ってた」
「巴、オムライスは和食なんだ」
「そんなわけあるかよ」
「日本独自の洋食文化だから」
「……で?」

丸め込まれるわけにはいかないって様子で巴は、胸の前で腕を組んだ。

「日本の家庭料理のひとつでもある」
「……まぁ、そう言われてしまうと」

渋々というか、多分納得していない。けれど巴もオムライスが食べたいんだろう、深く追求すればそれが叶わなくなるのも分かってる。巴は冷蔵庫を開けて玉ねぎを取り出した。

「あと、鶏肉……」

思い出しながら冷蔵庫から取り出す背中を見て俺はのたうち回りそうになった。可愛さに悶えるというのか、尊さに胸を掻きむしりたくなる衝動。

 素直になってくれて嬉しい。母親には甘えられなくても俺に甘えればいい。ケチャップや玉子も手に持って振り返る巴の頭を撫でると巴はやめろと言いながら頬をほんのり赤くさせた。


 俺は仕上げのケチャップを巴に手渡す。好きに書いてと言うと巴は少し考えて書き始めた。覗き込むと俺の名前をひらがなで書いていた。

 思わず「ながましゃ」と呼んでくれてた巴を思い出す。あの頃の巴とオムライス食べたかったな。


「あら、オムライス! ひとつ半熟?」
「それママのね」
「はーい」

 元気よく答えた母親は薄焼きのオムライスに目をやる。母親はそれを見てニコッと微笑むとそれをそれぞれの席に運んだ。

「長政のオムライス久しぶり、頂きます!」
「……いただきます」

 巴はオムライスを見てスプーンを入れるのを躊躇ってる。俺はそれを見て笑いそうになる。

「巴くん、どうかした?」
「あ、いえ!」

 母親がオムライスに何かあるのかと覗き込もうとしたとき、ケチャップの文字をスプーンの裏で慌てて消した。母親は気にせず美味しいわ~と自分の皿に視線を戻す。
 チラリと巴を見ると恥ずかしさで俺を睨んでる。そりゃそうだな。母親が置いたあとでこっそり名前のあとにハートマークを書き足したんだ。俺は眉毛を上げて素知らぬ顔で俺のオムライスにスプーンを入れる。巴の書いた「ながまさ」という文字を眺めながら大切に。

 すっかり俺には色んな感情を見せてくれて、どれも嬉しくて、ひとつひとつが可愛い。



 どうか俺を信用してくれますように。

 信用には信頼と違って担保が伴うという。
 ならばその信用の担保はメシだ、俺のオムライスだ。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない

すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。 実の親子による禁断の関係です。

処理中です...