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枸櫞の香り
第十話
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麻里に引き止められて遅刻した俺を待っていたのは、黒髪のいかにも真面目で優等生のような出で立ちの息子だった。ブルーのオックスフォードシャツを着ているだなんてお坊ちゃんだ。
隣に座るおじさんに似て端正な顔立ちだが、おじさんよりも柔らかく、しかし涼し気な目元に高校生らしさを感じる。
なにより、息子とおじさんと母親の三人の雰囲気に全く馴染んでいない様子でただ座らされている。一見、どうでもいいような顔をしているが、父親の心無い一言一言を受け止めてしまって傷ついてるのだ。
なんて、悲しげなんだろう。
こいつのこれまでの人生はずっとこうだったのか?
このおじさんに代わってこいつを育ててくれた人が居たんだろうか。おばあちゃんか、おばさんか。
その人からは愛情を貰っているだろうと信じたい。
一緒に住むようになり、一番に感じたのは香り。
満員電車であいつと密着したとき、シャンプーでもない、洗剤でもない、柑橘系の爽やかなんだけど甘い香りがしたんだ。それ以来、俺はタバコを吸うのをやめた。
そしてカケルという名の友達がいること。
大したことのない俺の怪我の手当をしてくれること。
母親にケンカの件をチクらなかったこと。
これは別にどうでもいいことなんだが、巴なりに俺を家族として受けいれようとしているのかもしれないと思ったら急にかわいく思えた。
そしてなにより……
俺の裸を見る巴の視線。
間違いじゃない、俺を見る目に恥じらいがある。
満員電車で体を近づけると耳を赤くして俯いてしまうし、風呂上がりにわざと上半身を見せつけるとこれまた耳を赤くして慌てる。
俺に当てられる熱っぽい視線に最初は揶揄いながら腰を当ててみたり腰に手を添えてみたり、頬にキスしてみたりしていたが、そのどれも可愛らしい反応を見せてくれた。
ぐーーーーーっ
お腹のなる音が聞こえ巴を見るとなんでもないという顔をしながらも頬をピンクに染めて恥ずかしがっている。
「よし、カレーにすっか」
俺は立ち上がり炊飯器に米をセットすると、昨日仕込んだカレーの鍋に火を入れる。ごく弱火にして少しずつ熱を入れる。
キッチンカウンターの椅子に腰掛けカウンターに肘をついてその鍋をぼーっと眺めていると昨夜の巴の後ろ姿が蘇る。
昨夜、ここから洗い物をしている背中を眺めていて、その背中がTシャツ越しに痩せてみえて、近づいて腰に手を回せばやっぱり細い。思わずその体に沿わすようにぴったりと抱きついてしまった。
巴は抵抗しなかった。
だから、トクトク……と巴の少し早い心音がとても心地よくて甘い柑橘の香りが美味しそうで項にキスしてた。
そして、巴が最後にキスを受け入れたあの瞬間。俺から愛おしい気持ちとこの手に落としたい欲が溢れた。
ずっと、ずっと思ってた。
早く自分で上書きしたいって。
満員電車の中で振り向いて頬を赤らめながら俺の名前を呼んだ小さな声。
後ろのオヤジに触られて、自分で抵抗もできず嫌だとも言えずただ耐えて俺に助けを求めた。
巴の後ろで巴の色気にあてられたのか薄笑いを浮かべて巴の背中にくっついている男に殺意を覚えた。
汚い手で巴に触るなと言ってやりたかった。
オヤジからこの手の内に取り戻した時、巴は震えていてそのせいで熱にうなされることにもなった。
少しでも巴から離れてしまったことを後悔した。
俺のせいだ。
俺の、俺だけのものにしたいのに。
リビングのほうを向くと黙ってテレビを眺めている巴。俺がいることで緊張して居心地が悪そうだ。
……巴はなにを考えている?
巴との距離をどう縮めようかと考えているとスマホが鳴る。画面には麻里の名が表示されていた。無視しようかと思ったが、ひとつ深呼吸してボタンを押す。
『長政? どう? 新生活』
「楽しくやってるよ?」
『楽しいの? 引っ越しちゃってから会えてないじゃん、今日暇してるんじゃないの? 会える?』
「うーん、午後なら?」
巴の後ろ姿をなんとなく眺めながら適当に返事をしてすぐに電話を切った。
「出かけるのか?」
ソファにいる巴が振り返り目が合う。俺が出かけると思ってきっとホッとしているんだろうな。
「うん、カレー食ったら出かけてくる」
「……わかった」
麻里と合流するとすぐにラブホへ向かった。あの顔合わせ以来会っていなかった、忘れていた。……なんてことは麻里には言えない。その代わりに腰を振って麻里を満足させることに徹した。
余計な言葉はほしくない。夢中で腰を振って快感を貪れば巴のキスを考えなくて済む。
でも考えないようにしてる時点で俺の下半身はやる気を失う。一回放ってしまってから、ぴくりともしなくなった。麻里は不服そうにシャワーを浴びに行った。
「今夜、カレードリアに変えたら驚いてくれるかな」
野菜炒めを作ったときのびっくりした顔は嬉しかったな。料理って生活のために母親の代わりにやってきたことだが、驚かれると新鮮だし、巴のために作りたくなる。
「あいつの大好物、……なさそ」
想像して思わず笑ってしまった。
「あぁ……」
俺、ひとりで笑ってら。
隣に座るおじさんに似て端正な顔立ちだが、おじさんよりも柔らかく、しかし涼し気な目元に高校生らしさを感じる。
なにより、息子とおじさんと母親の三人の雰囲気に全く馴染んでいない様子でただ座らされている。一見、どうでもいいような顔をしているが、父親の心無い一言一言を受け止めてしまって傷ついてるのだ。
なんて、悲しげなんだろう。
こいつのこれまでの人生はずっとこうだったのか?
このおじさんに代わってこいつを育ててくれた人が居たんだろうか。おばあちゃんか、おばさんか。
その人からは愛情を貰っているだろうと信じたい。
一緒に住むようになり、一番に感じたのは香り。
満員電車であいつと密着したとき、シャンプーでもない、洗剤でもない、柑橘系の爽やかなんだけど甘い香りがしたんだ。それ以来、俺はタバコを吸うのをやめた。
そしてカケルという名の友達がいること。
大したことのない俺の怪我の手当をしてくれること。
母親にケンカの件をチクらなかったこと。
これは別にどうでもいいことなんだが、巴なりに俺を家族として受けいれようとしているのかもしれないと思ったら急にかわいく思えた。
そしてなにより……
俺の裸を見る巴の視線。
間違いじゃない、俺を見る目に恥じらいがある。
満員電車で体を近づけると耳を赤くして俯いてしまうし、風呂上がりにわざと上半身を見せつけるとこれまた耳を赤くして慌てる。
俺に当てられる熱っぽい視線に最初は揶揄いながら腰を当ててみたり腰に手を添えてみたり、頬にキスしてみたりしていたが、そのどれも可愛らしい反応を見せてくれた。
ぐーーーーーっ
お腹のなる音が聞こえ巴を見るとなんでもないという顔をしながらも頬をピンクに染めて恥ずかしがっている。
「よし、カレーにすっか」
俺は立ち上がり炊飯器に米をセットすると、昨日仕込んだカレーの鍋に火を入れる。ごく弱火にして少しずつ熱を入れる。
キッチンカウンターの椅子に腰掛けカウンターに肘をついてその鍋をぼーっと眺めていると昨夜の巴の後ろ姿が蘇る。
昨夜、ここから洗い物をしている背中を眺めていて、その背中がTシャツ越しに痩せてみえて、近づいて腰に手を回せばやっぱり細い。思わずその体に沿わすようにぴったりと抱きついてしまった。
巴は抵抗しなかった。
だから、トクトク……と巴の少し早い心音がとても心地よくて甘い柑橘の香りが美味しそうで項にキスしてた。
そして、巴が最後にキスを受け入れたあの瞬間。俺から愛おしい気持ちとこの手に落としたい欲が溢れた。
ずっと、ずっと思ってた。
早く自分で上書きしたいって。
満員電車の中で振り向いて頬を赤らめながら俺の名前を呼んだ小さな声。
後ろのオヤジに触られて、自分で抵抗もできず嫌だとも言えずただ耐えて俺に助けを求めた。
巴の後ろで巴の色気にあてられたのか薄笑いを浮かべて巴の背中にくっついている男に殺意を覚えた。
汚い手で巴に触るなと言ってやりたかった。
オヤジからこの手の内に取り戻した時、巴は震えていてそのせいで熱にうなされることにもなった。
少しでも巴から離れてしまったことを後悔した。
俺のせいだ。
俺の、俺だけのものにしたいのに。
リビングのほうを向くと黙ってテレビを眺めている巴。俺がいることで緊張して居心地が悪そうだ。
……巴はなにを考えている?
巴との距離をどう縮めようかと考えているとスマホが鳴る。画面には麻里の名が表示されていた。無視しようかと思ったが、ひとつ深呼吸してボタンを押す。
『長政? どう? 新生活』
「楽しくやってるよ?」
『楽しいの? 引っ越しちゃってから会えてないじゃん、今日暇してるんじゃないの? 会える?』
「うーん、午後なら?」
巴の後ろ姿をなんとなく眺めながら適当に返事をしてすぐに電話を切った。
「出かけるのか?」
ソファにいる巴が振り返り目が合う。俺が出かけると思ってきっとホッとしているんだろうな。
「うん、カレー食ったら出かけてくる」
「……わかった」
麻里と合流するとすぐにラブホへ向かった。あの顔合わせ以来会っていなかった、忘れていた。……なんてことは麻里には言えない。その代わりに腰を振って麻里を満足させることに徹した。
余計な言葉はほしくない。夢中で腰を振って快感を貪れば巴のキスを考えなくて済む。
でも考えないようにしてる時点で俺の下半身はやる気を失う。一回放ってしまってから、ぴくりともしなくなった。麻里は不服そうにシャワーを浴びに行った。
「今夜、カレードリアに変えたら驚いてくれるかな」
野菜炒めを作ったときのびっくりした顔は嬉しかったな。料理って生活のために母親の代わりにやってきたことだが、驚かれると新鮮だし、巴のために作りたくなる。
「あいつの大好物、……なさそ」
想像して思わず笑ってしまった。
「あぁ……」
俺、ひとりで笑ってら。
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